第九十三話 ギルバート・R・フェルデ
ギルバートさんの白の刀、シュナイトフェザーが孝治の握る運命を受け流す。孝治はすかさず姿勢を戻しながら黒の刀、ラファルトフェザーを受け止めようとするが、それより早くラファルトフェザーが孝治の首筋に突きつけられていた。
ギルバートさんがシュナイトフェザーとラファルトフェザーを鞘に戻す。
これでギルバートさんの四連勝。メグ、冬華、由姫、孝治が負けた。
メグはともかく、冬華はいい勝負すると思ったのだが、相棒のフェンリルが開始早々眠らされて苦しい立ち回りとなり負けた。
由姫はリーチの差。孝治は完全にスピードだろう。
世界最速の人間。それがギルバート・R・フェルデだ。
ギルバートさんは小さく息を吐いた。
「みんな強くなっているね。このままだと僕の地位も少しは危ないかも」
「ギルバートさんの地位は大丈夫だろ。そもそも、世界三強の一人じゃないか」
オレは呆れたようにギルバートさんに言った。
ギルバートさんが苦笑を返してくる。実際にギルバートさんは世界三強の一人、ランキング三位の人物だ。ギルバートさんに勝つならオレは孝治か由姫か亜紗と組まないと勝てない。
戦い方はいくらかあるけれど。
「最近はそうは言っていられないからね。さて、手合わせは終わりとさせてもらうよ。僕が来た理由は周に話があってね」
「だと思った。みんな、通常訓練に戻ってくれ。メグには音姉がつくように」
オレの言葉と共に全員が動き出す。それを見ていたギルバートさんは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「本当に隊長らしいね」
「ギルバートさんはオレを何だと思っているんだか。で、用事はなんなんだ? ギルバートさんが来るほど大きな用事なんだろ」
「そうだね。これは君と亜紗、アル・アジフに関わる話でもあるからね」
「生体兵器か」
オレ達三人に共通すること。それは体のどこかが生体兵器として改造されているという点だ。
確かに、ギルバートさんが来るのに相応しい。
「昨日、『ES』のデータバンクから生体兵器についての情報が流出した可能性がある」
「情報流出? どのデータが?」
「アリエル・ロワソの話から推測してアル・アジフの体自体と周と亜紗、二人のデータ」
はっきり言うなら最悪の情報流出だ。生体兵器は必ず生身の人間を利用する。エリシアの場合はオーバーテクノロジーによる記憶媒体で生身の思考と同じものを作り出せたが、現実はそうはいかない。
つまり、無理やり拉致した人を生体兵器とすることも可能だ。
最悪、生体兵器部隊というのも作れる。人道的ではないが、オレや亜紗という例がある以上否定出来ない。
「犯人の目安は『悪夢の正夢』達だろうな」
「やはり? 僕達も同じ結論だ。アル・アジフのデータも流出した以上、アル・アジフが生体兵器、又は、新たな体を手に入れたことを知る人物しかありえない」
候補に挙がるのは『GF』や『ES』も同じだが、情報が多ければ多いほど痕跡も残しやすくなるため、比較的データの多い『GF』と、開発データの存在する『ES』はまずない。
そもそも、エリシアが生体兵器になったことを知っている数が限りなく少ないはずだ。
それを知っているのは『悪夢の正夢』達。エリシアが再起不能になったと知っているはずだから。
「奴らの規模もよくわかっていないのに生体兵器の情報までいくとはな。あいつらは何者なんだ?」
「目下調べ中だよ。ただ、僕も慧海も不穏な空気を感じ取っている。ただでさえ幻想種や『赤のクリスマス』に関係してくるのに、まさか、生体兵器にまで関わってくるなんて」
「生体兵器が亜紗クラスになるなら第一特務でも対処は難しいぞ。アリエル・ロワソからの回答は?」
「大事なデータは持っている」
その言葉だけで十分だ。
生体兵器になることで使用出来るドライブモードの一つ、ブラストドライブ。
オーバードライブに匹敵する力はあるが、オーバードライブよりも遥かにデメリットが多く、使用時の制約も多い。
ただし、オレや亜紗クラスがブラストドライブになればオーバードライブしなければ対処出来ない時がある。オーバードライブが命を蝕む技だとしても。
ドライブだけでも何とか戦えるんだけどな。
アリエル・ロワソが言った大事なデータとはブラストドライブのデータだろう。ブラストドライブはオーバードライブと違って命は削らないから流出したらかなり大変だ。
最悪の可能性も考えたなら第一特務が蹂躙されかねない。ブラストドライブのあれはそれほどまでに強い。
「最悪の事態は逃れられたが、危険であることには変わりはないな。まあ、どうにかなるレベルには収まっているけれど」
「生体兵器の情報が手に入った以上、次は実物を狙う可能性もある。だから、気をつけて。アル・アジフは大丈夫だろうけど、周や亜紗は大きな弱点がある。それを狙われたなら」
「そんなこと、オレら自身が一番理解しているさ。オレも亜紗も弱点がある。それを知っていてここまで戦いぬいていた。これは紛れもない事実だ。違うか?」
「そうだね。周達は戦ってきた。今までも、これからも。すこし、愚問だったかな」
「多少はな」
オレは笑って答える。確かに、ギルバートさんの言うようにオレ達が危険なことは変わりない。ブラストドライブのデータはアリエル・ロワソや時雨が必死に隠している物事の一つだ。
もし、オレか亜紗が捕まり、解剖でもされたならその真実が解き明かされる。ブラストドライブの大きなメリットが。
それにしても、どうしてこのタイミングで『悪夢の正夢』達は動きだしたのだろうか。少し疑問に思ってしまう。
「調べ物が多いな。どこまで情報を絞ればいい?」
「生体兵器に関して周囲に漏れないように出来るなら。それは周がよくわかっているよね」
確かに、オレならよくわかっているさ。
「わかった。ギルバートさんはこれからどうするんだ?」
「久しぶりの学園都市だし見て回るよ。色々と変わったところもあるだろうし」
「まあ、シュナイトフェザーとラファルトフェザーを持っているギルバートさんだから大丈夫だとは思うけど、建物に被害が無いように」
ちなみに、全く冗談じゃない。『天空の羽衣』やファンタズマゴリアなどの防御系に関しては極めている自信のあるオレでもシュナイトフェザーとラファルトフェザーの斬撃は受け止めることは出来ない。
気絶はさせても建物に被害を及ぼす可能性が極めて高いのも特徴だ。
オレの言葉にギルバートさんは笑みを浮かべた。
「手加減はするよ」
ギルバート・R・フェルデ。
『GF』において三強の一角。その強さは一時期、矛神を持つと言われたほど。
そのギルバートが足を止める。
「そろそろだと思っていたけど、遅かったね」
ギルバートが振り返った先には鮮やかな赤のゴスロリ服を着た正の姿があった。その腰には柄の半ばまで隠れるほど大きな鞘のある剣が身につけられている。
「やはり、気づかれていたようだね。さすがは、ギルバート・F・ルーンバイト」
正の言葉にギルバートの眉がピクリと動いた。そして、笑みを浮かべる。
「君は、本名で呼ばない方がいいかな」
「やはり、僕のことを知っているみたいだね。まあ、予想はしていたさ」
正がクスッと笑う。
ここに周がいたら思わず唾を呑み込むであろう光景。その中で、正は笑みを浮かべている。
「色々嗅ぎ回っているようだけど、君は、いや、君達は何がしたいのかな? 僕には到底わからない。周をどうするつもりだい?」
「僕達はそういうつもりはないさ。僕達は新たな未来を求めて動いているだけ。君や周と同じように」
正の言葉にギルバートが返す。ギルバートは静かに笑みを浮かべた。
「僕からすれば君の方が不思議に思えるよ。君は、死ぬ気かい?」
ギルバートのその言葉に正は笑みを浮かべた。そして、口を開く。
「僕が世界を救うためだよ」
「なるほどね。さすがは『聖剣の担い手』だ」
正が鞘から剣を抜き放とうとした瞬間、正の首筋にシュナイトフェザーが当てられていた。
正は柄から手を放す。
「君だけが物事をたくさん知るわけじゃないよ」
「そうだったね。君は、ギルバート・F・ルーンバイトは『伝承を紡ぐ者』。僕のことも知っているはずだ。だけど、どうして僕を止めない? 君ならわかるはずだ。このままだと」
「必要ないからかな」
ギルバートの言葉に正は背筋が凍るのがわかった。ギルバートの力を知っている以上、否定する材料が無かったからだろう。
「君は勝てない。例え、いくら歴代最強だとしても、覇者にはなれない。君は、何を目指す?」
「知っているかい? ギルバート・R・フェルデ」
正はギルバートに背中を向けた。
「聖剣を掴んだ者は伝説に名を残す。だけど、伝説を掴むことは出来ない。なら、どうすれば伝説に手が届く?」
ギルバートが正を向いてまばたきした瞬間、そこに正の姿は無かった。
ギルバートが向けていたシュナイトフェザーを鞘に収める。
「君は、本当に何がしたい?」