第九十二話 みんなの関係
この話は登場人物が多めです。話し方は皆別々なので今までの話から大体の話し方はわかってから読んでください。
すでに五月は半ば。気温も少しずつ上昇を始め、昼になると少し暑いという状況になっていた。暑いと言っても夏本番にはまだまだであり、気温的にはまだまだ過ごしやすい。
ただし、この時期から訓練中の熱中症には気をつけないといけない。冷却魔術があるとは言え、熱中症にかかれば訓練は約一週間は遅れる。その遅れを取り戻そうとすればさらに熱中症になりやすくなる。そういう負の連鎖があるからだ。
ただし、訓練バカ(オレも含む)に関しては話は違う。文字通りバカだから元気に訓練をする。むしろ、熱中症なんてかからないからな。
「一つ、聞いていいですか?」
「いいぞ」
由姫が水分を補給しながら尋ねてくる。オレは炎獄の御槍を受け流しながら言葉を返す。
「今日、暑いですよね?」
「珍しく30℃近くになるんじゃないか? 体感の話になるけど」
「どうしてそんなに動けるのですか?」
メグがすかさず炎獄の御槍を振ってくる。オレは後ろに下がりながらレヴァンティンで受け流す。
そのまま一歩を踏み出しながらレヴァンティンを振るがメグは炎獄の御槍で受け止める。
なかなか万能はよくなってきた。まあ、そうなるように鍛えているからな。土台が出来上がっている分、成長は早い。
「体のセーブの仕方があるからな。オレの場合は昔から変わらず訓練しているからで、メグはただ単に炎に強いだけだろ」
オレはそう言いながらメグを見た。メグは汗一つかいていない。
新陳代謝が悪いというわけではなく、息は荒いが汗をかいていないだけだ。聖骸布を巻いていないというのもあるかもしれないが、おそらくは炎獄の御槍のおかげだろう。
「周、まだやる?」
「いや、これぐらいなら十分だろ。それにしても、休憩時間にまで手合わせってよくやるよな。受けるオレもオレだけど」
「だって、最近、強くなったって思えるから。みんなのおかげで強くなっているし。そろそろ魔力負荷?」
「もう少しだな。三日後ぐらいになるから、体調は万全にしておくこと」
「兄さん、魔力負荷って何でしたっけ?」
由姫の言葉にその場にいた全員(第4、第5分隊とベリエ、アリエ以外)の視線が由姫に集中した。
確かに、由姫は音姉と一緒で魔力負荷なんてしない。まあ、出来ないだけど。だから、手段はわからなくてもいいが、名前と意味だけは知っていて欲しかった。
「メグ」
「えっ? えっと、魔力による負荷を日常生活中に与えることで魔力筋肉と通常筋肉を鍛えられる。ただし、生半可な肉体でしたら怪我をする?」
「まあ、合ってはいるな。由姫の場合は必要ないけど」
「重力負荷ならしていますよ」
そのことは初めて聞いたのだが。
『由姫の重力負荷はすごい。というか、普通は耐えられない』
「そうやな。由姫の重力負荷は飛んでられへんし」
「ですが、体を壊さないのでしょうか」
「大丈夫ですよ。徐々に強くしていけば強い負荷でも大丈夫です」
「由姫ちゃんの場合は元が出来ているからだよね」
オレは固まって休憩している孝治達に近づいた。
「知っていなかったのはオレだけか?」
「だろうな。俺や悠聖も知っていたことだ。重力負荷というのは危険だが、筋力を鍛えるという点ではこの上なく負荷が高いからな」
「オレには理解出来ない負荷だけどな。体重を重くしてどうするんだか」
悠聖の言うこともわかるけど、お前は体重を気にするような奴だったか?
オレは小さく溜め息をついた。
「まあ、重石をつけたトレーニングだと考えればいいか」
「重石って、周隊長はいつの時代の人間なんだ?」
「違和感はないが?」
「オレは孝治にも違和感を覚えだした。つか、重石って言わないだろ、普通」
「そうなのか? 由姫が昔、時々数十キロの重石で筋トレしていたからさ」
昔と言っても一年ほど前だ。第76移動隊にいても学生でなかった時代に由姫はよくそれで訓練をしていた。
オレもいくらか重石をつけてやっていたな。
「周隊長って案外脳筋なのか?」
「周が脳筋以外の何がある。訓練バカだぞ」
「今更だったな」
「お前らはオレに喧嘩を売っているのか?」
別にオレは脳筋でも何でもないはずだ。由姫は別だが。
『確かに、由姫のトレーニングはみんなと一味違うというか、音姫と同じ?』
「由姫ちゃんは白百合随一の魔術師だけど、才能は中学生レベルだもんね。私も由姫ちゃんも白百合の血が通っているし」
白百合の血は本当にすごいからな。生身で身体強化をしたのと同等の能力を出せる。ただし、ちゃんと訓練したらの話だ。
何もしないでそんな力は出せない。
「白百合の血は反則よ。私もアリエル・ロワソ様に連れられて戦場に行った時、白百合家の一人と戦ったけど、一分持たなかったわ。どうやったらそんな力があるのかしら」
「お母さんの話だと、白百合家は遥か昔に神の力を持った男と、最強の人間の女が結婚して生まれたって聞いたけど」
そりゃ最強になるな。
実際、白百合家は音姉や由姫だけじゃなく、素子さんや親戚の奴らも加えたら第一特務みたいな戦力になるからな。その中でも音姉は最強中の最強だけど。
『最強と言ったら周さんの家系も同じ。周さんの場合は魔術?』
「まあ、雷魔術のエキスパートである時雨に最強の魔術師だった親父。魔術師としての才能は親父を超える茜に万能の魔術師であるオレだからな」
確かに魔術という点においでなら海道家もすごい家系だ。
「確か、始まりが神になった男と神であった女が結婚したからだったっけ」
「へぇ、海道の家ってそんな始まりやったんや。海道家ってすごいな」
「いやいや。光も周隊長と同じ海道家だよね? オレもだけどさ」
「それと比べれば俺は」
「私も」
「か、考えても仕方ありませんよ。そうですよね、周様」
そういう都も鬼の血を引いているんだけどな。つか、よくよく考えるとすごいパーティーだよな。
『気にしない方が勝ち組』
「あなたの場合は気に出来ないの間違いでしょ。私は悠聖の隣にいたらなんだっていいし」
『報われないくせに』
亜紗がボソッと言うかのごとく小さな文字をスケッチブックに作り出して見せる。多分、冬華の言った言葉が図星だったんだろうな。
「悠聖さんはどうして冬華さんの思いに答えないんですか? 悠聖さんと冬華さんってお似合いだと思いますけど」
「由姫、わかってないよ。三角関係というのはね、本当に複雑なんだよ。私にはわからないけど」
「わからないのかよ。つか、メグ、三角じゃなくて四角だろ。まあ、悠聖が考えそうなことなんてよくわかるさ」
オレは悠聖に向かって笑みを浮かべた。対する悠聖は視線を逸らす。
悠聖は確かに傍目からみれば優柔不断な奴だが、あいつが考えているのは一つだけ。オレと同じでどうすれば全員を幸せに出来るかだ。
それを考えているからか実は未だに童貞だったりもする。
「私は言ったように悠聖のそばにいるだけよ。亜紗と同じように」
『私は周さんの隣にいるだけ』
「羨ましいです。私も冬華さんのように周様と隣にいられればよいのですが」
年齢どころか学校すら違うからな。それに、冬華みたいにされたら毎朝が大変だから拒否させてもらう。
「何というか、第76移動隊ってみんな恋をしているんだね。ちょびっと羨ましいかも」
「メグさんもいつか見つかります。私の場合は兄さんのような人が」
「ごちそうさま。でも、周と由姫って本当に仲がいいよね。というか、よくよく考えてみると、周ってギャルゲーの主人公?」
「なんじゃそりゃ?」
ギャルゲーって何だ? ゲーというのはゲームのことだろうから何かのゲームの分類なのだろう。
オレみたいな主人公でギャルという言葉。
確か、ギャルというのは古代の言葉で無双という意味があったはずだ。つまり、無双ゲーム。意味がわからない。
「光、説明をお願い」
「海道って案外世間知らずやから。ある意味『GF』バカ?」
「バカと言われて否定したいが否定出来ない。というか、『GF』バカなのは孝治の方だろ」
「羨ましいか?」
「そんなに誇らしげに言われても」
オレはどう言葉を返せばいいんだ?
「まあ、確かに『GF』バカなら周隊長よりも孝治だよな。そうなると、オレは何バカ?」
「ただのアホやないん?」
「バカですらない。というか、アホと言われる方が地味に傷つくことに今気づいた」
「そうなん? うちはバカと言われたら怒りたくなるけどな」
中村の場合は何故か根っから関西の方だからな。ちなみに、昔からそうだ。関東生まれ世界育ちなのに。
間違ってないよな。『GF』の隊員として世界を飛び回っていたから見たがってはいないはず。
『ところで、いつの間にこの話に?』
「さあ。いつの間にだ?」
亜紗の言葉にオレは首を傾げる。今となっては最初にどんな話をしていたか思い出せない。
「とりあえず、訓練の再開を」
「誰か来た」
音姉がそう言ってオレの背後を見る。振り返ったそこにいるのは白銀のコートで身を包み、短髪の銀髪をした白人の青年。その腰には白と黒の刀がある。
『GF』のランキングで音姉の一つ下の人物。
「ギルバートさん」
オレは声を上げた。ギルバートはにっこり笑みを浮かべる。
「久しぶりだね、第76移動隊のみんな」