第九十一話 イメージの本意
「我が身に宿れ、灼熱の炎。我が身を包め、絶氷の力。全てを呑み込め! 炎舞氷壁!」
言葉と共にレヴァンティンが地面に突き刺さる。
オレの周囲に八つの炎の柱とそれに向かって氷の柱が走り、そして、氷の柱が炎の柱にぶつかった瞬間、膨大な水蒸気が覆い尽くした。
「吹き飛ばせ」
そして、起きる爆発。
飛び散った水蒸気に熱量を加える。それによる水蒸気爆発、の簡易版。
水から起こす水蒸気爆発と違って威力は低い、が色々な箇所で起きるため『天空の羽衣』では受け止めきれない。
ただし、上手く防御魔術によって爆発自体を受け流せればダメージはない。
もちろん、色々な箇所で起きるため範囲の内外関わらずダメージを与えられる。
オレはレヴァンティンを地面から抜いて鞘に収めた。
「これがもう一つの召喚術。精霊召喚とは違う系統の召喚。扱いは難しいけどな」
炎舞氷壁はオレの数少ない召喚術のレパートリーの一つで唯一の召喚術を使ったオリジナル剣技だ。
オリジナル剣技に召喚術を使う例は珍しいらしく、最後の水蒸気爆発を加えたら召喚術を組み入れたオリジナル剣技最強とも慧海に言われたことがある。
召喚術だからマテリアルライザーに乗っても使えるのがポイントだな。水蒸気爆発を起こせば自爆するけど。
オレの炎舞氷壁を見ていたメグはポカンとしていた。
炎獄の御槍は魔力を起爆剤に炎を作り出すシステム、まあ、基本的な魔術による炎の作り方と同じなので炎が強ければ強いほど魔力を使う。
対する召喚術は威力や範囲は限定されてくるが、使い方次第では広域に攻撃が可能だ。
「上級魔術も大事だが、メグはこれも練習」
「無理!」
即答された。
「ただでさえ上級魔術を扱うのに苦労しているのにこんなに大変なものをするなんて、私には出来ない」
「まあ、そう言わず頑張ってみろって。まあ、召喚術は準備が必要だけど、炎属性の召喚術は一番簡単なんだ」
そう言いながらオレはレヴァンティンに炎を纏わせる。これも一種の召喚術だ。
「魔術はイメージだ。無詠唱もイメージが強ければ強いほど詠唱があるのと同じように強くなる。それはトラウマも同じだ。世界最大の火力を持つ中村はそれを利用している」
実際、オレも無詠唱における魔術では炎と雷が断トツに強い。炎は中村と同じあの日のトラウマを利用するからだ。
雷は時雨の強さを間近で見ていたからだろう。
断トツに強いと言っても他も十分に高い。
ちなみに、アルの場合はイメージというよりもアル・アジフに記述された魔術を召喚するだけだ。発動には時間がかかるがイメージを必要としない分、真逆のイメージを必要とする大地と風の並列発動すら可能である。
合成魔術の基本はよく似たイメージを使った創生だ。
「イメージか。私が炎属性なのはやっぱりお兄ちゃんのイメージが強いからかな?」
「得意属性は家系で遺伝しやすいからな。オレが魔術に対しても万能なのは親父が万能だったからで、別に兄弟姉妹のイメージが左右するのは低い。威力に関わり合いはあるけど」
「ふーん。あれ? もしかして、魔術がイメージによって強く出来るのは戦闘において有効?」
「正解」
勘違いする人は多い。魔術はイメージすればするほど利便性が増すとは思われているが、実際には戦闘においての利便性が増すだけだ。
このことに関しては勘違いする人は多い。多分、一番密接な治癒魔術に関してはイメージが強ければ強いほど効能が増すから勘違いしているのだろう。
イメージはあくまで補助だ。それを忘れてはいけない。
「魔術は魔術陣と魔力による科学では証明出来ない現象を引き起こすもの。発動に必要なのは無意識に描く魔術陣と魔力であって、イメージだけで魔術が使えるわけがない。イメージだけで魔術が使えると思っているならそれは妄想だ。魔術という根幹は自身が持つ魔力であって魔術陣。イメージだけで魔術が放てるのは無意識に無詠唱でイメージと結びつけて魔術陣を目に見えないように展開しながら無意識に魔力を使った結果だ。まあ、中村や楓がしているのは完全に感覚派だろうし」
中村や楓は完全に天才のカテゴリーに入るだろう。それは悠聖も同じだ。そして、オレや茜を含めた五人は遠縁ではあるが親戚同士。
これを見ただけで慧海や時雨が描く新たな未来の求め方は想像つくけどな。
多分、それが理由だろう。
「さすがにメグに感覚派になれとは言わないさ。ただ、魔術はイメージだけじゃない。イメージで通用するのは子供の児戯か虚仮威しのみ。本当に強くなるのは基礎を極めてイメージを作り出した者。メグなら出来るんじゃないか?」
「難しいと思うけど。魔術って奥が深いんだ。みんなそんな感じはしないけど」
「魔術に関してなら孝治が一番いいかもしれないな。まあ、オレはオリジナル魔術に関しては他者の追随も許さないけど」
オレが持つ最大にして最高傑作のオリジナル魔術。あれだけは本当に無理だ。オレみたいなあらゆる系統を得意としなければ。
「自慢だね。でも、そんな魔術なら見せて欲しいな」
「誰にも言うなよ」
この魔術だけは実際に体験した人にしかわからない。
オレは魔術を展開する。時間を引き伸ばすために使用する魔術だが、正直、レヴァンティンの補助演算がなければ到底不可能な魔術だ。
オレ達を囲むように空間を固定し、あらゆる空間の内外への移動を停止する。簡単に言うなら隔離するものだが、その停止を時間にも加える。
これによって出来上がるのが隔離空間だ。
「オレのオリジナル魔術の傑作の一つ、ロストボックス。まあ、使い道がかなり限られたものになるけどな」
「失った箱?」
「時の流れを見失い、世界すらも見失なった究極空間。結界系魔術の最高傑作。まあ、外に干渉することは出来ないし、内部でも流動が停止する以上、魔術の発動は出来ない」
ロストボックスの最大の弱点がそれだ。空間を最大限まで肥大化させたところで何のメリットも無いし、魔力を失うというデメリットしかない。
しかも、集中が切れて空間が砕け散ったなら急激な時の流れにダメージを受ける。
オレはロストボックスを解いた。全てに時間が戻る。
「イメージの最終形態がオリジナル魔術だまあ、オレの誇れるオリジナル魔術なんてファンタズマゴリアとロストボックスだけだけどな」
ファンタズマゴリアは絶対防御だけど、とある弱点を内包しているからな。それ以外は完全に絶対防御だ。
「魔術って難しいね。でも、やってみる。最初はイメージはあまり作らないでやった方がいい?」
「結構難しい議題にはなるがそうだな。イメージは障害になりやすいけど道を開く手段にもなりやすい。まずは自分の中での魔術を喚起する。それが安定してからイメージを作っていくのが一番だろうな。本当に強くなるなら」
「わかった。まずは自分の中の魔術を喚起する」
メグが目を瞑り、魔術陣を展開する。その魔術陣を見た瞬間にオレは小さく頷いた。小さくというより理解して頷いたというべきか。
メグが魔術を放つ。オレはそれをレヴァンティンで打ち消した。
「あれ? 不発?」
「メグも大概だな」
オレは小さく溜め息をつく。
今の魔術陣は炎属性上級魔術のフレイムブラスト。
メグの魔術の本質はやはり炎に対するトラウマだろう。
「メグは炎に関するトラウマはあるか?」
「えっと、一度、自宅が家事になって、お父さんが助けてくれるまで部屋の中にいたからかな」
どうりでフレイムブラストなわけだ。
メグのトラウマはおそらくバックドラフト。空気が少ない炎の空間の中に空気が入ったことで燃焼して炎を噴き出す現象だ。
見た目はフレイムブラストに似ている。
あれでフレイムブラストを放てるのはトラウマしかない。
「前途多難だな」
オレは軽く肩をすくめた。