第九十話 体育祭に向けての練習
全速力の球が飛来する。オレはそれを空高く蹴り上げた。上がって、上がって、上がって、落ちて、落ちて、蹴り飛ばす。
由姫はそれを軽々と受け止めた。
「甘いですよ。兄さん。そのような球で私を止められるとでも?」
「全く。というか、今って体育の時間だよな」
オレは由姫が投げつけてきたボールを避ける。そのボールはちょうどオレの後方にいたハトの顔面を直撃し、見事に反射してワカメの顔面を直撃する。
それを見ながら隣にいた一誠が一言。
「ワカメはアウトだな」
「これはアウトになるのか?」
「わからん」
一誠が軽く笑みを浮かべながら言う。一誠って頭いいか悪いかわからないんだよな。実際に、ほんの少し前まで頭がいいと思っていたけど、ただ単に要領が良かっただけだったりもする。
「お前って不思議だよな」
オレはボールを受け止めてすぐさまボールを投げた。だけど、ボールは簡単に夢に捕られる。
「何がだ?」
「あの五人組の中だと参謀役みたいな立ち位置だろ? それなのに、勉強はあまり出来ないのが不思議に思ってな」
「教えるのは上手い」
「それは知ってる」
一度、夢が尋ねていたのを聞いていたが、一誠は教えるのは上手い。参謀役としてはまずまずだろう。
オレは首を捻って球を避ける。すかさずオレを狙って放ってくるが、オレは気にすることなく避けた。
「確かに参謀役だが、メンバーを考えろ」
「そうなんだけどよ」
ハト。筋肉バカ。
ワカメ。筋肉バカ。
健さん。ゲームバカ。
真人。普通。
一誠。要領が良い。
「確かに参謀役だな」
「だろ」
オレは由姫が放ったボールを受け止める。さすがに真っ正面から受け止めたらかなり痛いか。
すかさず投げ返すが受け止められる。投げ返されたボールは避けるしかない。
「まあ、自分の習っていないことには教えられないだろうな」
一誠が飛び跳ねて避ける。すかさず内野にいたメグがそれを受け取って一誠に向かって放った。
オレは手を伸ばし、それを片手で受け止めた瞬間に雲散霧消と同じ要領でその場で回転して投げつけた。
メグは返って来たボールを受け止めることが出来ず当たったボールが転がって行く。
「由姫の勉強を見てくれればありがたいけど」
「健さん達で十分だ」
由姫が全力でボールを放ってくる。オレがそれを避けるとちょうど後ろにいたハトにボールが直撃して吹き飛ばした。
「相変わらず威力が高いな。あれで生身ってのがかなり驚く」
「体育祭では魔術は禁止だからな。しかし、あの速度は簡単には出せないだろう」
「だろうな。まあ、魔術禁止でチートに近いのは、オレも同じだし」
向かって来たボールを受け止めながら雲散霧消と同じように投げ返す。
雲散霧消ってこういう風にも使えるからな。向かってきた攻撃を受け流すって、
「それもありか」
オレは首を傾げて避けた。
新しいオリジナル剣技に使えるな。
完全な防御用のオリジナル剣技になるけど、上手く使えば雷王具現化も受け流せるな。
「なんで当たらないのよ!」
メグが全力で放ってくる。オレはそれに角度を合わせて手も合わせる。見た目は当たったように見えるが、オレは一瞬のインパクトでボールを投げた。
加速したボールは由姫のタイミングを外し、肩をかすり近くにいた他の女子達にも跳ね返りながら面白いように当たって地面に落ちる。
転がって来たボールをオレは蹴り上げて手に取った。
「さてと、逆転しますか」
こっちの内野にいるのはすでに三人。ワカメはノビて使い物にならないし、一誠は戦力外だ。
相手の強敵は夢一人。
由姫を倒した以上、余裕だ。
オレはボールを振りかぶった。
「どういう体をしているのかな?」
オレと由姫の体をメグがジロジロ見てくる。オレはそれを確認しながら小さく溜め息をついた。
「何がだよ」
「ドッチボールで普通はあんな速度は出せないからね。由姫に当てた球なんて身体強化しなかったら残像しか見えなかったし」
「うん。あれは、私にも、わからない。あの速度は、さすがに」
確かにあれはかなり速い球だった。現に由姫が受け止められなかったくらいだ。
色々とコツはあるが大事なのはタイミングである。
「攻撃を合わせる技だな。まあ、タイミングが難しいし、物理的なものじゃなければまず成功しない。今回は好条件が揃っていただけだ」
メグの球速を含めてだが。
オレはそう言ってグランドに目を向ける。そこには様々な体育祭に向けての練習を行っている。何もしていないのはオレ達と健さんや真人くらいだ。
「にしても、一誠って不思議だよな。教えるのは上手いけど」
「うん。一誠くんは、教えるのは、上手い」
「どうしてあの時出て来たんだろうな」
あの時というとメグも覚えがあるのか頷いていた。
あの時、ハトの勉強を教えると言った時、一誠は慌てて入ってきた。あまりに不自然に。その時にオレは勉強が出来ると勘違いしたのだが、蓋を開けてみればそうでも無かった。
「まあ、考えても仕方ないか。つうか、メグは練習しなくて大丈夫なのか? オレ達はドッチボールを準備運動変わりにしたけど、お前は違うだろ」
「そうなんだけどね、障害物競争って何の練習をしたらいいのかなって」
「確かにな」
障害物競争は毎年変わる。障害物自体がだ。去年は洒落にならない障害物ばっかりだったからな。
競技場は平らな大地。それを見ただけで競技者全員が固まっていたのを覚えている。
障害物競争に平らな大地はありえない。つまり、必ず何かのトラップがあるとしか考えられない。
結果は落とし穴やら地雷やら、はたまた底有り沼やら様々な障害物というか完全にトラップの嵐だった。
多分、オレでも引っかかる。
「走るのは部隊の訓練でするからな。うん、必要ないな」
「だよねだよね。私だって何もしたくないわけじゃないけど、競技が競技だから」
さすがに練習は出来ないな。健さんと真人も練習出来るわけがない。というか、FBSって一学年に一組だけなんだよな。まあ、並みいる猛者は全部二人が倒したからだろうけど。
悠人達は、誰も立ち向かってなさそうだ。
「私は、弓道の練習、したいけど」
「さすがに弓道はないからな。でも、どうしてだ?」
「孝治さんに、教えて、もらったから。エイミングを」
エイミング。
遠距離射撃をする際に標的をロックオンするために使う魔術で、弓道など射撃を行う競技でも使用は認められている。
何故なら、エイミングはかなりの集中力を使うからだ。さらに、エイミングはただ単に標的を見えやすくするだけで当てやすくするわけじゃない。狙いやすくはなるけど。
確かに、エイミングは上手く使えばかなりのレベルにはなるからな。
「兄さん、エイミングって何ですか?」
「ふふん。ここは私が教えるから。エイミングは射撃を当てやすくする魔術なんだよ」
「狙いやすくする魔術だ。当てやすくする魔術じゃない」
メグの顔が固まる。
まあ、そりゃそうだろうな。知ったか振りは結構恥ずかしい。
「練習、したいから」
「というか、いつの間に孝治に教えてもらったんだ? ああ、オレがいない日か」
「実家のゴタゴタに巻き込まれたって聞いたけど、海道家はそんなに荒れているの?」
「まあ、荒れてはいるけど収束したな。海道姫子のおかげ」
あれを海道姫子のおかげと言わずに何というか。
「えっ? 海道姫子って総付高の?」
「そうだけど」
もしかして、海道姫子を知っているのだろうか。
「そうなんだ。姫さんって本当に海道家の人だったんだ。時音の言う通りだった」
「誰だ?」
「ルームシェアしている人。親友なんだけと、総付高女子野球部のエースで四番」
「風祭時音かよ」
総付高一の有名人だ。どれくらい有名人かと言うと男で生まれていたなら後楽園を全試合完全試合出来たと言われるくらいの学園都市の天才の一人。
「確か、ドッチボールに参加していたはず」
「まあ、敵じゃないけどな」
オレは小さく溜め息をついて空を見上げた。そして、思う。
世界って、案外狭いものなのかな、と。