第八十九話 魔術理論学
気だるい空気が教室内に漂っている。オレはそれを感じながら隠れるように欠伸をした。
ゴールデンウイークと土日を過ぎた最初の平日の一時間目の授業。今までも気だるい空気はあったが、今日はそれ以上に気だるい空気だ。
授業名は魔術理論学。
必要なのは『GF』みたいな戦闘を行う可能性のあるとこに就職予定の人。
ただ、あまりの基礎っぷりに誰もが聞いていない。授業をしている体育会系の先生は熱弁を奮っているが、大半は興味なく見ている。
ちなみに、由姫とメグは睡眠中でオレは新たな魔術の開発中。そんなに簡単には進まないけど。
「海道周! 風属性魔術について説明しろ!」
「風を操る魔術。基本的には攻防一体だが、膨大な質量のある攻撃には弱い。工場では送風や無風空間を作り出すために利用される。日常ではクーラーを使用しないようにするために使われる」
「う、うむ。正解だ」
オレは片手を動かしながら答えていた。こういう風に内職を片手に授業を受けられる。むしろ、内職が本職か?
魔術理論学なんて大学の授業じゃなければためにならない。高校で習うのは基礎までだ。
本当の理論学は新しい魔術の開発に役立つものだ。例えば、風属性で言うなら利点と欠点を事細かく教えてくれる。
利点は大地属性に関して強いとか、氷属性に関しては相手の力量にもよるが基本的には強めとか。
弱点は炎属性や光属性。闇属性にも案外弱い。
ここまでなら高校でも習うだろうが、大学はここからが一味違う。
風属性の組み合わせやすいやり方を教えてくれる。
風属性は文字通り風を操る属性。基本的には氷属性に似ているが、大規模か小規模かの違いがある。それに、氷属性最大の特徴である封印術のような強力な拘束系の魔術は風属性には存在しない。
風を操る以上、面への攻撃はやりやすいが点への攻撃はあらゆる魔術属性で一番難しいし、威力は一番低い。低いと言っても広域への突風は十分な威力がある。
だから、その面への攻撃について語られる。面への攻撃と言っても、出力によっては面のところどころで威力が変わりやすい。その弱点をどうするかというディスカッションすらある。
本当の魔術理論学はそういうものだ。
だから、正直に言ってこの魔術理論学はつまらない。もっと実戦に使えるような魔術理論学じゃなければな。
まあ、メグには聞いて欲しいところだが。
とりあえず、氷属性のオリジナル剣技でも考えるか。
氷属性は最も組み合わせにくい魔術だ。その特徴が方向性を操るもので、反射は出来ない。
その最大の特徴はやっぱり封印術だ。封印術は氷属性にしかない利点で、使い方によっては相手の行動を完全に束縛出来る。ただ、そんな利点をオリジナル剣技にいれるわけにはいかない。
使えるとしたなら方向性を操る特性だろう。
よく似た剣技なら白百合流の雲散霧消がある。あれは紫電一閃からの連撃にも使えるが、最大の特徴は相手の攻撃を弾き合った時に発揮される。
弾かれることで普通は剣を戻そうとするが、雲散霧消はその力すら使って回転しながら斬る。
通常で放てば隙は多いが、紫電一閃のような高速の一撃みたいな相手にも隙が出来る状況下なら使い易い。
それと同じ方向性、いや、雲散霧消の改造に走った方がいいな。
雲散霧消の最大の特徴である弾かれたことに対する回転攻撃はかなりのメリットだ。氷属性とも相性は悪くない。だから、力の無駄を完全に無くしながら放つしかない。
理論的には難しくはないが、実戦的には不可能に近いよな。
というか、氷属性が生かしきれない。
氷属性は細かなところで役に立つからな。例えば、方向転換。前に進んでいるのに後ろに跳んだ場合はかなりのエネルギーを消費する。それを氷属性で行えば止まった瞬間に運動の向きは後ろになっている。つまり、後ろに跳ぶのがスムーズに素早く行えるのだ。
まあ、氷属性魔術は中級以上は本当に難しいからな。実際、氷属性の使い手は片手で数えるほどしかいない。例えば冬華とか。
冬華は元の戦闘能力が高いのもあるが、魔術的に言っても世界最高峰であろう。氷属性の方向性の変換を上手く用いて無駄なく動き、無駄なく攻撃に移る。
魔術にしても封印術という特性を生かして絶対防御(敵も味方も中立というか空気すら)を作り出す。まあ、規模は大きくないけれど。
というか、誰が氷属性なんて命名したんだろうな。動属性は、カッコ悪いか。
まあ、氷属性の最大技、唯一の具現化系を規模と威力のどちらも超える技は氷を使った攻撃だけど。
というか、あれって召喚術と攻撃魔術と封印術の三つを内包した最大の技なんだよな。
っと、話が脱線した。
氷属性をどうするか。それが問題なんだよな。方向性に強くすれば雲散霧消と変わらず、魔術的に強くすれば使用不可能。
もっと別の技にすべきか。
「海道周! 炎魔術について語れ!」
「最も一般的かつ原始から使われた魔術。純粋に炎を作り出すだけでなく、熱量変化による氷を作り出すことが出来、一時期は炎魔術の一部を氷魔術にすべきだという声が出たほど。威力は高くなく、攻撃範囲も広くはないが長時間の発動を容易とする。ただし、使用後は上手く維持していなければ敵味方関係なくダメージを与える上に山火事を発生させることがある。炎魔術による山火事で有名なのは三年前に起きた日本の富士山の樹海で起きた大火災とシベリアで起きた死者数千人を出した大火災。それにより、炎魔術は簡単なものではあるがかなり危険なものでもある。ただし、魔術による炎は下級であれば雑草すら燃やすことは難しく、料理には使えるものの山火事を起こすには難しい。以上です」
「くっ、正解だ」
やっぱり、理論的には出来るのが問題だよな。その理論をどうやって実戦にするか。
難しいな。
「どうして周は授業を聞かないんだ?」
魔術理論学が終わり、次の時間の準備をしたところで健さんが話しかけてきた。オレはキョトンとして首を傾げる。
「あんな授業、聞く価値があるのか? 一応、これでもアメリカの大学は出ているからな。その時の魔術理論学と比べれば遥かに最悪だ」
「周らしい意見だよね。まあ、あの授業は僕もさすがにどうにかした方がいいと思うよ。大半が寝ているし」
「えっ? 俺様、あの授業は睡眠学習だと思っていたけど?」
ハトの言葉にみんなが呆れたように溜め息をつく。ちなみに、寝ていた由姫やメグも一緒だ。
「ハト。違うよ。あれは睡眠学習なんじゃない。睡眠時間なんだか、あいたっ」
オレはメグの頭に拳を落としていた。睡眠学習より遥かに酷い。
「私は兄さんから魔術理論学はいつでも学べますから」
「今回の定期試験はアテにするなよ。最近は何かと忙しいから勉強する時間が少ないんだ」
「夢さん、助けてください」
「私、勉強、出来ない」
その言葉に由姫が周囲を見渡す。オレも周囲を見渡した。
ハト。見るからに無理。
ワカメ。頭の回転は早いが実は勉強はあまり出来ない。
健さん。無理。
メグ。言わずもがな。
「真人か一誠だな」
「悪いが、期待には沿えない」
「一誠はあまり勉強が好きじゃないからね。僕でよければ教えるよ。人並みの学力しかないけど」
そう言って真人は周囲を見渡した。そして、頷く。
「よく考えると凄い集団だよな」
「揃って夏休みの補修を食らったりしてな」
オレは笑みを浮かべて言うが、全員は一斉に視線を逸らした。由姫はまだ大丈夫だと思うけどな。メグは確実にヤバいな。
「まあ、暇なら見てやるよ。魔術理論学についてもな」
まあ、そんな暇は無いだろうということは口には出さないけど。