第八十二話 海道家
「今日は疲れたね」
病室に夕日が差し込む。オレと茜の二人はその夕日を見つめていた。
由姫や音姉はすでに帰り、今は二人っきり。お願いしたのだ。二人っきりになれるように。
「まあ、お前が走り回れたことにはかなり驚いたけどな」
「えへへ。みんなに口封じ、違った。黙ってもらっていたからね」
そう言いながら茜が朗らかに笑う。
今、茜が使っている人工核晶はベッドの上で静かにする用で時間は約16時間持つらしい。ただし、走り回るのは厳禁。日常生活もまだまだ難しい。
「魔術の練習をしているんだな」
「うん。ほら、私って魔術に才能があったからさ。お兄ちゃんが嫉妬するくらい」
「ああ。本当に羨ましかった。茜だけが見られ、オレはまるで路傍の石ころだったのが本当に悔しかった」
「今じゃ立場が逆転しているけどね」
茜はそう笑うがオレの顔は暗い。絶対に茜はオレのことを嫉妬していると思ったからだ。
それに、オレの核晶は茜の核晶。嫉妬しない方がおかしい。
「お兄ちゃんの活躍はよく耳にするよ。ルーチェ・ディエバイトの決勝だって病院のみんなで観戦したんだから」
「そう言ってくれるとありがたいな。まあ、あれは由姫が優勝したからオレも出たいと思ったわけだし」
「由姫姉は本当にすごかったよね。お兄ちゃんよりも遥かに」
「実際、史上最高の大会だったって言われているくらいだしな」
由姫とアルト、そして、リコという現在第一特務にいる二人との壮絶な戦い。本当に見事だった。
「茜は、人工核晶がさらに開発されて一日中動き回れるようになったなら、『GF』に入るつもりか?」
「うん。実際、もうすぐ新しい人工核晶を使う予定だからね。拒絶反応が無ければ八時間くらいになるし」
「どうして? 今の茜じゃ完全に足手まといだ。出番なんて」
「『悪夢の正夢』」
その言葉にオレは言葉を止めていた。
「慧海さんから聞いたよ。今のお兄ちゃんは『悪夢の正夢』と『現実回避』と戦っているって。『悪夢の正夢』も『現実回避』もお父さんとお母さんが使っていたレアスキルってことも。もしかして、二人が」
「ない」
オレは首を横に振る。
「あの日に、オレ達は失ったんだ。親父もお袋も」
「そうだね。だけど、偶然なのかな? お父さんやお母さんと同じレアスキルを持った人が『赤のクリスマス』を起こしたってことが」
「それ、誰から聞いた?」
オレは一言も言ってないぞ。
「慧海さん。お兄ちゃんは絶対言わないからって教えてくれた。お兄ちゃんは復讐でもするつもり?」
「いや、違うな」
オレは首を横に振る。復讐するつもりなんて全くない。
「確かに、復讐について考えたことはあるさ。だけど、オレは『GF』だ。『GF』の第76移動隊の学園都市での役目は学園都市を守ること。それに」
オレは目の前で拳を握りしめる。
「オレは守りたいんだ。守らなければならないじゃない。世界を知ったからでもない。オレはただ純粋に、みんなを、仲間を失いたくない。そのためなら本気のオレだって見せてやる」
まあ、今の状態での本気は本気にすらならないと思うけど。
「オレはオレだ。復讐なんて関係ない。オレはオレの自己中心的な考えで進む。その前に障害があるならどうにかする。それだけだ」
オレと茜じゃ見ているものが違う。
茜は未だに『赤のクリスマス』前を見ている。だけど、今のオレは遥か未来、新たな未来を求めている。
だがら、この気持ちは茜にもわからないだろう。
「それが、どうしようもない未来でも?」
茜の一言に次の言葉を話そうとしたオレの口は完全に固まった。茜は真っ直ぐオレを見ている。
「今のままでは世界の滅びは避けられないとわかっていても?」
「茜、お前」
「知っているよ。近い未来に世界が滅びるのを。姫ちゃんが教えてくれた。海道家はそれに対して動いているって」
茜が姫ちゃんというのは茜と同い年の海道姫子だ。海道家の中で最も位が高い宗家一族であり、茜には及ばないもののオレからすれば遥かに強い女の子だった。
確か、学園都市にいるらしいが詳しいことは知らない。
「つまり、時雨のバックアップか?」
「ううん。お爺ちゃんのバックアップじゃなくて独自に動いているみたい。姫ちゃんは今は海道家とは少し離れているからわからないらしいけど、何か不穏な動きだって」
海道姫子には苦々しい記憶しかない。言うなら、ガキ大将。
まあ、『赤のクリスマス』より以前の話だけどな。今は会っていないからわからない。
「少し不安なんだよ。お兄ちゃんが無理をしないか。あの、海道家まで動いているのに」
海道家が動くということは里宮家も動いているだろう。その二つは面白いくらいに犬猿の仲だ。だけど、不安になる材料はそれだけじゃないだろう。
「茜は、海道家に戻らされるかもしれないのが心配か?」
「うん。私は、海道家が嫌い」
「そんなことを言うなよ、マイハニー」
その言葉にオレは振り返りながらレヴァンティンをポケットから取り出していた。レヴァンティンがすぐさま反応して手の中に剣が収まる。
振り返った先にいるのは開きだしたドアと笑みを浮かべる男。オレはこいつを知っている。海道姫子の取り巻きの一人だ。
「久しぶりだな『能無し』。今は『簒奪者』と言った方がいいか?」
「てめぇ」
「昔よく遊んでやったのにそんな口を聞くとは。泥棒の躾がなっていないな」
「名前、何だっけ?」
オレの言葉に男がずっこけた。まあ、そうだろう。覚えているだろうと思っていたのに覚えていなかったらこれくらいの反応はする。
「貴様、分家の分際で宗家の名を知らないというのか?」
「宗家? ああ、役立たず一族の」
ちなみにこれは実際に言われている。海道家の分家は『GF』での活躍が目覚ましいが、本家は権力にしがみついた犬であると。
実際に、本家がしゃしゃり出てくるのは時雨が何か大きいことをした後にテレビで、
『さすが海道の名を持つ分家。宗家のために頑張ってくれている』
と言うからだ。だから、海道家宗家は役立たず一族と笑われている。
「誰が名前を覚えるかよ」
「貴様! 宗家をバカにして生きていられるとでも」
「天誅!」
その言葉と共に男の後ろから足が蹴り上げられた。もちろん、股を。
思わず押さえてしまうのは仕方ないだろう。実際な男のように悶絶しているだろうし。
「このクズムシ。茜がマイハニーだったのは十年前までだろうが。クズムシ自身が破棄したくせに茜が走り回れるようになったと聞けば戻すつもりだったのか? 一度死んでまた死ね!」
あまりのことにオレはレヴァンティンを持ったまま動けない。
前にいるのはピンクのリボンで髪をサイドテールにした少女。ただ、どっかで見たことがある。
服装は総付高のセーラー服。
「茜! 久しぶり! ところで、このサナダムシは誰?」
「いきなりサナダムシって酷いな」
「まあ、剣はあのクズムシがノックもせずに部屋の言葉を盗み聞きしているから2000歩進んでいいとして」
進むんだな。下がるじゃなくて。
「茜の病室に男がいることがおかしいの。男の毒牙から茜を守る。それが私の使命だから」
「レズか」
「バイよ。特に茜は可愛くて可愛くて、お持ち帰りしたいくらい」
「気持ちはわかるが少し落ち着け」
というか、こいつは本当に誰だ? 多分、海道家の関係者だろう。じゃなければ宗家を名乗る男をゴミムシなんて言わない。
だとすると、一体誰だ?
オレはレヴァンティンを鞘に収めた。
「で、あんたは誰だ?」
「聞いて驚きなさい。私の名前は海道姫子。宗家トップよ」
「はぁ?」
オレは思わずそう言っていた。だって、海道姫子はオレの一つ年下なのに宗家トップってありえない。
「畏れ敬いひれ伏しなさい!」
海道姫子はオレを指差しながらそう言ってきた。