第八十話 見舞い
ようやく、ようやく八十話です。日常って意外と書けないものですね。後三十話は続ける予定なのに。
学園都市外にあるとある病院。オレはそこに来ていた。隣には由姫と音姉の姿。
「別に茜の見舞いだからオレ一人で良かったのに」
「そういうわけにはいかないからね。茜ちゃんは私や由姫ちゃんからしても妹なんだから」
オレと茜は一緒に養子に入った。でも、オレも茜も白百合とは言わずに海道の名前を使う。
茜は白百合も使うが自分の名前を名乗る時は必ず海道だ。オレも茜も義母さんや義父さんには本当に感謝しているし、音姉や由姫にも感謝している。だけど、オレ達は海道であることは逃れられない。
海道というのは名門の一族。慧海も海道の家系だし時雨は完全に海道の家にどっぷり漬かっている。それほどまでに有名な一族。
だから、オレは海道を名乗る。もっとも、オレや茜は海道本家から海道の名を名乗らないように一度言われたけれど。
「そう言えば、お兄ちゃんって新しい魔力鉱石を渡したの?」
「渡している。それに、今年になってから新しい治療法を試しているらしいんだ。最近は忙しかったからなかなか行けずにどうなっているかどうか」
病院の中に入る際にオレ達はデバイスの電源を切る。レヴァンティンは切らないけれどちゃんと電波は出さないようにしてくれるからありがたい。
そして、茜の部屋に向かおうと、
「お兄ちゃん、久しぶり」
入口近くにあるたくさんの椅子の一つに茜が座っていた。その隣にいるのは茜の看護を担当している看護士だ。
オレ達は完全に呆気にとられて固まっている。それを見ながら茜はしてやったりという笑顔になって向かってきた。
「本当ならもう少し早く来て欲しかったな。私だって色々待っていたんだよ」
「質問その1。ドッキリ?」
「兄さん、いきなり核心から行きましたね」
「うん、ある意味ドッキリだよ」
朗らかに笑う茜。うん、本物だ。
「オーケー。質問その2。どうしてここに?」
「普通はそれが一番だと私は思うけど」
「お兄ちゃんを驚かせるため。音姉や由姫姉までいるとは思わなかったけどね」
まあ、確かにメールじゃ見舞いに行くとしか言わなかったしな。それに、ゴールデンウイーク中は里帰りする奴がいるからメンバーが少しキツいとも書いた。
茜はそれを覚えていたのだろう。
「オーケー。質問その3。どうして立てるんだ?」
「新しい治療法、というより新しいサポートの方法かな。核晶の替わりに人工的な核晶を入れているんだよ。人工的な核晶と言っても魔力鉱石から魔力を補充するタイプだからそんなに長く動けないけどね。最中は四時間かな。それにしても、すごいよね。これって魔術を使っても大丈夫なんだよ。試しに使ってみたけどあまり劣っていなくて良かった。結構、昔の感覚そのまま使えるんだね。まあ、いわゆる魔力ボケに会うから少し辛いけど。訓練しておけばお兄ちゃんと一緒に第76移動隊って、何で固まっているのかな?」
ちなみに、最中は四時間くらいのところでオレは固まっていた。
新しい治療法は核晶欠損症にとってもっとも有効なもののようだ。一応、理論だけならオレも四年ほど前に提唱したが技術的に不可能だとされた。出来てもほんの数分しか出来ない。
それほどまでに核晶は精密なものなのだが、開発者はよほどの天才………、アリエル・ロワソしかいないな。
「まさか、茜がここまでになったなんて。人工核晶は自然核晶と変わりはないのか?」
「うん。核晶の入れ方も外し方も同じ魔術で可能だよ。えっと、ARって人が作ったらしいすごい技術だよね。このおかげで時間制限はあるけど私も走り回れるんだよ。まあ、長い入院生活だったからか筋力はかなり落ちているけどね。でも、これにしてかれかなり動けるようになったから今は筋トレをしているよ。魔力負荷はまだまだ無理だけど、今なら50mを七秒切れるくらいかな。正確には計ったことはないけどそれくらい。魔術も練習しているからこの技術がもっと発展して一日中歩き回れるようになったら私を第76移動隊って、何で固まっているのかな?」
「やけに饒舌だよな」
こういう茜を見るのは初めてだ。本当に嬉しいのだろう。こうして走り回ることが出来るのが。
今までの治療法というより延命法の方が近いな。何もしなかったらただ衰弱させるだけなのだから。その延命法は病室自体に魔力を充満させることで核晶が無くても病室内を動き回れるようにするものだ。
ただ、コストがかかりすぎる。だから、それをするのは体が鈍らないように定期的に動く時だけ。それ以外はずっとベッドの上にいるだけだ。
「うん。ようやくだもん。ようやく、私は普通の人に近づいた。普通に走って普通に歩いて普通に魔術が使えるように。お兄ちゃん達のおかげだよ。お兄ちゃん達が必死に私をサポートしてくれた。お金が主だったけどそんなことは関係ない。お兄ちゃんがいてくれたことは本当に何事にも変えられない事実だから。お兄ちゃんがいたから私達は助かったんだよ。お兄ちゃんがいたから私はここにいる。お兄ちゃんがいるから私は笑っていられる。いつか、私がお兄ちゃんの妹として隣に立ちたいから。お兄ちゃんという天才の隣に」
「そっか。オレも茜がいたからやってこられた。礼を言うよ。ありがとう」
「えへへ、どういたしまして。そうだ、美沙っちがお兄ちゃんに話があるらしいよ。音姉、由姫姉、散歩しよ」
茜がオレの横を抜けて二人の手を取る。二人は一瞬オレと視線を合わせ、そして、歩き出した。
オレは三人を見送ってから看護士の人、名前は小原美沙だったはず。というか、名札に小原って書いてあるし。
「茜ちゃん、本当に嬉しそうだったね。周君も嬉しいよね」
「そりゃ。茜がここまで歩けるなんて考えられなかったから」
「とりあえず、新しい治療法についての説明と、これからのお金について説明するね」
そう言いながら小原さんはポケットからプリントを数枚取り出した。
「今回の治療は茜ちゃんが言ったように人工核晶を使った実験要素が強いものなの。だから、四時間と言っても看護士の目が光る場所にはいてもらわないとダメ」
「帰宅は無理ですね」
海道家は今もなお残っている。多分、埃まみれになっているだろうから近々掃除をしにいかないとな。
いつか、茜と一緒に帰宅出来る日があればいいけど。
「だけど、看護士、基本的には私だけど、私がいる場所ならちゃんと走り回ったり魔術を使ったりしても大丈夫。だから、安心してね」
「久しぶりにあんなに生き生きしている茜を見たような気がします。やっぱり、動けるのと動けないのじゃ心の持ち方が違いますよね」
「そうだね。茜ちゃんは今まで抑圧されていたからそれの反動かもしれない。だけど、いい方向には向かっているから。この治療法が確立されて発展したなら一日中走り回れるのは一年だと言われているし」
それはかなり嬉しい話題だ。あの家に、オレ達の家に帰れる日が近いということになる。あの日からずっと一人でしか帰ったことのなかったあの家に。
「これからお金の話になるけどいい?」
「はい」
小原さんがオレにプリントを渡してくる。そこに書かれているのは様々な必要経費の表だ。個室だからかなり高いのと最新鋭の設備を使うため値段はかなりする。一ヶ月350万円。
だけど、この値段は完全に予想外だ。考えていた以上の数値でもある。
「安いですね」
旧治療法は月々600万くらいかかったことを考えればかなり安い。
「魔力鉱石の必要数が少なくなったから。リハビリのために魔力を部屋に充満させるのと人工核晶に魔力を入れるのとじゃ必要数は十分の一。今までのようなやり方も出来るから魔力鉱石が少ないの。それに、実験要素もあるから値段は安くしているだけ」
「でも、少しはありがたいですね。これくらいなら余裕なので」
「言うと思った。茜ちゃんは本当に愛されているよね、お兄ちゃんに」
オレ達は外で楽しそうに談笑している三人を見た。あんな笑顔を見たのはいつ以来だろう。
そうだ。あの笑顔は確か、『赤のクリスマス』の時のあのオレが助かったことに笑みを浮かべた茜の、
「っく」
視界が微かに揺れる。今、頭の中に何かが映った。ローブ? わからない。わからないけれど、あれは、一体何。
「大丈夫?」
顔を上げるといつの間にか小原さんの顔が近くにあった。オレは頷きながら小さく息を吸う。
「ちょっと、思い出して。他に何かありますか?」
「ないかな。周君、茜ちゃんのところに行きたいんでしょ」
「ええ、まあ」
オレは少し苦笑しながら言う。確かにそうだ。そうなのだが、思い出さないといけない気がする。だから、何かを思い出すために茜の側にいたい。
利用するようで嫌な気分になるけど。
「何かあったら連絡すること。魔力補充は鉱石が無くても直接入れられるから」
「わかりました。ありがとうございます」
オレは小原さんに頭を下げて歩き出した。茜のところに向かって。