第七十九話 共同
目の前にいる善知鳥慧海。その手に握られた蒼炎は蒼い炎を猛々しく上げている。
オレの慧海との通算成績は12戦12敗。勝ち目がないという方が正しいくらいの相手だった。
「“義賊”はどういう結果であれ犯罪集団だ。それを庇うということはどういうことかはお前がよくわかっているよな?」
考えろ。この場を切り抜ける最適な手段を。“義賊”との関係を維持しながらこの場を無傷で切り抜ける手段を。
慧海は話はわかるやつだ。だから、手段さえ間違えなければ勝てる。
「ああ、わかっているさ。わかっていても、“義賊”の行動は今の学園都市にとっては有益なものなんでね」
「無益か有益かじゃない。犯罪か犯罪じゃないかだ。お前はそれを理解しているのか?」
「理解しているさ。よく理解している。でもな、今はその犯罪が必要だ。学園都市の膿もナイトメアのことも“義賊”と共にいれば何とかなる」
ここから選択を間違えたら一撃で死ぬな。言うことは頭の中に入ってある。通用しないこともわかっている。最悪の手段も考えている。
だから、今だけはあれを狙うしかない。
「ナイトメアはオレが片をつける」
「出来るのか? 『悪夢の正夢』達を倒せるのか?」
「オレがやらないとダメなんだ」
未だに終わっていない。『悪夢の正夢』達の『赤のクリスマス』に関係していたことはまだ報告していない。
だから、これを使う。
「『赤のクリスマス』に関係しているからな」
「そんな報告は聞いたことがないぞ?」
「言っていないからな。これは、オレが片をつけないといけない事件だ。だから、お前が何を考えようがオレは“義賊”と手を結ぶ」
慧海はオレを真っ直ぐ見つめてきた。そして、フッと笑みを浮かべて肩をすくめる。
「オレもそんなに言うつもりじゃなかったんだけどな。二人がそんなにラブラブ」
「違うわ!」
思わず叫んでしまった。そして、レヴァンティンの柄から手を放す。
どうやら慧海は元からオレ達をどうこうするつもりはなかったらしい。ただ、オレの覚悟を聞きたかっただけか。
「まあ、お前がこういう時のために手段として残していたのはいいけど、この関係だけは初めて知ったぞ」
「オレと夢の約束だっからな。なっ、夢って、大丈夫か?」
そこには座り込んだ夢の姿があった。どうやら本気で聞いてきた慧海に対して腰を抜かしたらしい。
オレは夢に近づいて手を伸ばすが夢は首を横に振る。
「“義賊”はちょっと問題視されていたからな。まあ、面白い情報と共にゴールデンウイーク休暇で遊びに来てみれば」
慧海が笑みを浮かべている。はっきり言っていらつくのはオレだけだろうか。
「まあ、こっちの用事を簡単に済ますぞ。『悪夢の正夢』に関してだ」
「ちょっと待った。夢もいていいのか? 何なら、また別の場所で」
「オレは“義賊”にも話している」
その言葉にオレは頷いた。慧海が手に入れた情報はオレ達だけじゃなく“義賊”にも有益なものだと判断したのか。
夢を見ると、夢は頑張って立ち上がろうとしているがやっぱり立ち上がれないようだ。
「別に無理して立たなくていいからよく聞け。周もな。今回のナイトメア関連に関してだが、オレ達『GF』上層部は学園都市に手を出さないことを決定した」
「手を出さないってことは代表の警備だけか?」
「ああ。評議会からの要請だ。まあ、反論するところも見つからなかったから頷いておいた。オレ達は周達に期待しているからな」
普通ならオレはここで変な期待をかけるなというべきところかもしれないが、今回は違った。
どこから要請されたかが気になったからだ。
「評議会から? それは本当なのか?」
完全に耳を疑う。こういう大きなことに対して第一特務や他の地域部隊を援護に向かわせるように頼むのはいつも評議会だ。
だけど、今回だけはよくわからない。評議会が『GF』上層部に手を出させないというのがよくわからない。
もし、何かがおきれば責任は必須なのに。
「本当だ。だから、今回は手を出せない。特に、第一特務はな。地域部隊を持ってこれるとは言え第一特務が使えない以上大変というのはお前がよくわかっているだろ?」
「ああ。計画を見直さないとな。評議会の爺共めって、夢に話したのはもしかして」
「第一特務というジョーカーが上手く使えない以上、他の組織に頼るしかないだろ。そこで出て来たのが“義賊”だ」
確かに“義賊”は犯罪はしてもそれは義賊というに相応しいことをする。だけど、行為は犯罪なのだ。
だから、『GF』からしてみれば忌避する存在だが、こういう状況ではむしろ喜々と使う方がいいだろう。多分、『GF』上層部でもそうなったんだろうな。
「で、来てみればまさかの密会中。かなりありがたかったな。一応、お前がそれに荷担してないか尋ねたけど」
「あの行動はそういうわけね。まあ、いいけど。夢は大丈夫か? “義賊”が『GF』と一緒に行動するのは」
「大丈夫、だと思う。リーダーに、尋ねたら、大丈夫。電話、していい?」
「頼む」
夢はデバイス内蔵型の携帯電話を取り出してオレ達に見えないようにアドレスを入力する。その間にオレは慧海と向き直った。
「あのな、夢はか弱い女の子なんだからもう少し手加減しろよ」
「悪い悪い。いや~悪のりって楽しいからさ、思わずやっちゃって。で、夢ちゃんはお前のハーレムのひと」
オレの拳が慧海の顎を打ち抜いていた。だけど、慧海はピンピンしている。相変わらずの浩平に匹敵する防御力だ。
すかさず拳を鳩尾に叩き込むがやはり慧海はピンピンしている。ここまで来るとかなりムカつくな。
「テレるなって」
「照れるか。それに、夢はクラスメートで友達だ。そういう関係じゃない」
「可愛いのにな」
「それは認める」
入学して早々に抱きしめそうになったのがあるからこんな場所では否定出来ない。
「まあ、これからのことはお前と“義賊”で決めるんだ。オレはちょっくら駐在所の方に情報を渡してくるわ」
「わかった。慧海、評議会の方は頼むな」
「わかってる。任せろ」
慧海はオレに向かって親指を立てるとそのまま跳び上がった。そして、校舎の向こうに落ちていく。
オレは小さくため息をついて振り返った。夢はまだ会話中らしく通話している。
「なあ、レヴァンティン。どこで『赤のクリスマス』のことが漏れたんだろうな」
『おそらくというより十中八九ですがアル・アジフからでしょう。それ以外は考えられませんし』
「だろうな。まあ、言わないように念押しはしなかったから仕方ないか。さてと、これからどうするかだな」
『評議会がまさか動いてくるとは思いませんでした。ですが、これはむしろ良かったのではないでしょうか』
「ああ」
第一特務は代表の護衛にしか動かせない。別の言い方をするなら第一特務だけで代表を護衛すればいいのだ。オレ達は護衛せずに他の地域に回すことが出来る。
つまり、結局は良かったと言える可能性が高い。まあ、警備体制の見直しは必須だけど。
「周君、お願い」
夢が駆け寄ってきて携帯電話を渡してくる。オレはその携帯電話を手に取った。
『まさかこんなに早く連絡が来るとは』
「オレだって意外だ。まさか、評議会が口出ししてくるとは思わなかったからな。まあ、一応の内容は夢から言ったと思うけど」
『ああ。まさか、手を貸して欲しいとはな。『GF』は人材不足か?』
「面は足りている。だけど、足りていないのは裏の部分だ。こればかりはどうしようもない」
『なるほど』
オレが“義賊”に頼みたいのは面立って動けない部分。つまり、犯罪行為に抵触するようなことだ。
「条件は捕まったとしてもオレ達の名前を出さないなら資金の援助、とは言ってもポケットマネーで動かせる額だが、それと、捕まった際の弁護を約束する」
『条件としてはかなり破格だな。いいのか?』
「頼りにしているからな」
それに関しては事実だ。
あの学園自治政府ですら尻尾を掴めていない“義賊”は戦力にはなる。それはオレも『GF』上層部と同意見。だから、これに関してはかなりありがたい。
『わかった。連絡役には夢を使うが、夢を第76移動隊所属には』
「それは無理だ。夢が“義賊”だと知っている人数は少ない。少ないからこそこれは不自然だ。まあ、孝治に弓を教えてもらうとか遊びに来るなら大丈夫だ」
第一、メグを入れたからか第76移動隊に入りたいという奴は多い。だから、時々志願者が来るのだ。まあ、大抵は音姉が叩きのめして終わるけど。
だから、夢まで入れたら身内びいきとなる。事務担当ならいくらでも歓迎なのにな。
『そうか。なら、仕方ない。“義賊”はこれから動くとする。新たな情報が手に入ったら連絡する』
「頼んだ」
オレは通話を切って夢に携帯返した。夢はそれを受け取る。
「まあ、これからよろしくな」
「うん、よろしく」
そう言って笑った夢の顔はかなり可愛いかった。