第三十四話 フュリアス 前編
狭間の日常ですが、タイトルは違います。ちょっと長くなりそうなので前後に分けました。
オレの朝は人間全体から見て平均的だと思う。あくまで平均的だ。いつも六時には目が覚める。年の割には早いかもしれないがこれがオレだ。
目が覚めて最初に飛び込んでくる光景が亜紗の顔だった。
「相変わらず寝顔を見るのが好きだよな」
『周さんの寝顔は可愛いから』
「はいはい。それは良かったな」
『本当なのに』
亜紗は不服そうに頬を膨らませる。というか、そんなことの為に毎回毎回犯罪テクニックを使って忍び込んでくるなよ。
オレは小さく溜息をつきながら起き上がった。
「亜紗、今日もか?」
『うん。料理、教えて』
「了解」
オレは腕を大きく伸ばすとそのまま亜紗を部屋の外に押しやった。
「着替えるから出とけ」
『手伝う』
「出てろ」
オレはドアを閉じて小さく溜息をついた。
狭間に来てから亜紗にオレは料理を教えている。料理がう上手くなりたいと言っていたが、実際は料理が出来るメンバーが少ないからだろうな。
第76移動隊で料理が出来るのはオレと由姫、そして、浩平だ。浩平が意外に思うが、狙撃手として単独行動は当たり前なので、保存食に頼らず自分で食べ物を調理する方法を身につけたらしい。ちなみにリースもそのことは驚いていた。
ついでに言うが、殺人料理を作るのが音姉と中村。この二人が厨房に入ることをオレ達は許していない。
朝ご飯の準備に亜紗は米を研いでいた。オレはそれを横から見ているだけだ。
最初は悲惨だった。米を研ぐように言ったら研磨石を取り出した瞬間にオレは大きなため息をついたほどだ。
今は普通に研いでいる。
米を研ぎ終わり、亜紗は炊飯器にセットをした後、エプロンで手を拭いた。
『どうだった?』
振り返りながらスケッチブックをオレに見せてくる。
「米を研ぐぐらい出来て当たり前だ。次は卵焼きでも」
「兄さん、亜紗さん、おはようございます」
作ろうかと言おうとしたら厨房に由姫が入ってきた。由姫にしては珍しく早起きだ。何かあったのか?
「どうかしたのか?」
「目が覚めたので兄さんのところに。手伝いましょうか?」
『私がやる』
かなり不満そうに由姫を睨みつける亜紗はスケッチブックを捲って見せてくる。オレは小さくため息をつきながら由姫を見た。
「亜紗の練習にならんだろ。というか、由姫の方が料理は上手いから亜紗は見てもらえ。オレはちょっくら時雨に定期連絡を入れる」
『わかった』
かなり不満そうな亜紗の頭を撫でてオレは厨房からでる。
ポケットからレヴァンティンを取り出して通信機器につなげた。
『いつもの時刻より二時間ほど早くないか?』
「暇になったんだよ」
オレは通信機器から聞こえてくる時雨の声に小さくため息をついた。
「昨日は異常なし。リースは上手くやってる」
『まさか、お前らがそんなことをするとはな。クロノス・ガイアを『GF』に引き込めたらかなり楽になるんだが』
「引き込んでどうする。リースはクロノス・ガイアの名前という重圧を背負っている。背負いながら戦っていたんだ。今更、その名前を捨てることはしない。アル・アジフはさせないだろうし」
『だろうな。一応、評議会からの回答を聞きたいか?』
「むしろ、予想したい」
『わかった』
オレは少しだけ考えながら小さく頷いて答えを出す。
「リースを人質としろ。『GF』本部に移送しろ。認められない場合は許可できない」
『正解。よくわかったな』
「あの利権目当ての爺共は自分達の安泰と『GF』の繁栄しか考えていないからな。『ES』自体を歯がゆく思っていそうだし」
『実際、歯がゆく思っているだろうな。純度の高い鉄を作るためには希少物質の石油が必要だ。石油の産出はほとんどが中東だからな。手に入れようと思ったら中東の国と『ES』からの関税がかかる』
「自分達の楽園を守るための箱舟作成のために純度の鉄を集めているって噂は本当だったのか」
『いや、ちょっと違う』
時雨の声に少し真剣なものが混じる。こういう時は少し厄介な事案だ。特に、今の立場のオレからすれば。
時雨は少しだけ間を開けて言葉を発する。
『フュリアスという言葉を聞いたことはないか?』
「フュリアス? 英語で怒り狂うとかだよな。それがどうかしたのか?」
『不確定情報なんだが、評議会がフュリアスと呼ばれる人型機動兵器を開発しているらしいんだ』
「パワードスーツみたいなものか?」
よく災害現場で使われる常人の力を数倍にしたものが扱える強化装甲だ。防御力も上がるため、最初は戦場に投入することを考えて作られたのだが、あまりの機動性の悪さに没になった。だが、災害現場ではその力と、機密性の高さ、さらには、大きさの割には重さがほとんどないところに焦点が当てられめでたく採用となった。ちなみに、全世界でパワードスーツは消防隊の愛用の品となっている。
それを開発しているとでもいうのだろうか?
『いや、違う。そんな簡単なものじゃない。全長は20mほどだ』
「理論的に作ることは可能だな。だけど、それを動かすのは・・・精神感応か」
精神感応は最近の医療現場で使われだしたもので、言葉の離せない患者との意思疎通が可能となる。だが、それは戦場ではすでに使われている技術。
それを上手く利用すれば手足のように動かすことができる。もちろん、これも理論上。
ただ、精神感応が一番発達しているのは軍事大国でも『GF』でもない。『ES』だ。
「『ES』の作った兵器を流用か?」
『可能性としては考えられるな。アル・アジフに尋ねてくれないか? もちろん、尋ねるのはお前一人だ。答えは隠してもいい』
「わかった。ちょっくら聞いてみる」
オレは通信機器を外して小さく息を吐いた。
パワードスーツが戦場で使えなかった原因は機密性の高さから。機密性が高くなければ内部での魔術発動により棺桶になってしまう。精神感応を使おうにも、そのサイズのデバイスとなれば中途半端に大きくなる。
でも、元から大きいものなら話は違う。
理論上では20mの人型兵器は作成可能だ。実際にアルタミラにある壁画などには巨大な人型の兵器が戦っている姿がある。過去には、今よりも鉱物が豊富に存在し、希少物質も手に入れることが出来た時には作成が可能だったのだろう。でも、今では難しい。
魔力を鉄に込めることで作られる魔鉄を使えば量を作りだすことは可能だ。だが、魔力を物質に込めることで、魔力を使う攻撃からは弱くなる。それが自然の摂理。
そんなものを使えば簡単に落ちるはずだ。
精神感応を使うにしても、その技術はちゃんと確立していない。精神感応に適した人でない限り。
全ては机上の空論。でも、全ては理論上可能。
「アル・アジフに尋ねるしかないか」
「アルに何かある?」
オレは小さくため息をついた。
いつの間にか竜言語魔法の魔法書を開いたリースが後ろにいたからだ。
「話はきかせてもらった」
「おいおい。オレのセンサーには反応しなかったぞ」
「竜言語魔法には完全に姿を消す魔法がある。アルに何を尋ねるの?」
「その前に、浩平は?」
リースが首を横に振る。
オレが調べても近くには誰もいない。
「リースはフュリアスについて知っているか?」
「どこでそれを?」
やっぱりね。
リースからすればオレがどうして知っているのか理由がわからないのだろう。つまり、来たのはついさっき。
「時雨からだ。評議会の奴らがフュリアスの開発に乗り出しているらしい」
「『ES』じゃない? 評議会がどこで? わかった。アルに聞いて欲しい。私の口から語れるのは少ない。原理が理解できていないから」
「ああ。オレはアル・アジフのところに向かう。みんなに連絡は頼むな」
「うん。朝ご飯は?」
「いらないと伝えてくれ。じゃ」
オレは歩きだした。アル・アジフのいる場所に向かって。
作中のフュリアスは人型機械兵器と書いていますがガンダムのようなものではありませんのであしからず。