第七十八話 言葉
校門前にオレと由姫が同時に足を止める。そして、すかさずレヴァンティンを取り出した。
「タイムは?」
『9分58秒です』
「よし」
「やった」
オレと由姫はお互いにハイタッチ交わしあう。家からここまでのタイムアタックは初めて10分を切ることができだ。たったそれだけでかなり嬉しい。
まあ、ゴールデンウイーク中だから登校するってわけじゃないけれど。
「じゃ、またな」
「うん。駐在所で」
オレと由姫はそこで分かれる。オレはゴールデンウイーク中ながら学校に用事があったため来たのだ。対する由姫は普通に駐在所に。
どうせなら走ろうということで走ったのだが、ゴールデンウイークだからかいつもより人通りが少なくスムーズに駆け抜けた。
だけど、音姉のタイムにはまだまだだ。音姉には色々と驚かされる。
「さてと、生徒会室にでも」
「周君?」
オレが右を振り向くとそこには弓道着を着た夢の姿があった。その首にはタオルが巻かれている。
「ゴールデンウイーク、だよ?」
「わかっているから」
夢から見たらオレはゴールデンウイークなのに忘れて来た男になっているのだろうか。
「委員長から、生徒会長からお願いされてな。色々提出しなけりゃならないだけだ」
「そう、なんだ。ハト君とは、違うよね」
あいつ、ゴールデンウイークだと知らずに登校したのか?
すると、夢がゆっくり近づいてきた。
「12時に、屋上。お願い、できる?」
「わかった」
夢が真剣な目でオレを見ているからおそらく“義賊”のことだろう。だったら断る理由もない。
オレは夢に手を振って歩き出す。夢は少し心配そうな顔で手を振ってくれる。よほど重要なことなのかそれとも、
「今は考えても仕方ないか。さっさと委員長のところにでも」
その時、レヴァンティンが震えた。オレはレヴァンティンを取り出し届いたメールを開く。そこにあったのは新聞の記事。大体十年前のものか。
送り主は時雨だからこれが回答というわけね。
「夕日新聞ってすごいな。各国の軍事予算や『GF』の軍事予算まで正確に載せているし」
『確かに驚きますね。でも、この軍事予算は』
「余計疑問が膨らんだな」
エレノアに話した矛盾点。あれはオレの中で正確な数字があったわけじゃない。ただ、『GF』ではそういう風に推移したのだけはわかっている。
言うなら、軍事力増強。
オレが予測した滅びの条件は文明か軍事力か。この二つをあの日、金色の鬼に否定されなかった。
否定されなかったということは事実だと考えていいだろう。それに、文明だけならひたすらテロ行為を起こせばいい。
だけど、このデータでは『赤のクリスマス』以後、ニューヨークの二の舞にならないように軍事力増強が続いている。一番幅が大きいのは『GF』だ。
「『赤のクリスマス』がどうしてニューヨークを起こしたかわからないな。たった一都市を地図上から消しても文明は衰退しないのに」
『相手が衰退すると考えていた可能性がありますが、そこまでいくと推測は難しくなりますね』
「人の行動ほど予測出来ないものはない。もう少し原因方面で調べた方がいいかもな。レヴァンティンは合法手段で調べてもらえるか」
『ちゃんとした結果は出ませんよ』
今まで何回もしたことだ。だけど、『赤のクリスマス』の事実をいくつか知っている以上、新しいものが見えてくるかもしれない。
「わかってる。そんな簡単なことじゃないって。さてと、失礼します」
オレは生徒会室のドアを開けた。そこには委員長の姿しかない。
「予定通りだね。さすが海道君」
「何がさすがなのかわからないけど。で、提出する書類」
オレは昨日の時点で渡されていた書類を委員長に渡す。委員長はそれを確認して生徒会の名前が入った判子を押す。
オレが委員長に提出したのは第76移動隊が都島学園の『GF』であることを証明するものだ。毎回何故か知らないがゴールデンウイーク中に呼び出される。
まあ、今回は色々あるからいいけど。
「他にこれとこれを書いてくれる?」
「厄介なやつだな」
学園に提出する用の名簿だった。だけど、去年のを流用しているらしく名前はほとんど書かれている。
オレはペンを手にとってそこにメグの名前を書き込んだ。
「にしても、どうしてゴールデンウイーク中なんだよ」
「それ、去年も会話したよね。でも、海道君に少し元気があって良かった」
「どういうことだ?」
意味がわからない。オレはそんなに元気がなかった自覚はないのだが。
「エレノアさんから聞いたよ。『赤のクリスマス』で悩んでいるって。花畑君達は傍観になったみたいだけど、私はやっぱり心配で」
「あいつらも心配してくれるからな。『赤のクリスマス』で関わった中でオレが一番心の傷が大きいし」
「だからね、何かあったら相談して欲しいな」
オレは委員長の言葉に頷いた。そして、委員長の頭を撫でてやる。
「ありがとう」
「も、もう。子供扱いしないでよ」
そういう委員長はどことなく嬉しそうだった。
屋上にあるフェンスに手をかける。考えるのはやっぱり『赤のクリスマス』について。多分、オレの記憶が鍵になっているはずだ。絶対にオレはあの中で一番最後まで気絶しなかった。そんな感覚がオレの中にある。
「オレが思い出すのが一番だろうな」
『思い出さない方がいい記憶もありますよ。特に、マスターのものは幼い頃のトラウマを起こす可能性があります』
「だろうな。だけど、今回はオレの戦いだ。オレがどうにかしなければならない。オレがな」
『マスターらしいというか何というか。止めはしませんよ。それがマスターの決めたことなら』
「ありがとう」
レヴァンティンは相棒としては最高だ。よくオレのことを考えてくれている。こういう相棒を持ってオレは幸せだよな。
オレは時間を確認した。すでに時刻は正午になっている。メグが来るとしたらもうすぐか。
すると、誰かが駆け上がってくる音が響いた。オレはフェンスから手を離し屋上の入口を向く。
ドアが開き屋上に入ってきたのは案の定メグだった。すでに制服に着替えおりすぐにこっちに駆け寄ってくる。
「待った?」
「全く。ちょうど来たところだ。結界は展開した方がいいか?」
「それは、大丈夫。気配、探知は、得意、だから」
「なるほどね。レヴァンティン、一応探索魔術を頼むな」
オレはレヴァンティンに指示を出して夢に向き直る。
「“義賊”の方に、色々と、話した。周君の、ことを」
ちなみにこちらは話していないからちゃんと約束を守っている。
「それで」
夢が何かを手渡してくる。それはデバイス内蔵型の携帯だ。すでに通話は開いているらしく通話中になっていた。
オレはそれを受け取る。
「もしもし」
『君が海道周君か。始めましては“義賊”のリーダーだ』
その言葉にオレは小さく息を吐く。声は声を変えているのかAIが言っているのかわからないが多少機械音が混ざっている。
絶対にレヴァンティンが勝ち誇っているな。
『君のことは夢君から聞いている。どうやら迷惑をかけたようだね』
「助かったとだけいっておくよ。で、“義賊”のリーダーさんが何のようだ? 黙認は出来ても共闘は出来ないぞ」
『わかってはいるさ。夢君のことを少しね』
「夢の?」
オレは夢を見た。夢は心配そうにオレを見ている。
『もし、君が夢を捕まえるような真似をしたら、“義賊”は『GF』と全面戦争に入る。協力者は以外と多くてね』
そりゃそうだろう。“義賊”なんだから。
オレは小さくため息をついて空を見上げた。
「オレが夢を捕まえるのは夢が犯罪行為をした時だけだ。それ以外ならオレは守る。例え、“義賊”のことだとしても、夢はオレの親友だ」
『なるほどね。君の考えはよくわかったよ。それなら安心だ。話したかったことはこれだけだよ。何か聞きたいことがあるなら』
「ナイトメアについて『GF』が知っている以上のことは」
『それは知らない』
“義賊”がどこまで情報を持っているかはわかった。
オレは少しだけ笑みを浮かべる。
「ありがとう。じゃ、また」
オレは携帯を切ってメグに返した。デバイス内蔵型はかなり高価だが通話することに関してはレヴァンティン単体を使うよりもやりやすい。
“義賊”の言葉を思い出すと、“義賊”が持つナイトメアの情報は『GF』のものよりは知らないらしい。だけど、それはと言ったことから考えて他に何かあるな。
「まあ、これは後々考えて」
「『GF』が『GF』の犯罪現場を見たらどうするか知っているか?」
急に響いたその言葉。それにオレは振り返った。そこにいるのはここにはいない人物のはずの人がいた。
オレはレヴァンティンを取り出す。
「実力行使でも止めるように」
「正解だ。周、わかっているよな」
蒼炎が鞘から抜かれる。目の前にいる慧海が笑みを浮かべた。
「さあ、焼き加減を選べ」