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新たな未来を求めて  作者: イーヴァルディ
第一章 狭間の鬼
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第三十三話 狭間の日常 田中亜紗の場合

亜紗の朝は早い。毎朝四時に起きる。起きて犯罪テクを使い周の部屋に潜り込む。何かいろいろと間違っているが周と一緒にいる時は毎日そうしている。


もちろん、今日の朝も。


入り口の鍵をピッキングで開けてからゆっくり音を立てないようにドアを開ける。そして、部屋の中を覗き込み、


「いい加減にしろ」


首根っこを周によって掴まれた。そして、猫のように持ちあげられる。


『起きてた?』


「今日はクロノス・ガイアが来るだろ。だからだよ」


『朝四時だけど?』


「そのセリフをそのまま返すからな。で、廊下の向こうにいる由姫も出てこい」


その言葉と共に周が亜紗を離した。亜紗は慌てて廊下の方を見るが、そこに由姫の姿はない。顔を戻すとそこにはガチャっと閉まるドアがあった。ついでにチェーンもかけられる音がする。


亜紗は不満そうにドアを叩いた。


『これから時雨にいろいろ書類を送らないと駄目なんだよ。駐在所の方にみんないるからそっちに迎え』


亜紗は周の言ったみんなという言葉に首をかしげつつ駐在所に向かって歩き出した。


宿舎からの直通のドアを開けると、そこには周の言ったようにみんないた。周を除く全員が。


「あれ? 亜紗ちゃん、起きたんだ。うるさかった?」


一番近くにいた音姫が亜紗に話しかける。ちなみに、みんな駐在所でいろいろな仕事をしていた。


孝治と悠聖は顔を寄せ合いキーボードに手を走らせている。由姫は必死に手書きで書類を書いていた。光と七葉は書類を持って相談している。浩平は記憶デバイスと向かい合って眉をひそめていた。


『緊急の仕事?』


「クロちゃんの移動の書類作成。いろいろな場所に連絡しないといけないからみんなで総出でね。亜紗ちゃんは早くに寝たみたいだから伝えなかったけど」


『手伝うのに』


「弟くんが亜紗ちゃんは四時頃に起きると言っていたから大丈夫だって。浩平くんと代わってくれる? まだ眠れていないらしいから」


亜紗はこくりと頷いて浩平にかけ寄った。浩平は小さくため息をつく。


「やっぱり難しいな。送らなくちゃいけない部署が多すぎだぜ」


『代わる』


亜紗が浩平に見えるようにスケッチブックを差し出した。


それを見た浩平は驚いたような顔になって、


「亜紗ちゃんって俺より馬鹿じゃなかったのか?」


亜紗は無言で右ストレートを浩平の顔面に叩きこんだ。







部隊の移動にはたくさんの書類を必要とする。事後承諾は可能だが手続きがかなり面倒だ。だけど、今回は『ES』からのメンバーの貸し出しということで処理をしている。もちろん、手続きはさらに面倒になる。


お互いの隊長の証明書はもちろんのこと、トップの承認書や戦闘ランクS以上の承認書、さらには第76移動隊の上司である時雨の承認が必要などかなりの作業を必要とする。


一応、関係する部隊や部署にもその旨の連絡をしなければならず、リースを部隊に迎え入れるためにみんなは書類の作成や、書類の送付などを行っていた。


『もし、全ての作業が終わっても、大丈夫かな?』


そんな中、亜紗の隣で作業を始めた音姫に亜紗はスケッチブックを見せた。


「大丈夫とはいかないと思う。『ES』に良い感情を抱かない人はたくさんいるし、『GF』と『ES』が協力することに否定的な人もいる。世論もうるさいと思う。だけど、クロちゃんはここに来てもいいと思う」


『どうして?』


「クロちゃん自身が望んだから。今まで、クロちゃんは期待されて戦っていたから。重圧や嫉妬、いろいろなものを背負って機械のように戦っていた。亜紗ちゃんも知っているよね。クロちゃんがあまり感情を表に出さないことを」


それは亜紗はよく知っている。


亜紗が初めてリースと出会ったのは周に助けられて一年後ほど。その時は。クロノス・ガイアの名前はもらっていなかったただの一般人。襲われそうだった彼女を亜紗が救ったのが始まりだった。


そこからお互いに文通を始め、時々は二人出会うようになった。でも、リースは驚くほど感情を表に出さない。昔の亜紗自信と同じように。


「それなのに、浩平くんと出会ってからはよく笑うようになったって、アルちゃんは嬉しそうだった。私が弟くんに対することと一緒で、アルちゃんもあまり出来ていなかったから」


『私は、周さんが最初からいてくれた。周さんが私に感情を戻してくれた。だから、周さんの隣に立とうと思った。周さんを助けたいから。周さんと一緒にいたいから。でも、難しい』


「そうだね。由姫ちゃんがいるし」


亜紗の一番の問題だ。


周はシスコンであり、由姫はブラコン。そこに亜紗が入ってくる。泥沼の三角関係と言ったところか。


「亜紗ちゃんは亜紗ちゃんで弟くんに思いを告げればいいと思うよ。弟くんは鈍感だけど」


『鈍感で済ませたらダメだと思う。私の推測だけど、周さんは恋することを恐れているんじゃないかな?』


「理由は、わかるよ。多分、そうかもしれない」


大好きだった両親と妹を周は巻き込んだ。それがわかっているからこそ、恋することを恐れている。


『多分、私や由姫じゃダメだと思う。よっぽどのことをしない限り。もしかしたら、都さんがどうにかするかも』


「ふふっ、亜紗ちゃん自身は何もしないの?」


『私は、今が幸せだから。今は由姫も恐れていると思う。周さんに思いを告げて、今の関係が壊れてしまうのも』


「私達はまだ大人じゃないから失うことを恐れる。そうじゃないかな? 何かを決めるということは何かを失うということ。でも、そんな決断を六歳の言葉はしないよね。普通は」


音姫はどこか寂しそうに呟いた。


亜紗は無言でキーボードを叩き、手を止める。


『できた』


「どれどれ? うん。これなら大丈夫かな」


『良かった』


亜紗が時計を見るともうすぐ朝の六時だった。ちなみに駐在所で仕事をしていた面々は孝治と浩平を除いて机に突っ伏している。


「みんなお疲れだね。亜紗ちゃんは大丈夫?」


『大丈夫。毎朝四時に起きているから』


「ほどほどにね」


音姫は亜紗が朝早く起きて何をしているか知っている。でも、口には出さない。由姫がしている時もあるから。

「あっ、リースちゃんだ」


ガタッと音を立てながら浩平が立ち上がった。それを見た亜紗がクスッと笑う。


『私、周さんに行ってくる』


「それなら大丈夫。今、来たから」


音姫がそう言い終わると同時に周が駐在所に入ってくる。周が入ってくると同時に浩平が外に出た。


「死屍累々だな。作業は?」


『今、終わった。一応、確認して欲しい。後で』


亜紗はそう言って立ち上がり玄関に向かう。周も音姫もその後に続いた。


玄関を出ると、そこには向かい合う二人の姿が。


「浩平は、私のことが嫌い?」


「嫌いってわけじゃないけど、まだ早くないか?」


「大丈夫」


何があったかわからない。でも、亜紗はスケッチブックを開いた。


『修羅場?』


「みたいだな。大方、クロノス・ガイアが告白して、浩平がびびって答えを渋っているんだろ。浩平!」


周はニヤリと笑みを浮かべて浩平の名前を呼んだ。


「お前には似合わないと思うぜ」


「なっ。俺だってリ、クロノス・ガイアは俺にとっては勿体無いぐらい可愛いけどな、俺だって考えているんだ。どうやればこいつと一緒にいられるか。お前には言われたくないわ!」


「それがお前の本心か? なら、それを伝えろよ。一緒にいたいって」


周がそう言った瞬間、浩平とリースの顔が真っ赤に染まった。これを見越して周は浩平を煽ったのだ。


「ったく、不器用なんだよ」


「お前もな」


「自覚してる」


孝治の言葉に周は肩をすくめて答える。


亜紗は振り返ることなく二人を見つめた。


「あのさ、こんな俺でいいか? 馬鹿だし、周や孝治よりもカッコ良くないし」


「私は、浩平がいい」


「そっか。こんな俺でいいなら、俺と付き合って下さい」


「うん。私こそ、お願いします」


あまりの初々しさに亜紗達は少しだけ赤くなりながら小さく拍手をする。


リースは笑みを浮かべて浩平に近づき、亜紗達の方を向いた。


「『ES』穏健派から来た、リース・リンリーエルです。えっと、よろしく、お願いします」


「第76移動隊を代表して第76移動隊隊長海道周が歓迎する。ようこそ、リース」


『これからよろしく』


「クロちゃんじゃなくてリースちゃんって呼ぶから」


「よろしく頼む」


リースはそんな亜紗達に笑みを浮かべながら頭を下げた。







「ふむ、無事にやっておるか」


その日の夕方、亜紗はアル・アジフのところにやって来ていた。


ちゃんと到着したということと、しっかりやっているということを教えるために。


『うん。リースは頑張ってる』


「まさか、リースがクロノス・ガイアと自己紹介しないとはの。まあ、あの外見じゃし、名乗らなければわからぬか」


『アルさんは大丈夫? 『ES』過激派への説明』


亜紗の心配する様子にアル・アジフは小さく笑みを浮かべた。


「我を誰だと思っておる。過激派には何も言わせんさ。竜言語魔法という体系の違うものを我に押し付けてきた以上、何も言わさぬ。それに、リースはそなたらといれば変わるからの。そなたと同じように」


『うん。変われるよ、絶対に。機械のような私を周さんは助けてくれた。面倒を見てくれた。リースも、浩平が必ず幸せにする』


「我の心配事はリースが不幸せになることじゃ。じゃが、あやつなら大丈夫じゃな」


『何か知ってるの?』


アル・アジフは小さく笑みを浮かべながら頷いた。


「我の知り合いにあやつの幼なじみがいるのじゃ。そやつから話は聞いておる。それにしても、リースに先を越されるとはの」


『アルさんは恋人がいない歴何年?』


アル・アジフは無言で亜紗の頭に拳骨を落とした。亜紗は落とされた場所を手で押さえる。


「自業自得じゃ。さて、亜紗、時間は大丈夫かの?」


『アルさんはリースがいなくなって寂しい?』


その言葉にアル・アジフは首を横に振った。


「我には悠人や都がおる。寂しくはないが、暇になったら来るようにリースに伝えてもらえぬか?」


その言葉に亜紗は笑って頷いた。







満月の月を見ながら亜紗は屋根の上に寝転がった。その横には周の姿がある。


「珍しいな。オレじゃなく亜紗が先に寝転がるなんて」


『星が綺麗だから』


「賛成だ」


周も寝転がる。


二人は星空を無言で見上げながら息を吐く。


『周さんは、今が好き?』


「ああ。今はまだ、みんなで楽しくいられる。これから何年みんなと一緒にいられるかわからないけど、オレは長くいたい」


『私も今が好き。でも、前に進みたい』


亜紗は体を起こした。周に言うために。


『周さん、私は』


「今は、まだだ」


亜紗の言葉を予想していたのか、周が亜沙の言葉を塞ぐ。


「自分でも気持ちが纏まらない。この感情がよくわからないんだ。だから、待ってくれないか?」


『わかった。でも、長くは待てない』


「助かる」


周は小さく息を吐いた。亜沙はそんな周の顔を真っ直ぐ見つめる。


「オレの顔を見て楽しいか?」


『うん。周さんの顔は可愛いから』


「なんじゃそりゃ」


夜はだんだん深まっていく。


次の狭間の日常は周視点に戻ります。

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