第六十二話 取引
学園施設エリア東8-3。
そこは学園施設エリアの中でも珍しい空き地だった。普通は何らかの学園施設が建てられていたはずだが、ここから様々なものが出土したため開発が禁止されたのだ。
見つかったのはほとんどがオーバーテクノロジーの産物から埴輪のような歴史的産物まで多岐に渡る。
その中にオレはいた。発掘しているというわけじゃない。ただ、人を待っていた。
『マスター、来るとお思いですか?』
「当たり前だろ。来なければいつ来ると言うのかむしろ聞きたいくらいだな」
『彼女にとって“義賊”は大切な組織のはずです。ならば、このまま黙っていることだってできるはず。マスターなら無理矢理聞いてこないということも考えられるのではないかと思いまして』
「それは無いな」
確かにそれも考えたことはあるが、それはありえないとオレは断定しておく。
「夢のことだから、きっと来る。そして、交換条件を持ちかけてくるはずだ」
オレはそう言って振り返った。道の向こうから歩いてくる二人の影。メグと夢の二人。ただし、夢は赤いローブを着てフードを外している。
周囲に他の気配もないことから誰にも気づかれなかったのだろう。
オレはレヴァンティンを外してポケットの中に入れた。
「ほらな」
『わかりました。では、マスターの好きなように』
夢とメグがオレの前に立つ。メグは一歩後ろに下がり夢が前に出るように。
「話に、きました」
「その前に一つ」
オレは夢の言葉を止める。そして、いつも携帯している第76移動隊の証明書を取り出していた。
「オレは今、『GF』移動課第一部隊第76移動隊隊長としてここにいる。もし、お前がこれ以上話すなら、それは海道周ではなく、第76移動隊隊長の海道周に話すことになるがいいか?」
「はい」
夢は頷いた。
「私は、私が語れる範囲内で、話します。質問も、答えられる範囲内で、話します」
誰だって答えたくないことはある。だから、オレはその言葉に頷いた。
「私達は、“義賊”と、自らを、呼んでいます。私達の目的は、単純明快で、学園都市を、よくするため、です」
「学園都市をよくするなら学園自治政府に入るのが一番じゃないか? 『GF』はちょっと違うけど、学園自治政府は学園都市をより学生の都市にするために頑張っているはずだぞ」
学園自治政府の頑張りはオレも知っているし、学園自治政府が学園都市のために夜遅くまで会議をしているのを知っている。なのに、学園自治政府はだめなのだろうか。
すると、夢はフルフルと首を横に振った。
「学園自治政府に、出来ないことが、あるから。だったら、出来ないことをする。それが、私達」
「そういうことね」
“義賊”がどうして出来上がったのかわかった気がする。学園自治政府もオレ達『GF』も犯罪行為には手を出せない。それが結果オーライになることでも手を出すわけにはいかない。
まあ、組織内なら一定範囲内で理由付け出来るならありではあるが。
だからこそ、“義賊”は学園自治政府とは違う立場に立っている。
「正攻法じゃ時間がかかる。だから、犯罪を使ってでも証拠を押さえて学園自治政府、又は『GF』に提出する」
もし、学園自治政府が無理だった場合は『GF』に頼れば大丈夫だ。証拠があるならオレ達はどんな犯罪を犯してでも捕まえる。殺傷以外で。
確かに、“義賊”にしか出来ないことだな。
「なるほどね。それはわかった。“義賊”の対応はオレ達の中でもかなり分かれているからこの事は話していいよな?」
「そのために話した。認められないと思うけど」
当たり前だ。そんなことを容認するわけにはいかない。でも、黙認する手段ならいくらでもある。
「“義賊”の構成や今まで起こした事件は?」
「構成は、言えない。でも、数は、多くない」
夢からすればそれが最大限の譲歩だろう。オレも回答は期待していなかった。
数を言うことは対策を教えることだ。実際に八人以下と以上では対策が大きく変わってくる。
「事件は、学園自治政府が、把握しているから」
「確かにな。“義賊”の話は学園自治政府から詳しく聞いたし、学園自治政府もかなりの数を把握しているようだった。それにしても、どうやって今まで捕まらずにやっていたんだか。優秀な指揮官がいるんだろうな」
「うん。だから、“義賊”は必要だと、私は思った。だからね、その、私を、監視していれば、いいと思う」
「それを“義賊”のリーダーには?」
フルフル首を横に振る夢。オレは小さくため息をつきながら夢に近づいた。そして、頭を撫でる。
「無理しなくていい。オレ達はオレ達でやる。“義賊”が学園都市のために動いているなら、犯罪現場で出会わない限り追わないさ。ただし、『GF』からも“義賊”捜索部隊を出す。これだけは引けない」
「うん、わかってる」
「“義賊”のリーダーに伝えてくれ。もし、お前達が学園都市に仇を成す存在になった時、『GF』移動課第一部隊第76移動隊が全勢力を持って撃退するってな」
「わかった」
オレは夢から手を放す。そして、小さく目を細めた。
「ローブを隠して」
オレの言葉に夢がローブを隠す。それと同時に誰かが空からやって来るのがわかった。
学園都市にある『GF』航空部隊は警備場所が違うから、楓か中村だろうな。
オレはレヴァンティンをポケットから出して空を見上げる。空からやって来たのは案の定中村だった。
「海道、ここで何してるん?」
「クラスメートと会ったから。ちょっと話してた。中村は見回りだよな? どうしてここに」
「ここら辺って人少ないからさ、うちも楓も人を見かけたら降りてんねん。というか、海道も一緒の見回りやからサボりやんな?」
まあ、そうなることは覚悟していたけれど。
一応、色々言い訳は作っていたし。
「このエリアはオーバーテクノロジーが出土した時があるだろ。だから、時々学生が遊んで掘りに来る時があるんだよ。だから、オレの見回りルートの一つ」
ちなみに、ちゃんとした事実である。
オーバーテクノロジーの品は高く買い取られる。それば『GF』だけじゃなく世界各国が手に入れようと求めるからだ。だから、オーバーテクノロジーの品をちゃんとした形で手に入れれば品によっては巨万の富を得る。
過去にあった事例だが、デバイスの元となったオーバーテクノロジーの取引額は約300億ドル。文字通り桁違いでもある。だから、学生が稀に掘りに来る時があるのだ。
「確かにそうやな。うちのレーヴァテインもかなり高価やったし」
「買ったのはお前じゃないだろ」
買ったのは時雨だ。
オレは小さくため息をつきながら肩をすくめる。
「他に何か尋ねたいことは?」
「海道が言い訳しているのはわかったけど、二人はどうしておるん?」
中村が指差したのはメグと夢。確かに、この二人がここにいることはおかしい。専用の道具があれば理由は付けられるけど、完全に手ぶらだ。
というか、どうしてオレのが言い訳だとわかった。
「ごめん、なさい。私が、周君に、相談していて。夜中に、付けられているかも、って。人前じゃ、話せないから」
「本当の理由を語りたくない意味がわかった?」
とりあえず、ここは夢の言い訳に乗っておこう。後々に大変なことになりそうだが、今はそうしておかないと。
「そうなんや。なら、仕方ないな。じゃ、うちは戻るとするわ。そや、海道」
中村が笑みを浮かべる。この笑み、まさか、
「ちゃんと二人との逢瀬報告しとくから」
「ちょっwww!」
叫び声を上げるがもう遅い。中村は空高く飛び上がっていた。
今から、何百通りの言い訳と、何万通りの謝罪の言葉を用意しておかないと。
「えっと、周君、元気、だして」
「頑張って」
二人からの応援は耳に入る。だが、帰ってからのことを考えるオレからすればあんまり意味のないものだった。
「不幸だ」