第六十一話 友達
睨みつけてくる視線。それを一身に受けながらオレは無言でお茶碗の中にあるご飯を口に含む。
ちなみに、視線の数は三つだが、その内の一つは睨みつけてくる視線。他の一つは呆れたような視線と野次馬の視線。
明らかに義理の息子に向ける視線とは違うような気がする。
「もしかして、音姫とついに肉体関係」
「「「ブフッ」」」
オレ達全員が同時に口の中に入っていたものを吹き出していた。
「お母さん!」
「「ケホッケホッ」」
音姉が怒りながら立ち上がる。ちなみに、オレと由姫は気管の中に入ったものを咳き込んで吐き出していた。それほどまでに今の義母さんの言葉は強烈だった。
「いやね~、ご飯の最中は静かに食べるものよ」
「お母さんのせいじゃない! 私にとっての弟くんは弟なんだから!」
「そうよね~。近親相姦をするなら姉は呼び捨てかくん付け、妹はお兄ちゃんよね」
「「ブフッ」」
落ち着くために飲んでいたお茶をまた吹き出してしまう。
どうしてこの人はそんなことを平然と言えるのだろうか。
「や~ね~、汚いわよ?」
「汚くしている張本人はどこのどいつだ!?」
オレは拳を握りしめながら尋ねる。もし、これが漫画だったら怒りのマークがついていただろう。
すると、義母さんは首を傾げながら、
「音姫?」
「一度お母さんとは決着をつけないといけないのかな?」
そう言いながら音姉が光輝を手に取る。まあ、その反応はわからなくもないけど、今は静かにして欲しい。
オレは小さくため息をついた。
「もういい。というか、何で音姉なんだよ」
「だって、由姫が周君を睨みつけていたから。ついに三角関係なんだって。あっ、七角関係か」
「絶対真相知っているだろ!」
じゃなければ七角関係なんて絶対に出て来ない。
オレの言葉に対して義母さんは笑みを浮かべながら頷いていた。もう、何でもいいや。
「オレが疲れていたから倒れて楓の胸の中で寝ただけだよ。それで由姫が嫉妬しているだけ」
「兄さんが悪いんです。兄さんが」
由姫が怒りながらご飯を口に運ぶ。オレは小さく頷いてご飯を口に運ぼうとして箸を止めた。嫌な予感がしたから。
「ツンツンした由姫も可愛いわね。音姫、やっぱり私の理論は間違っていないわ」
由姫がプルプル震えている。多分、怒りで震えているんだろうな。
「どうして私に? 理論って?」
頼むからその話は蒸し返さないでくれ。
「お兄ちゃんくん近親相姦理論」
「ブフッ」
由姫が口に含んだものを怒りのあまり吹き出すから。
「朝から散々な目に会いました」
由姫は朝からご立腹だ。まあ、あんな風になったら普通は怒るからオレも賛成しておく。というか、実の娘達に何を言っているんだか。
「兄さんのせいで」
「全く否定出来ないな。よっと」
オレ達が校門前に到着する。タイムは今までの平均より遅いくらいか。今日のことを考えると仕方ないことでもある。
由姫はオレをチラッと見てから歩き出す。視線的な感じで言えばついて来るなという感じだ。
オレは小さくため息をつく。
まあ、あの時は本当に不可抗力だったし、全体から見れば仕方ないことだけど、由姫からすれば裏切られたと思っているんだろうな。
亜紗やアルならともかく楓だなんて。
「楓とは幼なじみなだけだってのに」
実際はもう少し違うかもしれない。だけど、オレは、
「あれ? 周だ。由姫は?」
振り返った先にはメグの姿があった。一人だけか。
「メグも珍しく一人で登校だよな」
「一人? 夢と一緒にって、夢~、待ってよ~」
夢はスタスタと昇降口に向かって歩いていく。まあ、仕方ないだろう。今日、“義賊”について話すかもしれないのだから。
まあ、来る可能性と来ない可能性は半々だが。
「あっ」
「あっ」
その言葉と共にいつの間にか登校して来ていた楓と目があった。そして、どちらからともなく顔を赤くして、
「周君のエッチ」
そう言って走り出す。残されるのはオレ一人。いや、一人じゃない。周囲にたくさんいる同じ都島高校の生徒達。
別名野次馬。
誰かがオレの肩を叩く。
「なあ、周隊長。任意同行という言葉を知っているか?」
オレは爽やかな笑みを浮かべる悠聖の顔面に肘を叩き込んだ。
これほどまでにひそひそ話がいたいとは思わなかった。というか、オレにはあまり罪がないと思いたい。思いたいだけで本当に罪がないかになれば疑問があるくらいだが。
でも、楓には何もしていない。ただ、楓の胸の中で眠っただけだ。
オレは小さくため息をつきながら屋上から学園都市の向こうを見つめる。
「新しい周のあだ名が広まっているよ」
後ろからかかったメグの声にオレは小さくため息をつく。
そんなつもりは全くない。全くないのだが野次馬からすればそういうわけにはいかない。オレは言い意味でも悪い意味でも有名人なのだから。女たらしとかハーレム王とか呼ばれているけど。
「ちなみに、なんて名前だ?」
「鬼畜王」
「ちょっと待て。オレの噂はどうなっているんだ?」
振り返りながらメグに尋ねる。メグは軽く肩をすくめた。
「曰わく、毎日姉妹に手を出す卑劣漢」
出来ればそんな噂を流す奴らを殴り倒したい。
「曰わく、超お金持ち。ポケットマネーで船を造る」
それはオレじゃない。しかも、超お金持ちでもない。金持ちであることは認めるが。
「曰わく、九角関係を作った人」
「ちょっと待て。いつの間にそんなに大きくなっているんだ?」
五角関係なら認めてやる。事実なのだから。
メグは苦笑して、
「私が流した」
小さくため息をつきながら肩の力を抜く。それと同時に何かが突きつけられたのがわかった。
槍だ。メグの槍がオレに向かって突き出されいる。その目に映る意志は真剣。殺す覚悟を決めた意志ではなく、嘘をついたら刺す意志。
「周、夢に何をしたの?」
「やっぱり、まだぎこちないか?」
「夢は周のことを話す時、本当に楽しそうだった。でも、今は周のことは話したくないって言った。悩んでいるとも言った。周は何をしたの?」
「何をした、というか、まあ、色々あって」
目の前まで槍が突かれる。もし、この様子が誰かに見られていたならメグは捕まるだろう。理由がどうであれ、非武装の人に武器を突きつけるのはしてはいけないから。
それほどまでにメグは夢のことを思っている。
「大切なんだな」
「うん。友達だから」
オレは少しだけ笑みを浮かべた。だけど、それが夢について話していいかになれば疑問が浮かぶ。浮かぶのだが、オレはメグに尋ねた。
「真実を知る覚悟はあるか?」
「周?」
「もし、覚悟がないなら今の話は忘れろ。そして、思い出すな。中途半端な覚悟で入ってくるなら夢を傷つける」
“義賊”についてはオレは夢から無理やり聞き出したくない。だけど、メグが入ってきたならそうは言ってられない。
オレは第76移動隊隊長だ。いくらでもごまかすことは出来るしそういうことには慣れている。だけど、メグは慣れていないはずだ。
下手なごまかしは人を傷つけるから。
「それでも覚悟があるなら夢に尋ねろ。真剣に、何を言われても受け止める覚悟で。その時に夢は話してくれるはずだ。メグが本当に夢の味方」
「甘く見ないで」
メグが槍を引き、自分の肩に槍を担ぐ。
「私は友達を見捨てない。ナイトメアに関わっていようが“義賊”に関わっていようが学園都市の都市伝説に関わっていようが私は夢の友達。大切な、大切な友達だから。だから」
振り切られた槍の穂先はオレの頬を微かに裂いていた。
強くなっている。多分、オレ達と一緒に模擬戦をしたからだろう。そして、実戦を経験したから。
「もし、周が夢に酷いことを」
「その時はお前がオレを断罪しろ。それに、オレも友達は大事にする主義なんだ」
「わかった。夢と何をしたか知らないけど、私は、大事な友達達を信じるから」
メグは笑みを浮かべた。それにつられて笑みを浮かべる。
放課後までの時間はまだまだある。