第六十話 致命的なズレ
オレは駐在所にあるソファーの上で小さくため息をついていた。
思い出すのは今朝の出来事。アルに顔面を殴られたことじゃない。悪夢の中で見た、いや、思ったオレの感情。
親父やお袋が死んだことに対して、オレは笑っていた。臆面もなく笑っていた。
一体何なんだ? この致命的なズレは一体。
「あれ? 周君? 今日は訓練じゃないの?」
顔を上げたそこには楓がいた。楓な肩に神剣カグラを微かに乗せながらこっちに向かって来る。
確か、楓は今日見回りだったからな。
「もしかして、アル・アジフさんのこと? 周君もすごいよね。アル・アジフさんが魔術じゃなくてグーパンチをするくらい怒らせるなんて」
「あれに関しては反省している」
アルにグーパンチで殴られた後、アルの言葉とオレの言葉を思い出して完全に回答を間違えたとわかった。
あのセリフはアルなりに誘ったのだろう。だけど、オレは普通に子供が出来ないことを答えていた。
結果はグーパンチ。
こればかりはオレの責任だ。
「まあ、あのアル・アジフさんが今じゃ恋する女の子だもんね。最初に見た時と比べられないよ」
「確かにな。最初は責任感が強いリーダーだったけど」
「私は全力で戦う姿。鬼神という表現が生易しいと思ったかな」
確かに、あの光景を見た瞬間はかなりすごいからな。大量の魔術を並列に連続しながら展開するのはアルに並ぶ魔術師と呼ばれるリースですら出来ない芸当。
楓やリースを一撃必殺型とするならアルは手数型。ただし、その手数はおかしいくらいだ。
「まあ、鬼神片神ってことだろ」
「名前的には間違っていそうだけど的を得ているね」
アルの戦闘は本当に激しいからな。それが市街地戦でなければ桁が変わってくる。文字通りの桁違い。それがアルだ。
それが今ではオレに恋する女の子か。
「罪作りだね」
「否定出来ないけどな」
これで否定していたらすごい目で見られただろう。
「でも、周君ならそんな状態でも訓練には」
「『あの日』を、悪夢で見たんだ」
それだけでオレの言いたいことはわかるだろう。現に楓はその言葉を聞いて俯いている。
あの日。それだけでオレ達はわかるのだから。
「確かに気になるよね。昔、周君が私達の裸を見たこと」
「なんでそうなる!?」
オレは叫んでいた。確かにあったような気がする。だけど、それはかなり昔だ。昔過ぎて全く関係ないし、なんでそうなる。
「あれ? 違った? 周君ってBLじゃなかったっけ?」
「いつの間にそんなことになってんだよ。オレはノーマルだノーマル」
「アル・アジフさんに誘われても乗らなかったし、未だに由姫や亜紗に手を出していないから思わず」
思わずでそんなことを思わないで欲しい。オレは小さくため息をついた。
「赤だよ赤」
「だよね。今の私達にとって全ての原点だからね。あの時のことはあまりよく覚えていないけど。茜な光と離れて、周君と二人になってアリエル・ロワソに助けられながら気絶したくらいかな」
オレと同じだ。オレも鮮明には覚えていない。だけど、何か違和感がある。
「なあ、楓。オレ達は本当にあの時、茜や中村と離れ離れになったのか?」
「うん。私や光も同じだったけど」
「あの時、茜がオレに核晶を渡したのを覚えているか?」
「えっ? 確か、瓦礫でちょうど分断されて、それまでは普通だったよね?」
違和感。
おかしい。オレはあの当時核晶が無かった。産まれもってなかったらしいが、オレは単純な魔術な使えたのを覚えている。
だけど、あの日、『赤のクリスマス』の日にオレは茜から茜自身の核晶を受け取った。その時のことはオレも覚えている。
でも、オレ達は分断されたんじゃなかったのか?
「周君って核晶欠損症だったの?」
「あー、そういや、話してなかったな」
正確には話す機会が無かっただけだが。
「オレは生まれた頃から核晶欠損症だったんだ」
「あれ? でも、周君って普通に動き回ってなかった?」
当時のことは楓の視点から言えば天才の茜と才能が全くないオレだったはずだ。なのに、仲は良かった(茜が一方的に慕ってくれただけだけど)から不思議だ。
核晶欠損症は自由に体を動かせない。当たり前だ。核晶という体を大きく動かすエネルギーを作り出す部分が駆けているのだから。生きることは出来ても満足に歩くことは出来ない。
ただし、外部からの魔力供給でいくらでも動くことは出来るが魔術は使えない。
「だからなんだよ。秘密だったのは。もし、核晶欠損症なのに普通に動けるなんてどう考えてもおかしいだろ?」
普通はおかしい。だけど、オレはそのおかしいはずのことを普通に行っていた。
「そのことを知っていたのは?」
「慧海や時雨は確実。茜が核晶欠損症になってすぐに魔力鉱石が質のいい定期的に調達出来たことから考えてそれが出来るように準備していた可能性がある。親父やお袋はわからない」
そう、わからない。でも、記憶の中だと知っていたことになっている。もし、知っていたなら、
「周君を守ろうとしたはずだよね。魔術が使えない周君を世間の目に晒さないように」
「だろうな。よくよく考えると、ここから致命的なズレがあるんだ。オレの考えていることが正しければ、オレの記憶はもしかしたら」
「偽物なんかじゃない」
楓がオレの手を握ってきた。
「周君の記憶は偽物なんかじゃない。実際がどうであれ、周君が今まで過ごした全ての記憶は本物だよ。それはみんなが語ってくれる。もし、それが不安ならみんなに尋ねようよ。みんなは喜んで昔話をしてくれるはずだから」
「そうだな」
あの日、アリエル・ロワソに一番怪我が酷かった楓を助けてもらって良かったと思っている。だって、いくら離れたところにいてもまた過去を話せるのだから。
それにしても、怪我をしたんだよな。怪我?
「なあ、楓。お前はあの日、どうして怪我をしたんだった? オレは思い出せないんだが」
「えっ? わからないけど、アリエル・ロワソに聞いてみたら何か鋭いものが突き刺さった感じだったって。瓦礫か何かが突き刺さったんじゃないかな?」
確かに、オレが気を失う寸前に瓦礫が崩れるのを見たような気がする。気がするだけでよくわからないけど。
だけど、何かが頭に引っかかる。何かが、引っかかる。
「っつ」
目眩がした。
そう表現するしかない。気づいた時には楓の胸の中にいたからだ。状況から考えて時間は立っていないようだが。
「あれ?」
「疲れてるね」
楓の優しい声。その声にオレは頷く。疲れているのだろう。今朝は悪夢を見て、そして、今まで考えていた。
だから、疲れているに違いない。だけど、何かが違うような気がする。
「周君はどうしてあの日のことを求めるの?」
「わからない。わからないけど」
何故かはわからない。だけど、あの悪夢が頭に残る。まるで、オレに何かを示しているかのように。
「同じなんだ。何かを見つけようとした時、オレは考える。狭間市でのことや戦場で指揮を執る時も考える。考えて考えて自分の道を作り出す。理論を組み立てる。信頼してきたその筋道の作り方がおかしいことを訴えているような気がするんだ」
何がおかしいかはわからない。わからないけど、だけど、
「考えてみる。みんなと日常を過ごしながら考えてみる。『悪夢の正夢』の奴らと関係があるから、考えて考えて考え尽くす。そして、必ず答えを見つける」
「そっか。周君の中じゃもう決めているんだね。うん、私も、私達も決めたよ」
何が、とは聞けなかった。急に眠気が襲いかかってきたからだ。どうしてかわからない。わからないけど、急に、眠気が、
「周君が真実に辿り着いたその時は」
意識を保っていられない。目を、瞑る。
「致命的なズレを治すから」