第五十九話 食い違い
『赤のクリスマス』編パート2です。
体を起こした時、あの大きなニューヨークは見るも無惨な姿に変わり果てていた。数々の建物の姿はなく、変わりに広がっているのは廃墟。燃え盛る廃墟だった。
「があぁっ」
左腕に痛みを感じてのたうち回る。左腕には瓦礫が鋭く突き刺さっていた。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」
茜の声。それを聞きながらオレは左腕を押さえていた。
「楓お姉ちゃん、光お姉ちゃん、お兄ちゃんを押さえて」
暴れ回るオレの体を誰かが押さえる。いや、楓と光か。オレは二人に押さえつけられていた。
左腕から何かが抜かれる感覚がする。おそらく、茜が瓦礫を引き抜いたのだろう。引き抜かれてから何かが出ていくのがわかる。その時はわからなかったが大量の血が流れていた。そこに治癒魔術がかけられる。
遠くから聞こえる爆発音。だけど、悲鳴は聞こえなかった。多分、この時点で生きているのはオレ達くらいだったから。
「痛い痛い痛い痛い!」
「大丈夫。大丈夫だから。お兄ちゃんは私が助けるから!」
「うぅ、ぐすっ」
痛みのあまりに泣いてはいるが、だんだん痛みは少なくなっていくのがわかった。そして、茜が立ち上がる。
「大丈夫。傷口は閉じたから、早く、病院に」
ふらつく茜を光が支える。強引な治癒魔術による魔力欠乏。一時的なものだから大丈夫だが、この時のオレ達は正常じゃなかった。
「周君、起き上がれる」
「うん。ぐすっ」
楓に引っ張られてオレは起き上がる。起き上がって周囲の光景を見て動きを止めた。そこにあったのはたくさんの千切れた人達。だけど、感覚が麻痺していたからかそれを人と認識出来なくなっている。
当時のオレは何の反応も示さなかったのだから。
「光、病院はどっちだった?」
「多分、あっち。お父さんに教えてもらったから」
指差した方角にあるのは崩れた瓦礫の山。ただ、その瓦礫の山の近くに誰かがいる。誰かはわからない。でも、こっちを見ているような。
「私は、平気だよ。それより、お兄ちゃんを」
オレは茜の手を取っていた。多分、怖かったのだ。親族で唯一味方でいてくれた茜がいなくなるのが。
あれ? 親族で唯一? 親父やお袋は味方じゃなかったのか?
「お兄ちゃん?」
「茜がいなくちゃ、僕達は何も出来ない。だから、茜を、先に」
左腕はとても痛い。だけど、役立たずで使えないいらない子の自分よりも茜をどうにかしないと思っていた。
「私は、大丈夫だから」
「行くよ」
オレは歩き出す。先頭を。
この時のオレ達は立ち止まるということをしなかった。実際に立ち止まらなくて良かったと後に思っているしオレが先に歩き出したのも良かったと思っている。
目に付くのは、瓦礫の山。燃え盛る炎。千切れ飛んだ体。そして、異臭。最後のは目に付くものじゃないけど、ともかく、オレ達は歩いていた。
「嘘」
茜の言葉にオレは立ち止まる。だって、横を向いたそこにはオレ達が出て来た、親父やお袋がいるはずのビルの跡地があった。瓦礫が山となり炎が燃え盛っている。
生きてはいない。
オレはそう思って歩き出したのは覚えている。でも、茜は動かなかった。いや、動かなかったんじゃない。その場に座り込んでいた。
茜は親父やお袋から可愛がられてきたから失ったと思ったのだろう。だけど、オレは違う。オレは笑っていた。笑って、いた。
ざまぁみろ。子供を愛さない親なんて死んでしまえ。
オレの声が聞こえる。でも、違う。オレは親父やお袋が大好きだった。守ってくれる二人が大好きだった。
せいせいする。あんな奴らが死んだって涙なんて出ない。実際に、今のオレは笑っているからな。
その光景の中にいるオレは確かに笑っていた。信じられないように建物を見ている三人とは違い、オレだけが笑っていた。
違う。違う。絶対に違う。これは夢だ。
苦しめた人がいなくなったんだろ? なら、笑うしかないじゃないか。笑って笑って笑って笑って笑って笑って笑って笑って笑って笑い尽くせ。幸せを噛み締めろ。
違う。違う。違う。違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!
オレは、オレは、オレは!
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」
オレは体を起こしていた。いつも通りだ。いつも通り、『赤のクリスマス』の悪夢。だけど、今回は少し違っていたように見える。
「飲むがよい」
目の前に差し出される水が入ったコップ。オレが差し出した人物を見るとそこにはアルの姿があった。
オレはコップを受け取って中身をあおる。喉が渇いていたから一気に飲んでしまった。すぐさまコップに水がつがれすぐに飲む。
「うなされていたか」
「うなされておった。じゃが、我らは何も聞いておらん。そなたが自らの口で話さない限り我らは何も言わないつもりじゃ」
どうやらアルは色々聞いたらしい。悪夢の内容から考えて、おそらくではあるが、
「実の子を愛さない親はいるのかな?」
「新聞を読むがよい。一ヶ月に一度は見かけるじゃろ。じゃが、それに共通することは計画性のなさじゃ」
「計画性? できちゃった結婚とか?」
「違う。子供というのは手間もお金もかかるものじゃ。我は作ったことがないが、昔、友人が作った子供を世話したことがある。その時は我に任せるなど無計画もいいところじゃと怒ったが、友人達は元から我を巻き込むつもりじゃった」
そう言いながらアルが苦笑する。アルの言う友人がいつにいたかはわからない。でも、本当に信頼していたんだろうな。
「子供は手間が本当にかかる。じゃが、友人はそれを覚悟していた上で子供を作ったのじゃ。その覚悟が実際に必要な覚悟を下回っていたなら、親は子を見捨てる時がある。そういうことじゃ」
「そうじゃないんだ。オレが思っている両親の像と、悪夢の中の両親の像が全く違っていたんだ」
アルは何も言わない。何も言わずに手を握ってくれる。
「オレは笑っていた。悪夢の中で、親父やお袋がいた崩れたビルの前で、オレは笑っていたんだ。気持ちはわからない。でも、オレは、わからないんだ。親父やお袋は優しかった。あの時のオレを二人は守ってくれていた。そう思っていたのに、オレは笑っていたんだよ。どっちが、どっちが正しいのかわからないんだ。オレは、オレは」
「周、よく聞け」
オレはアルの顔を見た。今のオレの顔は本当に情けないことになっているだろう。でも、アルがオレを見る目は真剣だ。
「記憶の中の性格が反転するのは実際に存在する。それは嫌な過去、本当に嫌で嫌で忘れたい時に理想の姿と混ざる時があるのじゃ。そして、記憶は理想の姿を追い求める時がある。もしかしたら、そなたはそうなっている可能性があるのじゃ」
アルが目線を逸らした。申し訳なさそうに。
「どちらかが真実かは我にはわからぬ。じゃが、我は嫌な記憶ほど信用出来ると思っている。じゃから、そなたは」
「ありがとう」
オレはアルに向かってそう言っていた。多分、うわごとで何かを言っていたのだろう。だから、嫌われることを承知で言ってきた。
「まだ、何を信じたらいいのかわからない。わからないけど、ありがとう。ちゃんと言ってくれて」
「そうじゃないかもしれぬし、そうであるかもしれぬ。今では確かめる術はないぞ」
「ああ。わかっている。わかっているから。アルに相談して良かった。ちょっとは気が楽になったよ」
「それは良かった。では、下にいる皆にそなたが起きたことを」
立ち上がろうとしたアルをオレは引っ張った。そして、抱き締める。
「ちょっと、悪い癖だ。どうしても、あの悪夢を見た後は人肌が恋しくなる」
「勢い余って都とやったと」
「いや、あれは、その、はい」
言い訳出来ない。事実なのだから。でも、悪夢を見たからという言い訳はしない。
「だから、ちょっとだけ一緒にいてくれないか? オレが安心するまで」
「いいぞ。我はそなたのそばにいると言ったからの。そなたが我を求めるならそれでよい」
「別にそういうわけじゃ」
「我のようなロリババァはいらないと言うのじゃな?」
理論が飛躍しすぎている。
オレはギュッとアルを抱き締めた。
「あのな、ロリババァじゃないからな。アルはオレからすれば十分に魅力的な女の子だし」
「そなたとの子を作りたい」
ある意味爆弾発言。だけど、オレはアルの言葉を予測していたからこそ冷静に返すことが出来た。
「さすがにそこまでの機能は作れなかった。一応、人工子宮とかはあるけど、どこまで作用するかは」
「周のバカ!」
アルのストレートがオレの顔面に入ってオレはベッドの上に倒れた。そして、アルが部屋から出て行く。
小さく息を吐きながら一言。
「どこで間違えた?」
どうして殴られたかわからない。人の心とは複雑怪奇だ。
『赤のクリスマス』編は後二回する予定です。