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新たな未来を求めて  作者: イーヴァルディ
第一章 狭間の鬼
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第三十二話 狭間の日常 リース・リンリーエルの場合

あくまで普通の日常ではなく鬼と戦うまでの間の日常を書いたものです。書いていたら普通の日常じゃなくなったので補足を。

リースの朝はいつもなら遅い。『ES』穏健派のアジトではいつも十時を越えなければ起きないほどだ。だけど、今日も起こされる。


布団から落とされて。


「アル」


「不満があるなら早く起きるのじゃ。もう七時を越えたところじゃ」


「わかった」


アル・アジフは眠そうに目をこすりながらリースを布団の上から叩き落として起こしていた。


でも、リースは不満を口にしない。朝早く起きないと昼まで部屋にいるから。


眠い気持ちを押さえながら、リースは食卓に向かおうとする。だけど、リースは机の上に置いていた開いたままの本を思い出し、すぐに本を閉じた。


その本に書かれている文字はリース以外、人間には読むことの出来ない文字。


「また、勉強しておったのか?」


「違う。探していた。鬼との戦いに使えるものを」


リースは浩平と悠聖が戦っていた現場に周より早く到着していた。だから、鬼の速度を見ていたのだ。


リースが使うタイプでは通用しにくいことに。


「我が狭間の力を利用する方法を探しておる。そこまで詰めなくても」


「足手まといになりたくないから」


「そなたほどの実力があれば十分じゃと思うんじゃがの。そうじゃ、周に見てもらえばいいのではないか?」


「海道周に?」


リースはどうしてそこで海道周の名前が出てくるかわからなかった。でも、アル・アジフは確かな確信を持って頷いている。


「あやつなら、そなたの実力を見極めれる。そう思っておるのじゃ」


「私の実力を」


その言葉にリースはゆっくりと、だけど確かに頷いていた。







「オレと模擬戦をしてくれ?」


第76移動隊の訓練が始まってから毎日行っていたリースは訓練が始まってから初めて口を出した。


周にいきなり模擬戦をして欲しいと言ったのだ。


周は驚いたような顔をして瞬き、浩平を見た。


「浩平じゃなくて?」


「そう」


「なんでまた」


「私の実力を見て欲しい。私が覚えている限りではあなたが一番妥当」


リースの表情は真剣で周はため息をつきながらも頷いた。


「わかった。魔術師と相手だとやりにくいんだよな。こっちにいる魔術師はほとんど両様だし」


確かに、リースの目から見ても純粋な魔術師は存在していないように見える。ただ、周と孝治は有名な魔術師でもある。


リースは浩平を見た。浩平は手を振ってくれる。


「本気で行く」


「本気って。まっ、いっか。音姉、結界を頼める?」


「うん。クロちゃんとの模擬戦なら弟くんはあれを使うよね?」


その言葉にリースは少しだけ目を細めた。


「ああ。さて、すぐでいいよな」


「準備運動は?」


「戦場ではいきなりエンカウントすることがある。そうだろ?」


「わかった」


リースは頷いて周から距離をとるように歩く。周はレヴァンティンを鞘から抜いた。


「合図は音姉が頼む。さて、やりますか」


リースは身構えた。周が最後の言葉と共に大量の魔術を展開したのを感じ取ったからだ。一つ一つは大したことのないレベルだが、それがリースの眼には二十の数だけ展開されていた。


リースの額に汗が流れる。


「どうした? いきなり疲れたか?」


「大丈夫」


「じゃ、行くよ」


その言葉と共に音姫がリボンを解いた。そして、一言だけ。


「結」


たったそれだけで結界が展開されたことにリースは気付いた。


「二人共、準備はいい?」


リースは自分の考えが甘かったことを知る。第76移動隊はちゃんとした魔術師がいないように見えるがそれは違う。魔術も使え、近接戦闘も可能なメンバーばかりということだ。


周がさっき言った両様ということか。


「スタート!」


その瞬間、リースの周囲に大量の本が舞っていた。周はレヴァンティンを振り、魔術を放つ。種類は炎。


対するリースは舞う本を一つ掴み、開く。開くと同時に残る全ての本が消える。ページを触り、一気に開いた瞬間、リースの周囲に文字が舞う。


「エルセル・ディオ・グイン・ラルフ」


周ですら聞いたことのない言葉がリースの口から洩れると同時に凄まじい量の水流が魔術陣とよく似たものから放たれた。魔術陣とは違う、文字だけの陣から。


周はすかさず横に飛びながらストックしていた全ての魔術を打ち切る。


「魔法、いや、竜言語魔法か」


「そう」


人が読める文字ではない。だが、その文字を理解した時、自然に干渉可能な魔法が使える。


周は小さく笑った。


「へえ、クロノス・ガイア。『ES』の中でも最も不明な点が多い幹部だとは知っていたけど、そういう理由か」


「共同で戦う以上、懐は明かしておく」


「まあ、浩平は知っていたようだけどな」


リースが竜言語魔法を放った瞬間に、その場にいた誰もが驚いていたように見えた。だが、驚いていないのは浩平だけ。リースは頷く。


「浩平には隠したくない」


「お熱いことで。じゃ、本気で行きますか」


周がそう言った瞬間、リースの視界から周が消えた。


背後に気配を感じるとともにリースが後ろに向かって腕を振る。その腕と連動するように一直線に水が立ち上った。


ちょうど直線状にいた周は横に避ける。


リースはまた本を取り出して開く。


「エルセル・ディオ・グイン・ラルフ」


「弱点はそれか」


周が一気に距離を詰める。だが、リースの方が早い。


リースが選択したのは炎の魔術。しかも、特大の炎が渦を巻いて相手に迫る魔法。


この距離では避けられない。リースがそう確信した瞬間、放たれた炎が消滅した。いや、周によって握るつぶされた。周が握るレヴァンティンには炎が立ち上っている。


術者殺し(マナシンク)


噂でしか効かない世界トップクラスの人が扱う魔術に対する最大の天敵。


簡単に言うなら相手の魔力を掌握して自分のものとして扱う技だ。


リースは慌てて防御魔法を展開する。だが、その魔法はレヴァンティンによって簡単に切り裂かれた。


炎が消えたレヴァンティンがリースの目前に突きつけられる。


「チェックメイト。まあ、相手が悪かったというべきか」


周はレヴァンティンを戻しながらそう言った。







「いや、頑張ったと思うぜ。まじで。周だって時々焦っていただろ。俺も見ていたけどあいつがあそこまで焦っていたのは初めてだ。予想外だったって顔」


「もういい」


模擬戦が終わり、その後の訓練で周からアドバイスをもらった後の帰り道、リースは浩平と一緒に都の家に向かっていた。


浩平は必死でリースを元気づけようとするが、リースは俯いたまま同じ言葉を繰り返している。


リースが周から指摘されたことは二つ。


一つは魔法の切り替えに時間がかかること。属性を切り替える場合はいちいち魔法書を取り直さないといけず、それに時間がかかる。特に接近戦に持ち込まれていたなら致命傷。


もう一つが魔法を放つための詠唱だ。


エルセル・ディオ・グイン・ラルフ。


竜言語魔法の言葉で直訳すれば、『私は力の使用を望む』。


本来の意味は誰にもわからない。リースにさえ。


「私は、欠陥品だ」


「リース?」


「みんなからクロノス・ガイアの名前を奪って、みんなを不幸にして。それでも私の実力はなくて。私は、クロノス・ガイアとして欠陥品だ」


今までは竜言語魔法という魔術とは体系の違うもので戦っていた。それだけで優位に立てた。強い気でいられた。


でも、違った。


世界の上位に食い込むことすらできない。弱点を抱えた欠陥品。


「こんなのなら、私は、戦わない方がいい」


「そうかもしれないな」


浩平の言葉にリースは顔を上げた。


「リースみたいな女の子は戦わない方がいいと思う。お前は幸せに暮らしていいはずだ」


「浩平は?」


「俺か? 俺は戦う。これでも狙撃の天才だからな。第76移動隊という天才の巣窟の中じゃ埋もれるけど、俺は戦う力があるから戦うんだ」


リースは俯いた。そんな浩平がリースには羨ましい。


「力があるから戦う。じゃ、どうして力を手に入れようとしたの? 私には」


「そうだな。リースには守りたいものがあるか?」


浩平の言葉にリースは頷いた。


リースのはたくさんある。リースを拾ってくれたアル・アジフ。リースと幼馴染の悠人。アジトの近くにいる友達。『ES』の仲間。そして、浩平。


「俺は昔、守れなかったんだ。幼馴染だけどな。その子が虐められていて、自分が虐められるのが怖くて逃げた」


「その子は?」


「元気に暮らしている。俺が逃げたことを攻めようとしなくて。俺は思ったんだ。強くなろうって。守りたい人を守れる強さを手に入れようって。自分が安心できるように」


「自分のために」


「ああ。周も孝治も悠聖も同じだろうな。みんな、自分の力に不安なんだ。だから、強くなろうとする。安心しようとする。今を生きているから。俺が俺でいるために。まあ、力はいまいちだけどな」


その言葉にリースは慌てて首を横に振った。


浩平の技術は一級品だ。そのセンスは相手を動くルートを限定させる。そして、限定させて狙い撃つ。時位は動くことさえもできない。


「ちょっと待てよ」


浩平も同じように考えていたのかリースの方をむく。リースは頷いた。


「私と浩平が居力すれば」


「結構鉄壁になるよな? よし、周に報告しに行ってくる」


「ちょっと待って」


走りだそうとして浩平の腕をリースが掴んだ。


「送ってから」


「あっ、悪い」


「ううん。私も気持ちはわかるから」


そう言ってリースは浩平に向かって笑みを浮かべた。







「ふむ、確かにそれもありじゃな」


リースが家に着いた瞬間、家にいたアル・アジフにそのことについて尋ねてみた。


「リースの弱点を周はよく理解しているようじゃし、向こうは承認するじゃろうな」


「だから、私は第76移動隊に移りたい」


「しかし、それは無しじゃ。そなたもわかっておるじゃろ。自分の名前の意味を」


「だったら」


リースはいつになく真剣で、アル・アジフが知るリースとは違うような感覚があった。


「だったら、私がその名前で戦わないといけない理由を教えて。私は、クロノス・ガイアだけど、リース・リンリーエルだから。自分らしく生きたらだめなの?」


「そなた」


「私はクロノス・ガイアだということは分かっている。でも、私が生きたいようにしたらダメなの?」


リースの言葉にアル・アジフは小さくため息をついた。


「そなた、『ES』を辞めるというのじゃな」


「うん。『ES』の居場所は本当に居心地がいい。こんな私でも楽しく暮らせる。でも、私は、幸せに暮らしたい」


「そうか。じゃが、一つだけ言っておく」


アル・アジフは手元に魔術書を呼び出した。リースの体がびくっとなる。


「第76移動隊にそなたを貸し出す。期限は無期限。我の融和策の一つとして皆には説明する」


「アル」


「そなたがクロノス・ガイアであることを辞めることは許さぬ。たくさんの人がクロノス・ガイアを目指したのは知っているじゃろ」


リースは頷いた。そんなことはリースが一番知っている。竜言語魔法が使えるからいつの間にかクロノス・ガイア候補筆頭に押し上げられた。


クロノス・ガイアに選ばれた日はみんなが泣いている場面を見た。強くあらねばと思った。


「私はまだまだ強くなれる」


「そうじゃな。いつか、我ら『ES』と『GF』が肩を並べられる時が来るように我は頑張ろう。そなたは『GF』から知識を学び、強くなるのじゃぞ」


「うん。でも、一ついい?」


リースは疑問に思ったことを口にした。


「会えなくなるわけじゃないと思う」


「そうじゃな。いつでも帰ってきてもよいぞ」


「うん」







空に月が昇る頃、リースは荷づくりの準備をしていた。明日朝一番に向こうの宿舎に行くからだ。ちなみに周は快く承諾してくれた。第76移動隊としても純粋な魔術師は欲しかったのだろう。


リースは窓から空を見上げた。


「私は強くなる。誰かのためじゃなくて、自分のために。自分が守りたいから」


自分がのせいで候補から落とした人達のためにではなく、自分のために強くなる。


リースは小さく笑みを浮かべながら布団に飛び込んだ。


夜はだんだん深まっていく。


次は亜紗の番です。

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