第五十七話 裏通りの裏
委員長が小さくため息をつく。それに応じるように俊也もため息をついていた。
「俊也君も?」
「うん。つけられている。多分、お師匠様達がこんなへまをするわけがないから、七葉ちゃんかな?」
「数は二人だと思いますけど」
二人は振り返ることなく会話する。実際に和樹と七葉の二人は露骨にストーカーとなっているため気づかれやすい。ただし、孝治や悠聖がいることは気づかれていない。
委員長は前にあった虎のぬいぐるみを手にとった。
「ちょっと可愛いかも」
「そうですね」
俊也もそのぬいぐるみを見ながら言う。そう言いながらも二人は自分達を見ている気配を探っていた。
俊也は精霊の目を使って。委員長は気配を探るように。この時点で悠聖と孝治はそれに気づいて身を隠しているが。
「二人でいるところを見つかったのかな?」
「そうだと思います。そうじゃなかったらお師匠様がいそうな気が」
「確かに、海道君もいそう」
そう言って二人は笑う。
「えっと、買い物はあと四ヶ所ですよね?」
「うん。じゃ、行こうか」
委員長は虎のぬいぐるみを置いて俊也と一緒に歩き出した。
裏通りの裏。表通りの隣の隣の隣は治安という点では最悪な場所でもある。
道という道が入り組んでおり、商業エリアがホームグラウンドの学園自治政府ですらその細かな間取りはわからない。そして、そこまで混沌としているからかここをホームグラウンドとしているのは一般的に言えば不良。ホームレスもいるそうだが、そこまでいくと捕まえることになるだろう。
オレはその裏通りの裏に来ていた。もちろん、人目につきすぎたから。
「今まではあまり見回っていなかったけど、こんな場所になっているんだな」
『そうですね』
ついでにサングラスをかけ直して歩き出す。もちろん、道に関しては位置把握という凡庸な魔術を使っているから迷うことはない。
ただ、同じ道じゃなくて抜けられるかどうかと聞かれれば首を傾げてしまうが。
「表通りの方に行けば良かったかな。まあ、仕方ないか。さてと、また行き止まりか」
道を曲がった先にあるのは行き止まり。道を引き返せばいいのだが、あそこにいたように思える夢が気になる。
「まあ、気長に探せばいいよな。一応、こっちは見回りという大義名分があるし」
『まあ、そうですけど、見回りという大義名分を使ってストーカーをしていたのでは?』
「過ぎたことだ」
オレは少し遠い目をしながら言う。それを突かれるとかなり弱いからな。
オレが軽く肩をすくめて歩き出す。裏通りの裏は人通りが少ないからか横を抜ける数は両手で数えられるほど。ただ、素人だ。
「数は7か。裏通りの裏って暇人が多いのか?」
『ただ単に部外者だからという可能性もありますよ。サングラスをかけた変な人ですし』
「サングラスは大丈夫だろう。変装の道具だ」
『いや、だからマズいんですってば』
レヴァンティンが小さくため息をつきオレは道を曲がる。そこにはたくさんの人がたむろしていた。抜けるのは難しそうだな。ただ、こういう時って出口は道を塞がれるんだよな。
オレは小さくため息をついて踵を返す。
『マスターのことだから突き進むのだと思いましたが』
「あっちは行き止まりだ」
オレは肩をすくめる。
「あそこ、位置的に言ったら裏通りの八橋商店と金谷工具点がある場所だ。あそこに出口はない」
『なるほど。位置把握でどの地点にいるかわかっているとは言え歩いた距離から計測するなんて。さすがはマスター』
「後は気分」
『気分九割ですか?』
「当たり前だろ」
歩いた距離が完全にわかるならともかく、そんな不確定要素だけで判断するわけにはいかない。
あそこまで行けば完全に袋小路だからな。
オレは十字路に出た。そして、小さく息を吐く。
「まあ、結局は袋小路になるんだよな」
十字路全てから人がやってきている。その数それぞれ10程度。正面から15か。後ろはさらに多い。どうやら、元からここに出す予定だったみたいだ。
さすがは裏通りの裏。いきなりこう来るか。
「なぁ、金を貸してくれよ」
「ほらよ」
オレは虚空から一応用意していた紙を取り出して投げた。ちなみに、れっきとした借用書だ。
さすがにこの反応は予想外だったからポカンと口を開けている。
「どうした? 金を貸して欲しいんだろ? だったらそこに貸して欲しい金額上限100万以内で書けよ。ちなみに利子は年8%。かなり破格だぜ」
「ふ、ふざけんな! この人数差がわからないとでも言うつもりか!?」
オレは小さくため息をつきながらサングラスを外す。
「そうか。なら、やるとでも言うのか? こちらは正当防衛でどうにかするけど?」
「てめぇ、やれ!」
一斉に動き出す。オレが身構えた瞬間、オレの周囲に矢が突き刺さった。
上から?
すかさず空を見上げると目に入ったのは赤いローブの端。すかさず地面を蹴り跳び上がり、屋上に着地する。
弓を持った赤いローブの誰かが向こうに走り抜けていた。
「レヴァンティンモードⅦ」
レヴァンティンの形が変わる。通常の剣から十字の剣、というより大きな手裏剣に変わる。
オレはそれを赤いローブに向かって投げつけた。
赤いローブはそれを確認するや否や弓を構えてレヴァンティンモードⅦに向かって矢を放つ。矢はレヴァンティンモードⅦの軌道を変えた。
だけど、その時にはオレは赤いローブに向かって距離を詰めていた。赤いローブが気づくが遅い。
手元に戻ってきたレヴァンティンモードⅦを掴み赤いローブを押し倒しながら首筋に通常形態のレヴァンティンを当てる。その拍子に頭を隠していたローブのフードが外れていた。オレは思わず目を見開く。
「ゆ、夢?」
そこにいた人物の名前をオレは思わず声に出す。
そこには涙を溜めながらこちらを見ている夢の姿があったのだから。
どうして夢がここにいるのかわからないし、赤いローブを着ていたのかもわからない。赤いローブということは“義賊”の仲間なのだろうか。
「待てや、おらっ」
後ろから聞こえてくる声。オレは夢のローブについたフードをしっかり被せてあげて顔を見せないようにする。そして、立ち上がって振り返った。
そこにいたのは武器を構えた不良達。どうやら非合法品を使っているらしい。
「仲間がいたとはな、どういうつもりだ?」
静かにレヴァンティンを構える。こうなれば本気で倒すしかない。夢の逃げる時間を稼ぐ間。
「オレが食い止める。だから、先に」
「いや」
夢が立ち上がって弓を構えた。本当なら『GF』の前で許可されていない武器を構えれば犯罪だ。それがわかっているはずなのに夢は弓を構えている。
オレは小さく笑みを浮かべた。
「上等。援護は期待しているぜ」
「合計で1350円になります」
俊也が店員の言葉にお金を出す。そして、二人は店から外に出た。
「おいしかったね」
「はい。お師匠様から教えてもらった店でしたけどかなり」
「確かに白川君って詳しいよね。いつも行っているのかな?」
『それはね、私が悠聖を連れて行っているんだよ』
その言葉に二人は飛び上がっていた。いつの間にか隣にアルネウラがいたからだ。アルネウラの横には会釈する優月の姿がある。
『驚かすつもりはなかったんだけど』
「どうして?」
委員長が少しびくびくしながら尋ねる。アルネウラはポリポリと頬をかきながら、
『悠聖が連絡が途絶えた周を探すって言って別行動にしたんだ。おかげで優月と悲しくデート』
「アルネウラ、さっきまで笑っていたよね?」
『優月は細かいところを気にしない。まあ、そういうことだから見回りしていて見かけたってわけ』
委員長が安心したように息を吐く。ただし、俊也はアルネウラが嘘を言っていることがわかっていた。同じ精霊召喚師だからかそういうのはよくわかる。でも、俊也は言わない。
悠聖が見守ってくれていたとわかるのだから。
「周さんとの連絡が途絶えたって普通じゃないですよね? フィンブルド、お師匠様のお手伝い出来る?」
俊也の言葉に子供の姿のフィンブルドが現れた。精霊召喚師が近くにいれば目を疑うであろう光景だ。
精霊の無詠唱完全召喚。
精霊武器ならともかく、精霊自体を呼び出すのは普通は不可能。例外は優月くらいだが、優月は魔力によって隠れているだけでずっと召喚された状態。アルネウラの場合は悠聖との絆が深すぎて中途半端な能力しか使えない状態なら勝手にアルネウラの意思で現れることが出来るだけ。
『いいぜ。タイクーン、少しの間頼む』
『ワカッタ』
フィンブルドが姿を消す。俊也は小さく息を吐いた。
「何が起きているんだろ」
その言葉に応えられる人はここにはいなかった。