第五十六話 追跡
レヴァンティンを口元に当てる。そして、通信を行う。
「目標確認。二人だ」
通信を行いながらも視線はその二人から外さない。
『確認だ。普通にしか見えない』
続いて聞こえてくるのは孝治の声。オレは孝治がどこから追っているか詳しく聞いていないからどこにいるかわからないけど、上手く紛れているのだろう。
『こちらも確認だよ。睦まじく歩いているねー』
『睦まじくというより俊也が緊張してガチガチになっていないか?』
続いて聞こえてきたのは七葉と和樹の声。二人は周囲にたくさんいる人の中に紛れているのだろう。
木の葉を隠すなら森の中。カップルを隠すならカップルの中だ。
『こっちも確認。つか、あいつらどこに行ってんだ?』
そして、最後のメンバーである悠聖の声。それを聞いたオレは頷いた。
「さあな。さて、全員が配置についたな。頑張って二人を追いかけるぞ」
オレはそう言いながら人ゴミの中に身を入れた。
事の発端は三日前のことだ。
「そうだ。委員長、次の土曜日って非番だよな?」
オレは備品の中身とスケジュールを交互に確認しながら委員長に訪ねた。委員長は不思議そうに首を傾げながらスケジュールを確認する。
「うん。そうだけど、何かあるの?」
「隊用のペンやら何やら足りてないからさ、注文をかけようと思っていて、注文出来なくて個買いになるものがいくつかあるんだ。それのお使いを頼みたいなって」
「今からは、ダメだね」
エクシダ・フバルが来ることになって第76移動隊の仕事は一気に慌ただしくなっている。はっきり言うなら仕事量がかなり増えた。
オレは今から学園自治政府との会議だけど買い物の時間は取れないし、残念ながら土曜日まで見回りは誰も行かない。
だから、非番を承知で委員長に頼んでいる。
「ちょうど買い物に出かけようとしてたから大丈夫だよ」
「助かる。買い物をする地区は?」
「リュミエール。俊也君に頼まれて両親へのプレゼントを選んで欲しいって」
オレの手がピクリと動いた。事務作業をしていた七葉の頭もピクリと動いている。これがアニメなら耳がでかくなっていただろう。現に七葉の顔がこっちに近づいている。
「私も買い物をする予定だったからちょうどだったし。何を買うの」
「小物がたくさんだな。メーカー品じゃない奴が多いからリュミエール内じゃ揃わない。裏通りになるかな」
そこなら十分に品は揃うだろう。揃うと言ってもあそこは品数自体が少ないから最悪揃わない。
オレはその小物のリストを作る。
「急ぐようなことじゃないから忘れても大丈夫だぞ」
「あのね、私は生徒会長なんだよ。ちゃんと仕事はするから」
「頼むな、委員長」
「生徒会長だって」
委員長が苦笑しながらリストを受け取って駐在所から出て行く。委員長はこれから生徒会長としての仕事だそうだ。
委員長が出て行き七葉が顔を上げた。その顔に浮かんでいるのはいたずら小僧のような笑み。まあ、オレも同じことになっているだろう。
「七葉と和樹も非番だったよな?」
「そうだよ。ぐふふっ、私達の手にかかれば委員長を捉えることは容易いよね」
「見回りメンバーはオレ、孝治、悠聖だな。しかも、ちょうど商業エリア」
「神は私達に味方しているね」
オレ達は笑い合う。多分、この時点で誰かが入ってきたなら確実に引くだろう図。でも、オレ達はそんなことを気にせずに笑みを浮かべた。
レヴァンティンを軽く叩き、メールを、
『作戦内容はすでに送りました。三人共即答で参加する旨のメールを返して来ましたよ』
「早いな。でも、ありがたい」
これで無駄にメールを書く隙が無くなった。
「さて、オレ達は暖かい目で見守るとしますか」
そして、現在ではこうなっている。
委員長は俊也に話しかけているが俊也はガチガチだ。おそらく初めてのデートだからだろう。
『にゃはは。見ていて楽しいね』
『俺には俊也の気持ちがわかるんだが』
『俺もだ』
『つか、委員長は緊張しないんだな』
四人の声を耳にしながらオレは人ゴミを抜ける。二人の姿は時々人ゴミの中に揉まれながらも裏通りに向かって歩いていた。
裏通りは商業エリアにある表通りの隣にある大きさが小さめの道路だ。品揃えでは負けるが値段や珍しいもの、品質の高いものに関しては学園都市一とも言われている。実際にオレ達第76移動隊もよく利用するほどに。
オレは変装用のサングラス(小型デバイスによる変装魔術を常時展開するタイプ)を身につけているからオレの容姿で騒がれることはまずない。
「人通りが多いな。もう少し人通りが少なかったら追いかけやすいんだけど」
『周兄、諦めた方がいいって。周兄は単独行動なんだから。というか、周兄の特製サングラスがあればもっと近づけるんじゃないかな?』
「実はあまり」
このサングラスは盗られた時のことを考えて発見しやすくしている。そういう風に回路を作っている以上、一定のデバイスには何ら通用しないのだ。
もちろん、それは委員長のデバイスにも当てはまる。
「まあ、このまま見守るしかないだろ。悠聖はポジションについているのか?」
『ああ。浩平から借りたスコープで遠距離から見ている。ちなみに、周囲の見回りはアルネウラと優月に任せた』
「なら、大丈夫だな。さてと、オレももうすぐ」
人ゴミを抜ける際にはどうしても誰かと肩がぶつかる。オレは誰かとぶつかりながら二人を追おうとして、
「待てや、こらっ」
誰かに肩を掴まれた。
「ロストする」
オレは唇を動かさずにそう言って振り返る。そこにいたのは不良と言えば容姿が思い浮かぶような奴らだった。数は八人。
最初にこういう事態になることを想定していて良かった。
「兄ちゃん、人にぶつかってきて謝りも無しか?」
レヴァンティンを二度叩く。これだけでレヴァンティンは録音を開始してくれるだろう。
「そうだな。オレはどちらも悪いという前提なら謝ろう。すまなかった」
「兄ちゃんにぶつかったおかげで肩が痛いくなったけどどうするつもりだ? 折れてるかもしれねえな」
「謝った以上、兄ちゃんが悪いんだよな?」
普通は謝った方が悪い。それは当たり前だ。当たり前なのだが、オレは前提条件をつけたぞ。
「オレはあくまでぶつかったお前も悪いという前提で謝っただけだ。もしかして、お前らは悪くないと思っているのか? だったら、前提条件自体が崩れるから意味がなくなるよな」
人の話を聞かなさそうな奴には案外通用する。まあ、見る見るうちに不良達の顔色が赤くなっていくけど。
「てめぇ、調子に乗るなよ?」
「おいおい。もしかしてキレたとか? カルシウム足りてるか? 骨が折れたのはもしかしてそれが原因? 骨粗しょう症なんだ」
あくまで挑発するように。絡んできたのは向こうからだ。一部の一般人は最初から見ている。最初から、あそこにいる夢とか。
夢?
「何様のつもりだ、あぁ?」
胸ぐらを掴みかかってきた男の腕をオレは掴み捻り上げた。
「知っているか? 胸ぐら掴むのも十分暴力なんだぜ」
「てめぇ!」
殴りかかろう動き出すより早く、オレはサングラスを外した。不良達の動きが止まる。
「まあ、オレも通信していたから喧嘩両成敗ということだな。文句があるなら聞くぞ?」
「い、いえ、ありません」
オレの顔は有名だ。学園都市にいるなら誰だって知っているだろう。だから、サングラスを外せばそれだけでわかる。
不良達が慌てて走り出す。もちろん、近くの路地裏に向かって。オレは小さくため息をついた。
「完全にロストしたな。仕方ない。悠聖と連絡を取るか」
オレは周囲を見渡した。でも、見渡したそこには夢の姿は見当たらない。見つけたはずなんだけどな。
オレは小さく息を吐いて歩き出す。
「野次馬うるさいからどう撒こう」
二人を追いかける以上、これが最重要案件だ。