第五十一話 帰還
エスペランサの甲板から見る夕焼けは絶景だった。今見ているオレはそう断言する。断言するのだが、
「寒いっつうの」
エスペランサが飛んでいるのは高度3000m以上上空。必然的に気温も低くなるのだが、現在は6000以上あるのだろう。おかげでかなり寒い。
オレはそんな中でも甲板に三本の命綱と共に立っていた。みんなのいないところで勢力を整理したいからだ。
まずはナイトメア関連の勢力。やはり、『悪夢の正夢』や『現実回避』達だろう。シェルターよりも下、元から存在していたらしい核シェルターと呼ばれる究極のシェルター内にケリアナの花と奴らがいたからこれは確定だ。ただ、ケリアナの花の匂いから幻想種が現れた。
ケリアナの花の匂いから作り出しているということになるけど、詳しくはアルに聞くしかないだろう。
そして、不穏な動きを見せる評議会。こちらはかなり厄介だ。流れは見えているのに動きが全く見えない。まるで、雲の上から見ているかのように。
『赤のクリスマス』について調べているのも気になる。
「敵の数が多くて厄介だよな。せめて、敵がひとまとめになってくれればありがたいんだけど」
まあ、そんなことになれば世界が混乱するというレベルじゃなくなる。下手をすれば世界が真っ二つに割れかねないレベルだ。
「どうなるか見極めないとな」
「こんなところにいましたね」
その言葉に振り返るとそこにはアル、じゃなくてエリシアの姿があった。はっきり言うならわかりにくい。判断する材料が少ないし。今はアル・アジフを握っていないからエリシアだとわかるけど。
「これが寒さ」
「エリシアは感じたことがないのか?」
「はい。どうも神経伝達の一部が未完成だったようで。多少の寒さや熱さは感じなかったから。今は感じますよ」
「わかってる」
オレは苦笑した。とは言っても、生体兵器になった以上、今までよりも寒さや熱さには強いはずだ。オレ達と同じように。
エリシアが命綱をつけて両手を広げる。
「気持ちいい。これが、新しい体」
「満足か?」
「はい。でも、私のために中東まで来て」
エリシアの体ははっきり言って『GF』じゃどうにもならなかった。だから、オレは一縷の望みと共にアリエル・ロワソを尋ねたのだ。
結局は交換条件になったけど協力を得ることに成功。慧海も呼んで『GF』、『ES』の最新技術をつぎ込んでようやくだった。
「いや、あくまでオレのためさ。オレが自分勝手にみんなを巻き込んで助けようとした。ただそれだけだ」
「素直じゃないですね。でも、そんな周を私は好きだから」
「あ、ありがとう」
気温は寒いが体は熱い。オレは小さく息を吐いて命綱を一本外した。
「中に戻ろうか」
「はい」
オレは命綱を全て外しエリシアの手を繋いでエスペランサの中に入る。そこにはちょうど魔術書アル・アジフが置かれていた。スケッチブックを漂わせたアル・アジフが。
『遅かったの?』
あまり長く話したわけじゃないのだが、アルはどうやら怒っているようだ。
多分、エリシアが放置していったんだろうな。エリシアがアル・アジフを手に取る。
「心配でしたか?」
『そなたなら大丈夫じゃ。それより、周には伝えたのかの?』
「あっ」
どうやらエリシアはオレに何かを伝えようとして来たらしいが完全にそのことを忘れていたようだ。オレは小さくため息をついてエリシアを見る。
エリシアはあたふたしながらアル・アジフを見ると目を瞑った。
「ふぅ、そなたもその癖を直した方がよいぞ」
『わ、わかっています。でも、私の人格の元となったのはあなたと同じはずですが?』
「育て方を間違えたようじゃな」
話が全くわからないが、今まではアルかエリシアのどちらか一方としか話さなかったから二人と一緒に話すのは新鮮だ。
何というか、愛おしいって感じだよな。
「そうじゃ。用件じゃ。そろそろ学園都市につくから甲板から降りるようにと」
「結局は降りているんだけどな」
まあ、甲板にも長居するつもりはなかったからいいけど。
「それにしても、エスペランサはクロウェン一人で動かすことが可能なのじゃな」
エスペランサに乗っているのはオレ、アル、エリシアに操縦士のクロウェンだ。まあ、普通は一人じゃ動かせないと思うだろう。
実際に普通は動かせないけどクロウェンだけがエスペランサを動かすことが出来る。
「相変わらずの不思議人間じゃな、クロウェンは。数字のことといいエスペランサの操縦といい」
「前者が無ければ寡黙な優しい人間なんだけどな」
クロウェンは数字フェチと言っていい。というか、クロウェンに任せればあらゆる数字の問題を解くことが出来るし解説もわかりやすい。
欠点は話し出したら止まらないということだろう。どれくらい止まらないかと言ったら、進級がかかった現三年のバカメンバーに教えてと言ったところ、八時間に渡って教えていた。ちなみに、テストは驚異的な点数を取って誰もが驚いていたりする。
確か、あまりの難しさに満点がいないテストで上位トップ3を独占したんだっけ。バカメンバーが。
「クロウェンは本当にすごいからな。クロウェンがいなければエスペランサ自体がなかなか動かないし」
「そうじゃな。これが旅客機とかなら資源の無駄遣いと言われるんじゃろうな」
「まあ、エスペランサはエネルギー機関は半永久機関だからな。部品が壊れない限り他の資源は使わない。それに、クロウェンの操縦は趣味だから」
ちなみに、クロウェンの職業は非常勤の講師だ。テスト前になれば様々な学校で数学を教えて数学の平均点を極限まで上げる。どんな授業をやっているかわからないが、スパルタという話と優しいという話が起きるくらいだ。
一体どっちなんだよ。
「我からすればそなたも凄い人間じゃ。どうしてそこまで知恵が出てくるかが特にの」
「今回はアリエル・ロワソや慧海のおかげだよ。オレはそれをまとめて理論を組み立ててわかりやすくしただけ。神経伝達以外何も活躍していない」
本当に悔しいことにオレはあまり活躍していない。まとめたことに意義があるとしても、今回はそういうわけにはいかない。
悔しいのだ。オレがあまり活躍していないのが。
「そなたは強くなる」
「いきなりどうしたんだよ」
「そなたはエリシアを一人で助けられなかった。それが悔しいのじゃろ? そなたならいつの間にか全てにおいてトップになってそうじゃしの」
「オレはそういう人間じゃない。オレは器用貧乏。あらゆることが可能な人間だ。天才なんて言われるけど本当は器用に器用貧乏なだけだよ」
オレはそういう人間だ。でも、それでいいと自分は思っている。
「でも、いつかはそういう風になりたいとは思っている。日常も戦いも全てにおいてみんなを引っ張れる人間に」
『周は引っ張れるというより相手をかき乱すが正しいですしね』
「一言余計じゃ」
アルが小さくため息をつくと同時に窓の外を見る。オレもつられてそこを見ると、そこには学園都市の姿があった。談笑はさすがに聞こえては来ないがオレ達第76移動隊のホームグラウンドだ。今頃、賑やかな授業が繰り広げられているに違いない。
メグや夢達も。
オレは息をつく。
「ようやく学園都市に帰還だな。シェルター関連のことは音姉達に任せたからどうなっているかかなり不安だぜ」
「そなた、まさか、仕事を投げ出して」
「それほど大事な要件だったんだよ。それに、音姉達の訓練になると思って」
オレはアルから視線を外した。恥ずかしくて見ていられない。そんなオレを見たアルはクスッと笑っている。
「嬉しいぞ」
その笑顔のアルは本当に可愛くて見ていれば頭が沸騰しそうなほど幸せそうだった。