第五十話 評議会
オレは床に落ちていた資料を拾い上げる。それは様々なアリエル・ロワソ達が書いた生体兵器に関する資料だった。その中にはオレ達の知らないようなものまであった。
だけど、使う必要がないものばかり。さすがにアクセルドライブの副作用がびっしり書かれているのは焦ったけど。
今ではドライブやアクセルドライブよりも『剣の舞』の方が近接戦闘においては使えるからな。まあ、オーバードライブには適わないけど。
この資料があったからこそエリシアはベッドの上で眠っている。
「まさか、『強制結合』の理論を組み立ててみたら生体兵器なら応用出来るなんてな。かなり驚きだよ」
資料をまた拾い上げる。神経伝達に関する問題点が書かれていた。これを『強制結合』の理論を使ってみたら上手く言ったのだ。
オレからすればかなりありがたい。
「神経伝達に関しては医療には応用出来ないらしいからな。あくまでエリシア専用。でも、成功して良かった」
エリシアが起きた後一騒動があり、それで疲れたからかエリシアはまた眠ってしまった。一騒動と言ってもエリシアのフライングボディプレスによってオレが医務室に運ばれる事態になっただけだけど。
さすがに不意打ちは無理ですよ。
それからオレはアリエル・ロワソと一緒に起きている間に検査したデータを見て結論づけた。
開発は成功したと。エリシアだからこそ運用出来るタイプにしたから他の生体兵器には応用出来ない。まあ、声帯部分に関しては医療用としても十分だから広めることで『GF』と『ES』は取り決めたけど。
資料を拾い上げる。この資料はオレと亜紗の現在のデータだ。オレ達のデータからエリシアのボディを作り出したため詳しいデータを取ったというわけだ。
「周、起きておったか」
その言葉に振り返った。そこには眠たそうに欠伸をするアルの姿がある。アルの隣に浮かんでいるのは一冊のスケッチブック。
『本当に失礼しました』
精神感応を取り付けたからかアルとエリシアは主導権を握っている以外の人格がスケッチブック内で話せるようになっていた。完全に予想外の結果になったけど二人と会話出来るから結果オーライというべきか。
オレは少しだけ苦笑。
「嬉しいのはわかるけど、フライングボディプレスはやりすぎだぜ」
『マスターも嬉しくて痛みにのた打ち回りながら喜んでいた、あうっ』
オレはレヴァンティンを地面に叩きつけていた。レヴァンティンだからこの程度じゃ壊れない。
アルが少し苦笑をしている。
「そなたらは仲がいいの」
『周はM?』
「違うから。レヴァンティン、お前のせいで勘違いされかけているだろうが」
『いやー、マスターは案外Mっ気があると、止めてー、踏まないでくださーい!』
とりあえず踏みつけておこう。
「エリシアに新たな体を与えてもらって、我は感謝しておるぞ」
『私は感謝してもしきれません。周がいたから私がいる。周がいなければ私はもっと早くにいなくなっていたから』
「まあ、オレも二人がいなくなるのは嫌だったからさ。アルは本当に頼りになる人でエリシアは一緒にいて安心できて、二人共オレの中じゃなくてならない人だし」
「まるでプロポーズだな」
その言葉にオレは飛び上がりながらも爪先でレヴァンティンを壁に向かって蹴り跳ね返ってきたレヴァンティンを受け止めてレヴァンティンの剣を取り出しながら振り返る。
今この場で忘れ去るまで殴り倒さないと。
「ストップストップ。戦うなら別にいいけどさ」
オレはレヴァンティンを戻した。何故なら、そこには慧海が蒼炎を構えていたからだ。こんなところで戦えば大事な資料が焼き尽くされる。
「評議会からの回答を聞いてげんなりしながら来てみれば、まさか、ハーレム作ろうとしているとはな」
「ハーレムなんかじゃ、ないわけがないか」
他人から見ればところ構わず手を出しているように見えるだろう。確かに、ハーレムだ。だが、オレはハーレムじゃないと思う。
「いつかは決めないといけないだろ」
「周の場合は優柔不断に長引きそうだな」
『アル・アジフに賛成です。だって、まだ勝負は決まっていないし』
「うぐっ」
何も言い返せない。事実だから。
オレは小さくため息をついた。
「で、評議会からの回答は?」
「逃げたか」
「逃げだの」
『逃げましたね』
「回答は?」
このままじゃ埒が明かない。というか、この面子だと年の功からか口では全く勝てない。
逃げるが勝ちだ。
「簡単だ。アリエル・ロワソを捕まえてこいとさ。評議会の奴らや世間一般の奴らには悪いが、かなり司法取引しているからな」
「そうなのか?」
初耳だ。そんな話はまずオレにも来ると思っていたのに。
「ここだけの話、いや、ここしか話せない話だな。評議会がかなり怪しい動きをしている。その動きはかなり掴めていないけど、ハッキングと盗聴をした限り『赤のクリスマス』について調べているみたいだ」
「何故じゃ? 『GF』の中ではアリエル・ロワソが起こした事件だと断定されているんじゃろ?」
「十中八九だが、評議会は『赤のクリスマス』のニューヨークはアリエル・ロワソが起こした事件じゃないと掴んでいるはずだ」
その言葉にオレは驚いていた。その事実を知っているのはオレと亜紗だけだと思っていたのに。
アルの顔も見る限り、アルもわかっていたらしい。
「こっちもまだ真相を掴めていないのに、評議会が掴んだらかなり厄介だよな。下手をすればお前達まで飛び火する」
「どうりでアリエル・ロワソと司法取引か。最悪の状況を考えているわけじゃな」
最悪の状況ということは評議会が何らかのアクションを起こして『ES』と全面戦争になることだ。この時点で第一特務など正規部隊の大半は傍観を決めるだろうからその時のことを考えて『ES』とパイプを太くしておくというわけか。
「最悪というかヤバいだろ。『GF』と『ES』の全面戦争が起きれば被害は『赤のクリスマス』の比じゃない」
「だろうな。評議会の奴らはそれを狙っている可能性はある。まあ、それを探るのがオレ達の仕事なんだけどな。周とアル・アジフ、エリシアはオレを信用しろ」
信用するしかない。評議会に関しては孝治から色々と聞けばいいにしても細かなことは無理だろう。それを調べるのは慧海達のこと。
オレ達は最悪の時のことを考えて備えるしかない。『GF』と『ES』の全面戦争はオレ達に標的が向かう可能性だってあるのだから。
「一体、あの爺共は何を考えているんだ? まるで、自分達の世界を作り上げたいような」
「あながち間違っておらぬ可能性があるの」
アルの言葉にオレはキョトンとした。
『周は評議会が出来た理由を知っていますか?』
「確か、総長の暴走を防ぐため」
「半分だ正解。実際は正規部隊から引退した面々がそういう理由をつけて最大権力者になるため。評議会はメンバー入れ替えが少ないだろ?」
「そうなのか?」
評議会にいるメンバーなんて爺共ばっかりだと思っているからあまり気にしていなかった。でも、よくよく考えてみると確かにそうだ。
というか、実際の理由がかなりヤバいな。
「慧海や時雨達に上位の職を取られていたからってそういうことをするんだな」
「まあ、オレだって驚いているぞ。仕方ないと言えば仕方ないけどな。ただ」
慧海が真剣な表情になる。
「評議会の動向には気をつけろよ。特に、周、亜紗、エリシアは。あいつらは生体兵器に関して調べている節があった。今はわからないが」
つまり、オレや亜紗の時のことか。オレ達が検査する時は時雨の息がかかった病院を使っていたからな。最近は落ち着いているから普通に近くの病院で十分だし。
確かに、生体兵器はかなり非人道的ではあるが、戦力を作るという点ではかなりのレベルだ。亜紗がいい例だし。
「エリシアは特に周達の中で一番の完成系だ。だから、あまり周達から離れるなよ」
「わかっておる」
『はい』
オレは考え込む。一体、評議会の爺共は何がしたいんだ? 考えれば考えるほど答えは出て来ないけど、対策を練っておくしかない。オレの大切な人を守るために。