第四十七話 アドバンテージ
レヴァンティンが攻撃を弾く。いや、レヴァンティンが弾くのじゃない、弾こうとした瞬間に相手の槍がこちらの攻撃を弾いてくる。
相手はオレの攻撃に合わしてくる。まるで、倒す気がないように。向こうが突いてきてレヴァンティンで弾こうとしても逆に弾いてくる。
やりにくい相手が。白百合流をやっている身としては防御の攻撃は極めてやりにくい。
何というか、由姫と戦っているような。
「よそ見してんじゃねぇ!」
放たれる炎。オレはそれを避けながらレヴァンティンで迫って来ていた風の刃を受け止めた。
「遅い!」
その瞬間に槍が迫る。連携というよりも炎使いの男を『悪夢の正夢』の男と『現実回避』の女が援護している感じだ。
はっきり言って、やりにくい。
「レヴァンティン、魔術サポートを頼めるか?」
『精神操作のインタラプト系を連発している私に無茶な注文をしますよね。可能な限りやってみますが期待はしないでください』
「わかってる。オレだって切羽詰まって、っく」
オレは放たれた炎を受け止めた。この背後に由姫がいる。せめて、援軍さえいればありがたいのだが。
アルや都はまだ小型のゲルナズムと戦っているだろうし、別行動中の亜紗と浩平が来るのはもう少し時間がかかるだろう。今はオレ一人で三人を相手にしないと。
ほとんどの攻撃をレヴァンティンモードⅢで受け流しながらオレは考える。どうすれば上手く回るか、今のオレにあるアドバンテージを探し出す。
相手は魔術師が二人、槍使いが一人。魔術師の一人は近接も出来る。そして、炎使いの魔術師は戦闘素人。狙うとすれば、
「もう一人の魔術師!」
槍をギリギリで避けて掴み投げる。相手も馬鹿じゃないからすぐに槍を手放すが、その時にはオレは速度を乗せた肘の一撃を『現実回避』の女に叩き込んでいた。そして、『悪夢の正夢』の男に向かって踏み出す。
その時には『現実回避』の女は復帰している。でも、その場所は炎使いの邪魔をする。
鞘に収めたレヴァンティンを走らせる。だが、それは『悪夢の正夢』の男が取り出した剣によって受け止められた。
「状況判断が上手いな」
相手の声と共にオレと『悪夢の正夢』の男が同時に力を弱める。剣を引いたわけじゃない。鍔迫り合いから剣を引いて体当たりしようとした。だが、向こうも同じことを思ったのたか力を弱めている。
オレはすかさず前に踏み出した。レヴァンティンを合わせながら柄に手を乗せてもうモードⅢに変更する。そして、左手で『悪夢の正夢』の男に斬りかかった。
「なっ」
『悪夢の正夢』の男が剣を受け止めながら驚く。そりゃそうだろう。実際、オレだって忘れていた。左腕が炎使いの男によって焼かれていたことに。
実際は神経が通っていないから一部の痛覚以外繋げなければ普通に行動は出来る。問題は怪我が悪化するところか。
今は気にしてはいられない。オレが一人であるということ以外の一回だけ使えるアドバンテージなのだから。
レヴァンティンモードⅢを振り切る。『悪夢の正夢』の男が回避するような時間は、
「焼き尽くせ!」
その瞬間、オレに向かって炎が放たれていた。この場所は『悪夢の正夢』の男も巻き込むはずなのに炎使いの男はそれも関係なく狙って来ている。
オレは一瞬の判断の後、横に避けた。魔術で狙って来ている炎を相殺しながら。
「そうか」
オレの背筋がゾクッとなる。回避出来ない瞬間が迫っている。そういう時の感覚だ。
「そこまで育ったか」
炎使いの魔術に集中しすぎた。背後に回り込まれている。
「ならば、死ね」
押し付けられる手のひら。防御魔術の展開は間に合わない。
衝撃が体を吹き飛ばした。気づいた時には地面を転がっている。どうやら意識を失っていたらしい。
ゼロ距離から魔術は防御も出来なければ回避も出来ない。ダメージを微かにズラして直撃することは避けたが、それでもダメージは酷い。
オレはレヴァンティンを握りしめてゆっくり立ち上がる。何とか、由姫の近くに飛ばされたな。
「まだ戦いますか」
『現実回避』の女が呆れたような口調で言う。でも、その響きはどこか心配しているような響きがあった。
レヴァンティンを鞘に収め腰を落とす。
「戦うさ。オレが倒れれば由姫がやられる」
既視感、いや、確かあの日も同じだった。
目の前に現れた敵に対してオレは、
「ならば、楽になりなさい」
『現実回避』の女が距離を詰める。オレはレヴァンティンを握りしめる。
狙うは一撃。そうじゃなければ押し込まれて負けるだろう。最速の一撃を叩き込む。
「紫電」
何回も練習した。音姉から初めて習って何回も練習した。多分、オレが使える技の中で一番練習した技に違いない。
鞘から剣を走らせる居合い抜き。だけど、それはただの居合いじゃない。先に攻撃するためじゃなく、相手の攻撃を見極めた時に最大限の力を発揮する能力。
後手に回る居合い抜き。
「一閃!」
気合い一閃。
鞘から走ったレヴァンティンは穂先を打ち上げ、強烈な一撃を『現実回避』の女に叩き込んでいた。
『現実回避』の女が後ろに吹き飛ぶ。身につけたローブが微かに外れその素顔が目に映る。
茜?
一瞬、妹の名前が思い浮かんだ。どうしてかわからない。わからないけれど、素顔が似ていたように思えた。
「お前!」
『悪夢の正夢』の男が向かって来る。オレはそれに対して一歩踏み出しながら、
「フォトンランサー!」
大量の光の槍が『悪夢の正夢』の男の前に突き刺さった。『悪夢の正夢』の男は後ろに下がる。
「周様! 大丈夫ですか!?」
「無事じゃな。来たぞ」
足音は三人。都、アル、亜紗だろう。
「数のアドバンテージも奪われたか。下がるぞ」
「はっさん! 一網打尽に」
「今は姿が割れるわけにはいかない。私達の計画を忘れたのか?」
「逃がすか。レヴァンティンモードⅡ!」
すかさずレヴァンティンモードⅡを取り出し相手に向ける。アルも都も同じように武器を構えているだろう。
それに対して『悪夢の正夢』の男は笑みを浮かべた。
「逃がさせてもらうさ」
その瞬間、周囲から音が鳴る。
「ここの壁はこの部屋で実験を行うためのものでね、文字通り、生体兵器の実験部屋。だから、隔壁があるのだよ」
隔壁が開く。それと同時に強烈な甘い香りが襲いかかった。甘いというよりも重いというべきか。この匂いは、
「ケリアナの花?」
「正解だ。嬉しいな」
隔壁が開いた先にあるのは一面を埋め尽くす量のケリアナの花。ここが、ナイトメアの製造工場だったのか。
そして、ケリアナの花の上に浮かんでいるのは合計四体の一本角のエンシェントドラゴン。そして、大量のオレが戦った大きさのゲルナズム。
ケリアナの花と幻想種がどうして一緒に。
「そなた、ケリアナの匂いから作り出したのか!?」
アルの声が周囲に響く。それに対して『悪夢の正夢』の男はニヤリと笑みを浮かべた。
「どうする? このまま引くか、それとも戦うか」
レヴァンティンを握る手が湿りだしたのがわかった。
たった一体ですら手こずって勝てていないエンシェントドラゴンが四体も。どうやって勝てと言うんだ。
「さあ、どうする?」
『悪夢の正夢』の男の声が周囲に響き渡る。オレ達はただ武器を握りしめるだけだった。
次回、シェルターの戦いが終わります。