第四十六話 見えない存在
いつになく体が熱い。いや、これは体が熱いのではなく周囲が熱いのだ。由姫を苦しめた炎。そして、熱。
確かに由姫は直接的な炎は効かないようにはしていただろう。だけど、空気は違う。息を吸い込む以上、避けることはできない。
「ふははははっ。笑わせてくれる。俺の能力はわかっているんだろ? 幻想種のような力はないが、人を殺すには十分だ。この熱量さえ操れればな」
確かに厄介だ。厄介だけど、勝てる気しかしない。
【倒せ】
頭の中に声が響き渡る。
【本当の自分を解き放て】
倒す。あいつを、由姫を傷つけたあいつを出す。
【手加減はするな】
レヴァンティンを握りしめる。一撃だ。相手が攻撃に移るより早く一撃で相手を。じゃなければ、由姫が傷つけられる。だから、
殺せばいい。
『マスター!』
レヴァンティンの声が頭の中で響いた。それに対してオレはハッと目を覚ます。
今、何が起きていた? 聞いたことのない、いや、ある。あれは確か、狭間市で聞いたことがあるような声。それが頭の中で響いていた。
『何らかの魔術の介入があったので私の判断で精神操作に対するインタラプト系の魔術を連続で発動しました』
助かる。
今、オレは何を思った? 目の前にいる男を殺そうとした。駄目だ。殺したら駄目だ。
オレは小さく息を吐く。
「来ないのかよ。だったら、俺が」
「行くぞ!」
オレは地面を蹴った。そして、魔術を展開する。
「バカな奴め。死ねよ!」
放たれる炎の塊。それに対してオレはレヴァンティンで下から打ち上げた。凄まじく重い感触と共に炎が打ち上がる。その瞬間にはまた炎が放たれていた。さらに、打ち上げた炎も方向を変えてオレに迫っている。
「レヴァンティン!」
『打ち消します!』
だから、オレはレヴァンティンの力で炎を消し去った。鞘に収めて前に踏み出す。そして、レヴァンティンを鞘から抜き放つ。
だが、その一撃は大きく空に打ち上げられていた。
でも、すかさず体を回転させる。
紫電一閃からの連続技である白百合流姿返し『雲散霧消』。
弾かれた勢いを乗せて叩きつけるため威力は極めて高い。高いからこそ試すには十分だ。
回転させながらの振り下ろしは何かの壁、いや、感触的には水の入ったペットボトルを軽く握っているような感じだ。
オレは後ろに下がる。
「上昇気流か」
「わかったところでどうしようもねぇだろうが!」
放たれる炎をオレはレヴァンティンで打ち上げる。この炎にも上昇気流があるから受け流すのは危険だったのだ。それさえわかればいくらでも対処はある。
レヴァンティンを握り締め、周囲に散らした魔力で打ち上げた炎をって。
オレは放たれた炎を避けた。服が焼けるがすぐに消火して前に踏み出す。踏み出すのは男が立っている場所よりも2m右。そこに向かってレヴァンティンを下から振り切った。
ガンっと鈍い音が響き渡り、レヴァンティンが炎の剣によって受け止められる。
「おいおい。斬撃を受け止めるくらいに高密度な炎かよ。幻覚と言い上昇気流と言い、科学じゃ全く解明出来ない能力だな」
「選民思想以外に科学信奉者か。救いようがない」
「科学信奉者には頷いてやるよ。今でも神剣は存在しないってテーマで研究しているんだからな」
まあ、結論から言えば神剣が存在する理由しか出来上がらないけど。
「それに、選民思想はお前らの方が重傷だろうが!」
レヴァンティンで男を弾き飛ばしさらに駆ける。そして、レヴァンティンを振り下ろした。男はレヴァンティンを炎の剣で受け止めている。
じりじりと炎よって体が焼かれるが今のオレは皮膚に金色の力を流してあるからそんな熱量は直撃しなければ意味がない。
「選ばれたとか選ばれてないとかどうだっていいんだよ!」
確かに、この世に選民思想はあるかもしれない。だけど、それはある理由からだとオレは信じている。
「本当に努力をし続けた人が選ばれる。それが今の世の中だ。そんなごたごた言っている奴はな、普通なんだ!」
自分は努力をした。だけど、選ばれない。
由姫と男の会話を聞いていたレヴァンティンがまとめてくれた内容だ。それを聞く限り、それは普通なのだから。
「てめぇに何がわかる! 天才のくせに何が」
「努力はな、本当にした努力は自分じゃ気づかない。それが当たり前だと思っているから。強くなりたいから努力するんじゃない。当たり前に努力するから強くなるんだよ!」
鍔迫り合いは続く。でも、今は好都合だ。
「それは普通じゃない。天才と言われる奴らの理論だとわかっているさ。でもな、それをしてこそ天才は天才になれるんだろうが! 音姉だって孝治だって、苦しんで苦しんで生きてきた。戦うことが当たり前だと感じて、訓練することが普通だと思い、普通の人生が毒だと思っていたんだよ! 何が努力だ。そんなの、むしろ羨ましいわ!」
レヴァンティンで大きく男を弾く。
「普通の人生を歩んでいたお前をオレは酷く羨ましいんだよ!」
「ふざけるな! てめぇに何が、何がわかると言うんだ!」
「わかんねえよ。そんなことは知るか!」
レヴァンティンを打ち合わせる。もう、理由なんかじゃない。今のオレは目の前にいるこいつが気に食わなかった。
まるで、オレ達のことをわかっているかのように言っている男が、天才という意味を履き違えたこいつが、気に食わない。本当にに気に食わない。
だから、今は捕まえる。
【気に食わないなら殺せばいい】
頭の中に響く声。でも、オレはそれを気にすることなく前に踏み出した。
【己を解放しろ。それで楽になるぞ】
楽になるかもな。
頭の中に響く声にオレは言葉を返す。そして、炎の剣を高く弾き飛ばした。
そんな楽でオレは生きようとは思わない!
男が後ろに下がりながら炎を放ってくる。オレはそれを打ち上げながら前に進む。
「そんな攻撃で」
渾身の力なのか、巨大な炎の塊がオレに迫る。それをオレはレヴァンティンで打ち消した。男の顔に恐怖が走る。
オレはその顔に拳を、
「させるとでも」
いつの間にか隣にローブの男がいた。
『悪夢の正夢』。
そう思った瞬間、オレは強く蹴り飛ばされていた。
すかさず体勢を戻して、目の前に槍が迫っていた。首を横に倒してギリギリで槍を避ける。だが、槍はオレの側頭部を打ち払った。
完全に二人を忘れていた。これが『悪夢の正夢』と『現実回避』か。いつの間にか『現実回避』にかかっていたらしい。
「助かったぜ、はっさん」
「相手の言葉に惑わされすぎだ。自分を強く持て。そうしなければ勝てない相手だぞ」
頭がクラクラする。どうやら一撃で脳しんとうになったようだ。気づくのが遅れたとは言えかなりの威力ではあった。
「今まで姿を隠して」
「確かに『悪夢の正夢』だけなら無理だっただろう。だが、『現実回避』は万能だ。お前の思考から私達を消すことで存在は認知出来ない」
親父やお袋だってそうだ。二人の力が合わされば見つからずに行動することが出来る。
オレのような存在があれば見つけることが出来る『悪夢の正夢』でも『現実回避』によって忘れ去られたなら見つけられない。
「くっ」
オレはゆっくり起き上がった。そして、レヴァンティンを握りしめる。
「邪魔をするのか? もう、限界だろ?」
「全く」
脳しんとうでふらふらする以外は体は大丈夫だ。大丈夫だからこそ、オレは前に踏み出す。レヴァンティンを握りしめて槍をもつローブの女に、
「ダメな子供だ」
『悪夢の正夢』の男の言葉と共にオレは滑り込んだ。オレがいたところを何かが通り過ぎる。素早く起き上がりレヴァンティンを、振ることは出来ない。
鋭く突かれた槍をレヴァンティンで受け止め受け流すだけで精一杯だ。
相手はただ者じゃないか。
「どうした? 海道周。お前の力はそんなものじゃないだろ?」
『悪夢の正夢』の男がニヤリと笑みを浮かべる。一対三のこの状況は完全に不利だった。