第四十四話 努力
最近、伏線をばらまくのが大変だなと思ってきました。
炎が床を焼き尽くす。その上を由姫は走り抜けた。そして、そのまま拳を焔の鬼となった男に向かって放つ。だが、拳は見えない力によって打ち上げられた。
「やはり、ですか」
由姫は小さく呟きながら後ろに下がる。確か、習ったことがある。炎のそばでは上昇気流が起きており、それはクリーンベンチのような無菌操作にも使われる、という話を。
つまり、今の男が纏っている炎が強力な上昇気流を作り出し、その上昇気流で攻撃を受け流しているのだった。ただ、上昇気流だけでは考えられないため他の何かがあると由姫は思っている。
「どうした? 天才一家の白百合家。この俺にすら攻撃が届いていないぞ」
由姫は身構える。実際にいくらでも攻撃を届かせることは出来る。上昇気流に負けない重力を拳に纏って放てばそれで終わりだ。だが、その威力は例え『GF』のデバイス機能である肉体的ダメージを与えず昏倒させることが出来ても無視出来ないダメージを与える。
一番の欠点であるダメージが高すぎれば高すぎたほど、肉体的ダメージは無くても精神的ダメージは長く残りやすいのだ。過去の事例でも精神喪失という最悪のケースさえある。
だから、由姫は使えない。色々と聞かなければならないことがあるのだから。
「もしかして、俺を捕まえるとか思っているのか? ふははははっ、笑わせてくれる。てめぇらみたいな選民思想に染まった奴が俺を捕まえられると思っているのか? 勘違いもはだはだしい」
「私には理解出来ません。何が選民思想なんですか?」
「すでにその力だよ。てめぇらは才能という力がある。それを使って戦って来たんだろ? 俺達みたいな努力しなければ強くなれない人とは違うんだよ」
由姫はそのことが理解出来なかった。確かに、音姫や孝治に対して言うならわかる。あの二人は文字通りの天才。状況が揃えば世界最強という頂に手が届くくらいに。だけど、由姫や周、そして、亜紗の三人は違うことを知っているから。
「才能才能才能才能。世界は全て才能のある人が活躍出来る。才能のある天才が表に立てる。努力の人間はいつでも縁の下なんだよ。ただ、世界を動かす駒でしかなぇ。それこそ、選ばれた民のための思想だろ? お前らみたいな天才共しか脚光を浴びない」
「あなたに兄さんの何がわかるんですか?」
由姫は静かに拳を握りしめた。尋ねてはいるが答えはわかっている。男は周のことを知らない。何一つ、わからない。
だって、向こうはただ才能のある人を恨んでいるだけ。努力をしたと思い込み、表に出ようと懸命に足掻くことしかしない。そんな人に他人から聞いただけで周は評価出来ない。
「生まれた頃に誘拐され、改造された化け物だろ? 結局は天才になるんだよ。選ばれた人間はな。そして、世界にのし上がる」
「あなただって才能がありますよ? なのに」
「才能? これが才能? ふははははははははっ、笑わせてくれる。こんな醜い獣が才能だと言うのか? お前の目は腐っているな」
その言葉に由姫は開いた口が塞がらなかった。
今の力は周すらてこずるくらいの能力を持っている。それは才能だと言えるだろう。だが、男はそれを才能とは言わない。まるで、自分の力ではないかのように。
「才能がある奴にはわからないさ。才能のない奴がいくら努力をしても強くなれないことを。何千何万と剣を振り続けてもな!」
その言葉に由姫は笑った。馬鹿にしたような笑み。いや、実際に馬鹿にした笑みだった。
「たかが何千何万? 血豆が出来ても、それが破けても、木刀握る柄が真っ赤に染まっても、足下に血がたくさん落ちても、雨の日も風の日も雪の日も台風の日も春夏秋冬あらゆる季節の中で、朝から晩まで一心に振り続けたことがありますか?」
その人物を由姫は知っている。
「自分の力が弱いからと攻め、同世代の子供と遊ぶことなく朝から晩まで訓練。休憩の合間に勉強をして一年を過ごしたことはありますか?」
本当の意味で努力しなければならない。
「大人になろうと血反吐を吐く勢いで勉強をし、訓練をし、言葉遣いを変え、性格を変え、知恵をつけたことはありますか?」
誰をも守るためには何があっても力と知識は必要だったから。
「友達を普通に作ることを無駄と判断し、戦友以外仲良くならなかったことはありますか?」
今は違う。今は普通だ。
「努力という言葉を口にせず、それが当たり前だと思ったことはありますか? ありませんよね。全て。それは普通じゃないから。あなたも私達と同様に友達と遊び暮らし、空いた時間で必死に努力をした。強くなっていく自分が嬉しくて頑張って。でも、あなたは壁にぶつかって諦めた。そこを乗り越えようともしなかった。それが私達とあなたの違いです」
「才能を持っているくせに何を言うかと思えば。そんな人間いるわけがないだろうが。ふははははっ。そんな気休めはいらねぇ。俺の目的はただ一つ。お前らが俺達を排除するなら、俺達はお前らを排除するだけだ。さあ、再開しようぜ。俺とてめぇ、どちらが強いかだ。この世に神がいるなら、正しい方が勝つだろうよ」
その言葉に由姫が諦めたようにため息をついた。そして、地面を蹴る。その瞬間には男の体に掌底が突き刺さっていた。
そして、男の体が吹き飛ぶ。
「馬鹿馬鹿しい。そんなのに何の意味があるんですか!? 強いか強くないかじゃない。意志があるかないか。本当に守りたいものがあるなら、ずっと努力し続ければいいじゃないですか!?」
「妹みたいなことを言うんじゃねぇ! そんなに簡単だったら俺はもっと強くなってる!」
男が放つ炎は由姫が纏う重力場によって受け流される。そんな力は由姫には通じないはずなのに。
由姫は前に飛び出した。上昇気流なんて関係ない。近距離まで近づいて殴り飛ばす。今はそれだけで十分だった。
由姫が地面を蹴る。そして、拳が男を捉えたはずだった。だが、そこに男はいない。まるで陽炎のごとく揺らめいて消え去る。
「蜃気楼がどうして」
由姫は小さく呟いた。実際は蜃気楼ではないのだが、由姫の中ではそうなっているらしい。
「そこまで大規模なものじゃねぇ。でもよ、てめぇを倒すには十分だろ?」
その瞬間、由姫の周囲で炎が立ち上った。それと同時に由姫は感じていた。息苦しいことに。そして、吸い込む空気が熱い。
「てめぇの防御は受け流すことに特化しているみたいだが、空気が無くなれば関係ないよな」
由姫は飛び出した。そして、炎を抜けようとして、
「残念でした」
目の前に広がっているのは分厚いまでの氷。由姫はそれに対して拳を放った。砕け散る氷。それに安心して息を吸い込んだ瞬間、灼熱の空気が由姫の肺を焼いた。
「がぁっ」
由姫はその場に倒れる。倒れるしかなかった。不意を打った一撃を食らい、由姫は完全に戦闘出来るような状況ではない。
魔術が得意じゃない由姫にとって単身でいる時にこのような怪我は致命傷と言ってもいい。それほどまでに強烈な一撃だった。
空気を吸えば吸うほど痛みが跳ね上がり、肺から空気が無くなる。だけど、吸うしかない。でも、痛みで気を失いそうになる。さらには酸素が薄くなっている。だから、呼吸の数が多くなり、痛みが跳ね上がる。
まさに、生き地獄。
「あはははははははっ。ふはははははははははっ。ざまぁないね。才能があるからと言っても所詮は虫けらか。選民思想の中でしか生きられない虫けらなんて死ねよ」
「なら、お前は選民思想に染まった虫けらだよな?」
周囲にあったあらゆる炎が消え去る。苦しみ悶える由姫の体を周がいつの間にか抱きしめていた。そして、治癒魔術を由姫にかける。
「お、にい、ちゃん」
「喋るな。今は眠っていろ」
その言葉と共に周は由姫に魔術をかけた。そして、立ち上がる。
「よくも由姫を」
「俺と戦おうというのか? 止めとけ。そいつまで焼き殺すぞ」
「なら」
周がレヴァンティンを構える。その目は怒りに満ちていた。
「その前にお前を倒すだけだ」