第四十二話 焔の鬼
右手でレヴァンティンを構える。焼かれた左腕は絶えず治癒をかけて痛覚の『強制結合』だけ解いていた。痛みはないから支障はない。
レヴァンティンを構えながら前を見る。
今現在の近接が可能なメンバーは四人。対する向こうは三人だが、その家の一人、背後で陽炎が揺らいでいる男が一番危険だろう。
レヴァンティンを弾き、オレにダメージを与えた。そこは普通にありえる話。ただ、オレはレヴァンティンで攻撃を受け流そうとしていた。なのに、弾かれたのだ。
威力というよりも何かがあるようにしか思えない。
ゲルナズムの姿は周囲にはいない。もしかしたら、隠れているのかもしれない。だからこそ、油断は出来ない。
「気配はなかったのに何故」
「気配ぐらいいくらでも隠せますよ。それよりも、逃げられるとは思わないでください」
都がフォトンランサーを展開する。その数は約30。都にしてはかなり抑えている方だ。多分、都も気づいているんだろうな。
こいつらの実力は少なくともSランク相当だということを。はっきり言うならこのメンバーじゃなければ危ないはずだ。
「おいおいおいおい、まさか、海道周だけじゃなく『白百合の奇児』白百合由姫に『狭間の巫女』都築都までいるのかよ。ふはははっ。やべぇ、お前らの肉が焼ける音を想像するだけでゾクゾクする」
「周様」
都が不安そうにオレに一歩寄せてきた。この中でも陽炎の男が一番危険だと思う。こいつだけは本気で行かないと。
「はっさん、全員殺していいか?」
「周を甘く見るな。最強の名の一人だ」
「ただのオールラウンダーなだけだろ? 甘く見るつもりはないさ。俺が『GF』にいた頃からこいつらの名前は聞き及んでいるからな。せいぜい、楽しませろ!」
放たれる炎の塊。それに対してオレはファンタズマゴリアを展開した。通常展開型の絶対防御障壁。だが、炎の塊は真ん中程までファンタズマゴリアを砕いていた。
威力が違う。
「散開!」
オレの言葉にみんなが飛び退く。だけど、陽炎の男はオレを狙って炎を投げつけてくる。オレはそれを避けた、はずだった。だが、熱波がオレの体を焼く。
まるで衝撃波のごとくオレの体に熱い空気が触れた。
火傷はしない。だけど、何回も受けたら火傷するであろう熱量。
「燃え尽きろ!」
放たれる大量の炎。それに対して都はフォトンランサーを放った。だが、フォトンランサーは炎の塊によって打ち消され、オレを狙って塊が飛来する。
オレは地面を転がりながら白楽天流の燕閃を放った。しかし、レヴァンティンから現れた衝撃波は陽炎によって打ち消される。
あの陽炎が力の源なのか?
「アクアブラスト!」
アルがすかさず陽炎の男に水柱を放った。一応、氷属性との合成魔術だが、水を放つという点ではかなり優秀だ。
だが、その水が陽炎に触れた瞬間に蒸発する。だけど、アルの狙いはおそらくあれだろう。
オレは広域展開型のファンタズマゴリアを使用した。みんなの前にファンタズマゴリアが大きく広がった瞬間、爆発が起きる。
アルが水属性を使って混ぜたのは熱によって爆発する物質だろう。蒸発することで気化し爆発した。
これならダメージは、
「はははっ、ははははははっ。まさか、ここまでとはな」
爆炎の中から現れたのは炎に身を包んだ男。いや、この感じはどこかで覚えがある。そらは、そう、
金色の鬼である狭間の鬼。
今のこいつは言うなら焔の鬼。
「本気出したのはいつ以来かな? そうだな。俺が『GF』抜けた三年ぶりか?」
「周様、おそらく」
「ああ。狭間の鬼と同等だな」
こんなレアスキルは聞いたことがない。だけど、こうなった以上はまともに戦えないはずだ。それほどまでに相手の強さは桁違い。
オレはレヴァンティンを握りしめた。
「耐火装甲。魔力の50%を回してくれ」
『了解です』
オレは息を吸い込み前に飛び出した。ファンタズマゴリアは置き去りにしたままレヴァンティンを握りしめる。
「焼き尽くされろ!」
すかさずオレに向かって炎が放たれた。オレはそれを避けてレヴァンティンを勢いよく突く。だが、レヴァンティンが上に弾かれた。
オレは無理やり方向転換して後ろに下がろうとする。だけど、オレの体に炎がまとわりついた。
「あがっ」
体中に灼熱のエネルギーが駆け巡る。
オレはレヴァンティンの力を発動して炎を相殺した。すかさず後ろに下がる。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ。レヴァンティン、計測は?」
『約3500℃。はっきり言いますが戦闘服の機能の約九割方犠牲にしました』
「つまりはただの布?」
『はい』
戦闘服には様々な魔術耐性と物理耐性がある。よほどの点の攻撃でなければ破壊出来ないものだが、まさか、あれだけでほとんど破壊されたとは。
「戦場なら戦略的撤退」
「出来ぬからな!」
アルがアクアブラストをまた放つ。だが、それは簡単に蒸発した。
オレはレヴァンティンをモードⅡに変更する。
「有効な手段がないのじゃろ? なら、こういう時は全力の砲撃じゃ」
「やっぱりそうなるのね。レヴァンティン、弱点を探りながら」
「弱点がなんだって?」
その言葉は背後から聞こえてきた。オレが背筋が凍る思いで振り返った瞬間、そこにあったのはオレに向かって炎を放つ姿。
回避出来るような距離じゃない。だけど、オレとの間に誰かが入り込んだ。由姫だ。由姫はステップを踏み、炎を右手で弾く。
「なっ」
「綺羅朱雀!」
その弾いた姿勢のまま左手につけたナックルが男に叩き込まれた。男が大きく吹き飛ぶ。
どうして無事なんだ?
「そうか。由姫は重力魔術を全身に張っているんじゃな」
「はい。固定に少し時間がかかったのです」
なるほどね。炎だろうが何だろうが、その熱量を重力操作によって受け流せばいいのだ。熱量の移動を受け流す。確かに由姫にしか出来ない技だ。
そうなると、由姫がある意味最強になるような。
「バカな。この状態の俺に殴りかかるだと? しかも、殴られた」
「次で決めます。あなたの能力は私に効きませんから」
「ふざけるな! 俺は、俺はまだやられるわけには」
「そこまでです」
今まで戦闘に参加していなかった都の声が響く。それと同時に都の周囲には大量のフォトンランサーが展開されていた。
相手が力業で来るならこちらも力業でいった方が戦いやすい。だから、都はフォトンランサーの物量差を狙っている。
「これ以上の戦闘は無意味です。投降してください」
「この俺がここまで追い詰められるだと? だが、これくらいがいい。逆転するには十分だろ? そうじゃないか? 海道周」
オレは眉をひそめた。由姫には攻撃が効かないことはわかっているはずだ。なのに、相手は未だに勝つ気でいる。まあ、こちらからすれば勝ったも同然だが。
レヴァンティンを握りしめる。そして、先を向けた。
「逆転出来る要素はあるのか?」
「あるさ。例えば」
オレは振り向きながら収束砲を放っていた。
都の背後に放たれた収束砲は虚空で散る。その現象に何かがいることは確実だった。この状況で考えられるのは、
「レヴァンティン!」
地面を蹴りながらレヴァンティンを通常形態に戻し鞘に収める。そして、勢いよく抜き放った。
鞘から放たれたレヴァンティンが突如として現れた触手によって受け止められる。それと同時に姿を現したのはゲルナズムだった。
大きさは工場で見た最大のものよりさらに大きい。それを見ただけで不安になるほど大きかった。
「さあ、第二ラウンドの開始だ」
この空間に男の声が鳴り響いた。