第四十話 馬鹿力
由姫の馬鹿力の話です。
亜紗の体が触手によって弾かれる。亜紗はそのまま壁に叩きつけられていた。
亜紗の口から空気が漏れる。それと同時に亜紗の中で展開していた『剣の舞』が切れるのがわかった。
ダメージが大きく立ち上がることが出来ない。
だけど、ゲルナズムは止まらない。そのまま触手を亜紗に向かって放っていた。
亜紗は悔しそうな顔のまま目を閉じ、そして、
「ファンタズマゴリア!」
周の声と共に亜紗が目を開く。そこにはファンタズマゴリアによって触手を受け流した周の背中があった。
周が振り返る。
「どうした? もう、終わりか?」
亜紗が首を横に振って立ち上がる。だけど、その足は震えている。
「『剣の舞』はまだ使えるか?」
亜紗はゆっくり頷いた。
「十分だ。エントランスまで戻るぞ。そこならまだ戦いやすい」
『わかった』
亜紗が『剣の舞』を再発動する。そして、入り口の方向に向かって走り出した。周はその場にファンタズマゴリアを放置して亜紗の後を追って走り出す。
ゲルナズムは二人を追いかけようとするがファンタズマゴリアが障害物となりどけるまで追いかけることが出来ない。
周は亜紗に並んだ。
「大丈夫か?」
『問題ない』
「実際は?」
『少し辛い』
周は並行して走る亜紗の頭を撫でると同時に周達が分かれた部屋についた。エントランスという表現も悪くはない。
周は一人足を止めて振り返り、レヴァンティンを構えた。
「レヴァンティン、ファンタズマゴリアの並行展開の補助を頼めるか?」
『むちゃくちゃなことを言いますね。それだとただの防御魔術になりますよ』
「それをファンタズマゴリアでやるんだよ」
『わかりました。理論構築はマスターがすでに終えているんでしょ』
その言葉に周は頷いた。そして、ゲルナズムやって来る通路に向かって手のひらを突き出す。
「ファンタズマゴリア!」
由姫のかかと落としが最後のゲルナズムの頭を完膚無きまでに砕いていた。
浩平が構えていたフレヴァングを下ろす。
「由姫ちゃん怒らせたら俺でも死ぬかも」
「さすがに浩平さんは無理じゃないですか? 兄さんと孝治さんと悠聖さんとリースさんのつっこみを受けてピンピンしていますし」
ちなみに、全員全力だ。
由姫は前に広がる空間を見つめた。そこにあるのはたくさんのゲルナズムの死体だけ。
由姫は小さく息を吐いて背中を向ける。
「兄さん達と合流しましょう。おそらく、どこも襲われているはずです」
「それにしても、ゲルナズムだっけ。こんな奴らはどこから現れたんだ? 全く見えなかったけど」
「姿を隠せる能力があるらしいのできっとそれでしょう。浩平さん。早くみんなと」
由姫の言葉が途中で止まる。何故なら、瞬間移動を行った都が現れたからだ。瞬間移動は本当に一瞬で移動するため今いた位置に急に現れる。
都は周囲を見渡した。
「戦闘は終わっていますね。由姫さん、浩平さん、ちょっと面倒なことになっています」
「面倒なことですか?」
「はい。アル・アジフさんが連れ去られました」
都の言葉に由姫と浩平が絶句する。アル・アジフの戦闘能力ははっきり言って桁違いだ。魔術師でありながら近距離戦闘も可能というまさにオールラウンダー。第76移動隊の中では戦略上、周の右腕のような状況でもある。
そんなアル・アジフが連れ去らとなれば相手はどんな敵なのか。
「敵は大型のゲルナズムです。速度や攻撃範囲は戦っていたゲルナズムとは違うようで。今は周様が亜紗さんを助けに行っています。私達は二人ど合流しましょう」
由姫は唇を噛んだ。
やはり、あの時、嫌な気配を感じたあの時に周の前からアル・アジフが連れ去られたのだと直感的に感じる。そして、亜紗は都に周の場所に向かってもらった。対する由姫はその場に止まった。
由姫の力なら亜紗以上に戦えるはずなのに。
「私のせいだ。私が、一人で出来るくらい強ければ」
「違います。周様は必ずそのようなことは」
「でも、私がもっと強ければ、アル・アジフさんは」
「んなifのことを考えても何の意味もないだろうが」
呆れたような浩平の声。そして、浩平は由姫を指差しながら近づいた。
「今の俺達の行動は自分の力の無さを嘆くことか? 違うだろ? 俺達はすぐにアル・アジフを助け出す。そうじゃないのか? くよくよしている暇があるなら走れよ! まだ、間に合うから」
その言葉を聞いた由姫はポカンと浩平を見つめていた。そして、一言、
「浩平さんは馬鹿じゃありませんでした?」
「喧嘩売ってんのか?」
色々な意味で台無しだった。
思考が回る。『剣の舞』は維持していないし金色の力も発動していない。だけど、頭の中で急速に理論が組み上がっていく。
それはもう不気味なまでに。不気味だからこそ、オレはそれを幸運だと感じる。今、発動しているファンタズマゴリアの弱点を瞬時に修復出来るから。
様々な魔力の構成の仕方をゲルナズムの攻撃を受け止めながら考える。ゲルナズムの攻撃は極めて威力が高い。通常展開のファンタズマゴリアなら一生破壊は出来ないだろうが、今のような広域展開ではファンタズマゴリアにひびが入る。
だから、構成を変える。
これはあまり知られていないだろうし、オレが知ったのもついさっきのことなのだが、同じ技でも魔力と魔力の結合の仕方を変えることで耐久性が極めて変わる。
例えば、今までのファンタズマゴリアは大量の四角錐を集めた姿だったが、その一つの面の構成を変えることで耐久性は大きく変わる。
例えば、細かな四角や三角が組み合わさったような構成にする。ひびは入りやすいが威力は逃げやすく、耐えるという点なら一番効率的だ。別に細かくしなくても円や楕円など様々な構成を試していく。
レヴァンティンもフルに回って手伝ってくれるからかなり楽だ。
弱くなる。逃がしやすくなる。強くなる。これを元に新しく作る。弱くなる。弱くなる。ひびが入る。違う。これじゃない。弱くなる。逃げやすくなる。逃げやすくなる。強くなる。けど、割れやすい。弱くなる。弱くなる。組み合わせる。成功しない。
「くっ」
ファンタズマゴリアのひびが大きくなる。このままじゃ割られる。せめて、都が由姫達を連れて来るまで持たないと。
組み合わせる。S字の構成を大量に組み合わせてみる。足りない場所は細かな点で固める。これで、どうだ。
ゲルナズムが体当たりを敢行する。おそらく、ファンタズマゴリアに大きなひびが入っているからだろう。オレもファンタズマゴリアは砕け散ると思った。だけど、ファンタズマゴリアは砕けない。
「どういうことだ?」
触手がファンタズマゴリアを打つ。だけど、ファンタズマゴリアに全くこれ以上のひびすら入らなかった。
成功したのか?
『マスター、広域展開型のファンタズマゴリアが通常展開型のファンタズマゴリア並みの耐久性があります』
レヴァンティンの驚いた声。それにオレは拳を握りしめていた。
「これなら大丈夫だな」
『マスターはいいところで成功しますよね』
「兄さん!」
由姫の言葉にオレはファンタズマゴリアを解いた。それと同時にゲルナズムが大量に向かってくる。それに対してレヴァンティンを構え、
「穿て」
大量の重力砲がゲルナズムの群れを上から叩き潰していた。そして、由姫がオレの前に着地する。生き残っているゲルナズムは仲間の死体を乗り越えて、
「里宮本家八陣八叉流奥義『海砕き』!」
由姫が動いた。それと同時に世界も動いた。そのような気がするくらいの一撃だった。重力を最大限まで乗せた拳は先頭のゲルナズムの体に直撃する。
拳に乗せていた威力は全てゲルナズムの体に染み込み、ゲルナズムの体は耐えられず爆発する。後方に向かって。
次に起きたことはオレの開いた口が閉まらなかった。
爆発したゲルナズムの破片が他のゲルナズムに当たり、同じように爆発して破片を撒き散らす。
結果、ゲルナズムの群れは全滅した。
多分、オレの後ろにいる三人もポカンとしているだろうな。
「兄さん、大丈夫ですか?」
オレは少しの間、何もすることが出来なかった。
「ここですね」
都がアルが連れ去られたであろう扉を触る。床の下に隠された扉はほとんど壁だった。調べた限り、人間の力ではまず不可能な質量。大人しく扉を開けておけば良かったかな。
でも、アルが連れ去られたということはアルがいる場所の最短の通路。どうにかして開けることが出来れば。
「無理なんじゃねえの? ビリヤードショットとリフレクトショットを最大限まで使って一点に強烈なダメージを与えても無理だぜ。それに、時間がない」
アルが連れ去られてからそれなりの時間がかかっている。だから、早く向かわないと。
「やっぱり、扉から行くしか」
『由姫なら出来る』
スケッチブックの文字と共に由姫の背中が亜紗によって押された。由姫は完全にうろたえている。
「私? いや、さすがの私でも」
『新技『扉砕き』』
「名前、かなりカッコ悪いですよね? わかりました。兄さん、一回試していいですか?」
「いいけど」
都が扉の前から退く。その場所に入るように由姫が歩んだ。そして、息を吸い込む。左手の拳を握りしめ、振り上げる。
その動作にオレは嫌な予感がしていた。それは、白百合流滅び斬り『陸斬り』の姿勢に似ていたから。
そして、由姫が拳を振り下ろす。
轟音。
そう表すしかない。光景を例えるなら瓦割りの瓦のような感じだ。オレもレヴァンティンも浩平も不可能だと判断した扉が真っ二つに割れている。
その光景にオレ達は完全に固まっていた。
「では、行きましょうか」
振り返った由姫の顔には満面の笑みがあった。
うん。怒らせたら死ぬかも。
最後に砕いた扉はシェルターの扉です。核ミサイルすら効かないような設定作られる扉です。由姫はそれを砕きます。