第三十四話 顛末
『なるほどね。“義賊”か。学園都市の方も大変みたいだな』
オレは通信越しに聞こえる慧海の声にため息をついていた。当事者じゃないから簡単に言ってくれるが、オレからすれば大変というレベルでは終わらない。
「おかげランク詐欺事件の関係者名簿が作り直しになったからな。名簿はそっちにもいっているだろ?」
『ああ。レノアがちゃんと確認した。さすがにマズいとは思うけどな』
「同感だ。すでに降格処分と除名処分は行った。降格処分は計272名。除名処分は19名って感じだ」
降格処分は通常にAまたはBBランク相当に戻っただけで、該当者はかなりの数に昇る。
まあ、除名処分よりかはかなり軽い除名処分なんて違反金とかかなりのお金を請求しているから。
もちろん、払えない額じゃない。だけど、学園都市にはいずらいであろう額だ。
『オレから言えるのは再発防止に努めてくれってことだな』
「それだけかよ」
オレは思わず苦笑してしまう。でも、それ以外に言うことはないだろう。だから、別にそれ以上を求めることはない。
「まあ、いいけどさ。ところで、時雨忙しいのか?」
『時雨に連絡か? しかも、直接言う案件』
「いや、慧海にでもいいんだ。ただ、時雨には話を通して欲しい」
『わかった』
別に時雨以外でもいいが、時雨には話を通してもらわないといけない。
これはそれほどまでに重要なのだから。
「大規模談合事件を覚えているか?」
『耳に挟んだことなら。『GF』が関わらなかった大きな事件だろ』
「その関係者に海道椿姫の名前が出た」
電話の向こうで慧海が絶句したのがわかった。
海道椿姫。オレのお袋の名前だ。慧海は確実にそれを連想したに違いない。
『おいおい。まさか、『現実回避』を疑う出来事が起きているんじゃないだろうな?』
「ああ」
お袋のレアスキルである『現実回避』。能力は極めて限定的ではあるが記憶を隠すことに関しては最大の力を発揮する。
能力的に言うなら本来の記憶に蓋をするものだ。一定条件になれば外れるようにして。
『『悪夢の正夢』に『現実回避』。駿と椿姫が生き残っているってわけじゃないよな?』
「生き残れるわけがないだろ? あの『赤のクリスマス』でオレや茜達が生き残れたのはオレの『天空の羽衣』があったからだ。無意識に発動した『天空の羽衣』がニューヨーク各地で起きた爆風のほとんどを受け止めてくれた。だから」
『ああ。だから、信じられないんだ。駿と椿姫は死んだ。あの日に。だから、『悪夢の正夢』と『現実回避』の持ち主が現れたことに驚きを隠せない』
オレだって同じだ。しかも、ナイトメア関連の事件に『悪夢の正夢』。大規模談合事件に『現実回避』。どちらも違う事件だ。
だけど、その名を聞く限り、ナイトメアと大規模談合事件は関連があるように思えてしまう。
『問題が、どうして椿姫の名前が急に出てきたかだな。周はどう考えている?』
「えっ? あっ、すまない」
そのことは全く考えていなかった。『悪夢の正夢』と『現実回避』について考えているだけで精一杯だった。
『ったく、その気持ちはわかるけど、しっかり頭を働かせろ。そうしないと道も見失うぞ』
「悪い。とりあえず、『現実回避』によって隠されていたと考えるのが現実的だ」
『だろうな。でも、条件はなんだ?』
「“義賊”」
寸前の出来事から考えてこれが一番しっくりくる。
「“義賊”が海道椿姫が関係者であることを突き止めた。それと同じくらいの時間から新たな関係者として海道椿姫の名前が挙がりだした。それから考えると、“義賊”が何らかの資料を見つけた。それが隠されていた場所が暴かれたことで『現実回避』が外れた」
『普通に納得出来るな。問題が、“義賊”が本当にそれをしたかどうかになるな』
「“義賊”の存在がわからなければどうしようもないっての」
オレは小さくため息をついた。
オレが考える可能性が一番高いが“義賊”がどう行動したかわからなければどうしようもない。それほどまでに“義賊”は不明な存在だ。
まずは“義賊”を調べるのが先決でもある。
「問題が、“義賊”は学園自治政府が調査しているからな。色々とオレ達は手を出さない方がいい」
『そうだな。『GF』と学園自治政府の調査が被った場合、学園自治政府が優先される。ただし、商業エリア内のみの話だが』
「そういうこと」
厄介な取り決めが決められたものだが取り決めである以上仕方ない。
そうしなければ規模でも数でも勝る『GF』が全てを取り仕切れる。
『誰がそんなものを作ったんだよ』
「お前だお前。ナイトメア関連は商業エリア内には留まっていないから調査出来るけど、“義賊”は別だしな」
『苦労しているんだな』
「一度殴ってやろうか?」
取り決めを決めたのは時雨や慧海だ。オレは関係ないし楠木大和に言われるまで知らなかったくらいでもある。本気で一度殴ってやりたい。
オレはまたため息をつきながらレヴァンティンを指先でいじる。
『そうだ。周、前に連絡した時のことを覚えているか?』
「そのことについても訪ねようと思ってたところだ。結果は?」
『ビンゴ。しかも、成功だ。ケリアナの花の匂いを充満させた場所で火をつければ、耐熱性の建物が一瞬にして溶解した』
「ちょっと待て。もう一度頼む」
オレは完全に自分の耳を疑っていた。
『耐熱性の建物が一瞬にして溶解した』
「おいおい。何の冗談だ? 耐熱性ってことは1000℃ほどなら耐えられるだろ?」
『ギルガメシュの話だと2000℃なら10分は耐えられるらしい』
「んなバカな」
なのに一瞬で溶解したという。ありえないというレベルじゃない。その炎の温度にもよるが建物全体が溶解するような温度はレーザーと言った方がいい。
アルの服にある耐火性を破るには十分だ。
ケリアナの花にそんな効果があったとは。
「はぁ、つまりケリアナの花の匂いには可燃性物質があり、燃えた場合は異常な高温を出す、でいいよな」
『ああ。現在様々な資料を作っている。匂いが籠もるまで約三日。花の数は約2500』
「そんなにたくさんなのか」
しかも、その数で三日。おそらく、他にも様々な条件を考えたのだろう。そして、実行したに違いない。
その中で一番信頼に足るのが2500か。
「わかった。ありがとう。こちらでも学園自治政府に連絡して花屋全てにそのことを伝えてもらう」
『そうしてくれると助かる。後は、学園都市のエネルギーの秘密だな』
「そんなのもあったな」
あまり重要そうな話ではなかったので完全に忘れていた。確かにあったけど、あまり重要な話じゃなかったような。
『ちょっと面白い情報を見つけてな。聞きたいか?』
「じゃ、通信切るぞ」
オレはそう言って通信を強制切断した。そして、レヴァンティンを置いて小さくため息をつく。
『やっぱりですね。マスターが考えていた通りでした』
「当たり前だろ。でも、ケリアナの花は思っていたより危険だよな。だけど、観賞用としては十分だし」
『また、通信が入りましたよ』
オレはレヴァンティンを手に取り通信を開きながら小さくため息をつく。
「何のようだ?」
『勝手に切るなっつうの。まあ、そんなことはどうでもいいか。学園都市のエネルギーに関して面白い情報が入った。いや、情報の断片か?』
オレは微かに眉をひそめる。情報の断片というのは正確な情報じゃないという意味だ。ワンワードまたは噂。それらを情報の断片とする。
普通ならわからないことに関してはあまり使わないはずなんだけどな。
『シェルター、だそうだ』
「今何て言った?」
『シェルターだ。あくまで情報の断片だから調べるのはお前らに任せるけど』
「ちょうど明明後日にシェルター点検があるからついでに調べておく」
楠木大和からもらった鍵はもしかしたらそれに関係があるかもしれない。
『わかった。だが、危険だと判断すればすぐに帰って来いよ』
「わかっている。オレはそこまでリスクを背負うことはしないって」
『だといいんだが』
いつもと違って慧海は不安そうだった。それを聞きながらオレは笑みを浮かべる。
「みんなを連れてオレも帰って来るさ。じゃあな」
オレはまたレヴァンティンで通信を切断した。そして、小さく息を吐く。
「シェルターの中に一体何があるんだ?」
オレの問いに答えることが出来る者は今この場にはいない。レヴァンティンもわからないだろう。だから、オレ達が調べないと。
レヴァンティンを机の上に置いてオレはベッドに寝転がった。
「まさに神のみぞ知るところだな。準備は万端にしておかないとな。久しぶりにあれを持っていくか」
オレはベッドから起き上がって近くの押入を開けた。そして、目的のものを探し始める。
「備えあれば憂いなし。さてと、あれはどこにあるかな?」
シェルター点検にはまだ入りません。まだ休日を挟みます。