第三十二話 義賊
「はぁ?」
オレはレヴァンティンに耳を当てたままそう返していた。聞いた言葉が信じられなかったからだ。いつもならそんなことはないのだが、今回だけはそうせずにいられなかった。
レヴァンティンと通信している相手がもう一度言ってくれる。
『だから、談合事件の新たな証拠が見つかった。いや、“義賊”からの匿名のものだ』
「それはわかった。その後をもう一回頼めるか?」
オレは相手の浩平にもう一度尋ねていた。
『談合事件に関わったのは学園自治政府だけじゃない。『GF』の一部も関わっていた。関係者の中じゃ第76移動隊の名前を出す奴らも出て来たらしい』
「どういうことだ?」
あまりに唐突すぎる。唐突すぎて信じられないくらいだ。急に第76移動隊の名前が出て来た。一体どこからだ?
『学園自治政府の報告には確かにある。第76移動隊隊長の保護者ってな』
「保護者? んなバカな急に出て来たにしてはあまりにも唐突すぎるぞ」
『それは俺も大和も学園自治政府内でも同意見だ。第76移動隊はそれほどまでに信頼が厚いからな』
いや、だからこそというべきか? オレ達第76移動隊が学園自治政府から信頼されているからこそ狙ったような感じがある。
オレはレヴァンティンに机の上の接続端子を繋げた。そして、キーボードに向かって指を走らせる。
「事情を聞きに行っても大丈夫か? オレと音姉、悠聖で向かう」
『ちょっと待っててくれ。確認を取る』
その言葉と共に通信が切れる。オレはレヴァンティンを机の上に置いて小さくため息をついていた。
それはあまりにも唐突であり信じられない話でもあった。まるで、今までその話を封印されていたかのように。
確か、そんなレアスキルがあったよな。お袋が持っていたレアスキル。確か、名前は、
『現実回避』
「お兄ちゃん、朝ご飯だよって、何かあったの?」
由姫がオレの顔を見ながら尋ねてくる。オレはそんなに酷い威顔だろうか。
「由姫、悪い。音姉を呼んでくれないか? かなり大事な話がある」
「う、うん。本当に何かあったの?」
「ややこしい事態がな。今から学園自治政府に向かって来る。色々と聞かないといけない事態が起きたからな」
まずは事実関係の確認。オレの関係者ということだから知り合い全員で取った写真を持っていけばいいだろう。
誰かに化けていた場合も考えておかないと。
「お兄ちゃん、お兄ちゃんは大丈夫だよね?」
「不安なのか?」
「うん」
由姫がオレの服を掴んで抱きついてくる。
「今のお兄ちゃんの顔が昔みたいだから」
「昔?」
オレは思わず自分の顔を触っていた。触った感覚では何の変化もない。だけど、長年一緒にいたからか、由姫にはわかっているようだった。
オレは笑みを浮かべて由姫の頭を撫でる。
「大丈夫だ。絶対にオレは戻ってくる。だから、由姫は安心して学校に行ってこい」
「うん」
由姫がオレから離れる。そして、部屋から出て行った。
オレは小さくため息をついてベッドに寝転がる。
とりあえず、情報を整理しよう。
大規模談合事件。
学園都市内部でほとんどの建設業が学園自治政府と手を結び商業エリア内部で談合していたことがわかった事件だ。
その時に関係者は根こそぎ捕まった。もう芋づる式に。なのに、今日になって新しく『GF』が関係していたという情報が入った。しかも、オレの保護者を名乗ったらしい。
義母さんがするわけがない。もし、本当にするなら真っ正面から堂々とやるだろう。義母さんはそういう人だ。つまり、誰かがオレの保護者を語ったということ。
「今になって関係者が名前を挙げるのがおかしいからな。二年前の話だぞ」
『確かにおかしいですね。まるで、そのことだけを完全に忘れていたかのように』
オレは小さくため息をついて立ち上がる。レヴァンティンを掴み、レヴァンティンを身につける。
制服には袖を通さず、通すのは『GF』で使う儀礼服。色はほとんど青のスーツだ。それに袖を通す。
「一体、何が起きているんだ」
「一体、何が起きているんだ?」
オレと音姉が悠聖と合流し事情を簡単に説明したら悠聖がそう返してきた。それに関してはオレも同意見なので何もいうことがない。
今回はそれほどまでに不自然だから。
「そうだよね。いきなり弟くんの保護者って話が出たんだろ? お母さんがそんなのに参加するわけがないし」
「名前を語られたとか? それだったら楽になるんだけどな」
語られただけなら第76移動隊は完全に無関係だ。無関係だからこそオレ達も捜査に参加することが出来る。
それでようやく事件とは無関係じゃなくなるから。
「周隊長も大変だよな。せっかくの休暇なのによ」
「こういう事態は休暇を返上しないとダメだろ。それに、護衛には音姉とお前がいる」
「まあ、手数だけは多いからな」
そう言って胸を張る悠聖。悠聖は第76移動隊の中でもかなり頼りになる。同じ分隊というのもあるが、オレが不在の時は暫定的に副隊長に昇格するように決めている。
音姉も世界最強の戦力だし、孝治や亜紗達に及ばないもオレの良き理解者で聞き上手。本当に頼りになる。
オレは今はレヴァンティンが使わせてくれないから戦闘はできないけど、この二人がいるなら問題はないだろう。
「じゃ、行くか」
オレは前にあるビルを見上げた。そこにあるのは少し大きめの建物。元は公民館のような感じて使われることを想定して作られたが、学園自治政府が出来てからは学園自治政府専用の建物になっている。
オレ達は学園自治政府に入ろうとして、
「あれ? 周?」
その声にオレ達は振り返っていた。そこにいるのは資料の束を抱えたメグの姿。どうやら早朝出勤が長引いているらしい。
というか、メグが都島学園にいるからだろう。あそこの出席率はあまり関係ないし。
「学校はどうしたの?」
「朝から大変な事態になっているんだよ。というか、それを尋ねるのはオレのセリフなんだが」
「私は学園自治政府にこの書類を渡せばいいだけ。そっか。周は昨日いなかったから知らないんだ」
「処分者リストか?」
それならかなり納得出来る。メグは頷いて資料の束を少しだけ掲げた。
「個人情報は満載だよ。いる?」
「いるか。お前はさっさと用事を済ませて学校に行くんだな」
オレは背中を向けて学園自治政府専用の建物に向かって歩き出す。その後ろを悠聖達も続いてくる。
中に入ったらまず楠木大和に事情を説明してもらうか。いや、浩平に詰め寄るという選択肢も悪くはない。楽しいし。
オレは前に歩を進めた瞬間、
「きゃっ」
メグの悲鳴。それにオレは振り返っていた。そこには赤いローブを着た誰かがメグの持っていた資料を奪ったのだ。
音姉が光輝ではない刀を抜き放ち加速しようとする。だけど、音姉の目の前に矢が突き刺さった。
「聖なる刻印を纏いし者。光の道を指し示せ。光の剣聖『セイバー・ルカ』!」
悠聖がすかさずセイバー・ルカを呼び出す。だが、セイバー・ルカは横手から飛び出した赤いローブによって弾き飛ばされた。
赤いローブが持っているのはハルバート。
オレはレヴァンティンを掴む。
『緊急事態ですからね!』
レヴァンティンの声と共にレヴァンティンの柄がオレの手に収まった。すかさず身体強化をかけて赤いローブが振ったハルバートを悠聖に当たる寸前で受け止める。
だが、激しい衝撃に腕が痺れる。
「なんて威力だ」
「周! この野郎!」
悠聖がゼロ式精霊銃を取り出して引き金を引く。ハルバートの赤いローブは放たれた弾丸を器用に弾き、立ち直ったセイバー・ルカの斬撃を受け止めていた。
こいつ、強い。
「今だ」
地面を蹴りレヴァンティンを鞘に収めて前に出る。セイバー・ルカと力が拮抗している今がチャンスだ。
オレはレヴァンティンを鞘から走らせる。だが、ハルバートの赤いローブは飛び上がって回避していた。それと同時に転がされる何か。
その形をみた瞬間、オレは叫んでいた。
「ファンタズマゴリア!」
ファンタズマゴリアを限定的に展開してその何かをファンタズマゴリアで包み込む。そして、その何かが眩いまでの光と衝撃を放った。
精霊爆弾と呼ばれる精霊の力を封じた爆弾だ。威力はそこまで高くないが爆風が強く、怪我人が出やすいのも特徴。
ファンタズマゴリアによって爆風は防げたが光は防げなかった。猛烈な光によって一時的に視界が奪われるほど目が焼かれる。
視界が戻った時には赤いローブはいなくなっていた。
周囲を見わたせば音姉が道路に倒れている。
「音姉!」
オレは音姉に駆け寄っていた。外傷はあまり見当たらず、むしろ、擦り傷が多い。
「大丈夫、だよ。光に驚いて落ちただけだから」
音姉がゆっくり起き上がる。すかさず体全体を調べるが大きな怪我はないみたいだ。オレは安心して息を吐く。
「何事だ!」
楠木大和の声。どうやら騒ぎを聞きつけたらしい。学園自治政府専用の建物を振り返ると楠木大和と浩平の姿があった。
オレは小さくため息をついてメグを指差す。
「赤いローブの集団に出し抜かれた。取られたのはランク詐欺の資料。個人情報満載の名簿だ」
「赤いローブ? “義賊”か?」
楠木大和が周囲を見渡す。だが、そこには赤いローブの姿は見当たらない。
「話してもらうぞ。“義賊”について。そして、談合事件に関しても」
音姉もセイバー・ルカも不意をつかれることには弱いので。