第三十一話 深層石の刃
見上げた空に星空は見えない。狭間市と比べれば全く違う夜の空。それが学園都市、いや、都会というものだ。
そんな感覚になりながらオレと亜紗の二人は夜道を歩いていた。
オレが亜紗を守っているわけじゃない。オレが亜紗によって守られている。
メリルはマスターの店で眠ってしまい由姫によって担がれて第76移動隊宿舎にある簡易ベッドに運ばれている最中だろう。駐在所にある宿舎だけど使っている人は完全に皆無。稀にオレや委員長が徹夜して使うくらいだ。
悠人やルーイも付き添い。浩平やリースは護衛として。
だから、オレ達は歩いていた。とある店に向かって。
『夜風が気持ちいいね』
亜紗が満面の笑みでスケッチブックを見せてくる。オレはその笑みを見て少しだけ苦笑しながら頷いた。
「ちょっと寒いけどな」
まだ4月だ寒いものは寒い。でも、亜紗は繋いだオレの手に少しだけ優しく力を込める。
確かに、ここは暖かいけどさ。
亜紗は器用にスケッチブックを片手で捲った。
『ごめんなさい。私の用事に付き合わせて。どうしても七天失星を見たくて』
「いいさ。それに、その用事はオレにも関係することだろ? だったら、ついていくさ。どんな刀になったか興味あるからな」
オレ達が向かっているのは学園都市内部にある『GF』が武器修理を頼む店だ。商業エリア内部にある唯一の『GF』管轄地と言ってもいい。
まあ、学園自治政府も使っているけど。
その店の店主は本当に気に入った武器しか触らず、それ以外はたくさんいる従業員が修理をする。
気に入った武器はオレのレヴァンティンや亜紗が古物商で買った刀だ。
名は七天失星にしたらしい。
現段階では能力は未知数。オレを実験台にして探すしかないだろう。
『楽しみだな。どんな刀になったんだろ』
「亜紗には矛神があるだろうが。後は、鍛え抜かれた刀」
『確かにどちらもすごいけど、やっぱり七天失星の方がいい。一目惚れだから』
そう言う亜紗の顔は本当に嬉しそうだ。亜紗と最初会った頃なんてほとんど感情が無かったのに。
変わったのはオレに好きだと告白してからか? あれっていつの話だっけ。
『考え事?』
オレの目の前にスケッチブックが差し出される。亜紗の方を向くと、亜紗は不思議そうに首を傾げていた。
「亜紗と出会ってからを思い出しててな。あの頃は結構無表情が多かっただろ」
『私が笑ったら周さんがかなり驚いたのは覚えている』
「あの時はお前が可愛かったからだよ」
最初に見せてくれた亜紗の表情は本当に可愛くて驚いたのをオレは覚えている。その時の笑顔と亜紗の今の笑顔にはあまり変わりがない。
相変わらず可愛いままだ。
「もう、亜紗は一人でも十分やっていけるようになったよな?」
『昔は金魚のフンだったけど』
「オレは狐だぞ」
虎の威を借りる狐だった。当時から亜紗はかなり強かったからな。強いと言っても世界トップクラスというほどじゃなかった。
若手では音姉に次ぐ第二位。まあ、孝治やアルトがすぐに抜かしたけど。
『あの時は大変だった。来る日も来る日も戦いばかり。あの頃には戻りたくない』
「賛成だ。あの頃は強くなることしか考えていなかったからな。勉強か訓練かの二択。今じゃ考えられないな」
『うん。あの頃に戻りたいか聞かれたら私はノーだから』
「オレも」
あの頃は子供でいるのが嫌だった。だから、大人に早くなろうと頑張った。おかげで違和感だらけの人間になったけど。
それがあったからこそ、今のオレが出来上がっている。
「見えて来たな」
オレは話を切り上げて呟いた。前方に武器修理専門店阿修羅が見えてきた。確かに武器修理専門店だから名前としては悪くないけど、こんな名前が流行るなんて世も末だなと思う。
亜紗が小走りになる。それをオレは苦笑しながら追いかけた。
『楽しそうですね』
レヴァンティンの声。周囲に誰もいないからだろう。だから、レヴァンティンの声が響く?
「レヴァンティン」
『抜かせませんよ』
「言うと思った。気配は全くないが?」
『人払いの結界でしょう。ここは元々人通りが少ないですから』
結界が張られることにかなりの違和感があるが、ただ単に誰もいない可能性がある。武器修理専門店阿修羅前は夜になれば阿修羅以外の店が閉まるからだ。
だから、ただ単にいない可能性は十分に高い。
オレは軽く肩をすくめて歩き出した。そして、阿修羅の入り口をくぐり抜ける。
「あっ、周兄だ」
その声にオレは横を向いた。そこにいたのは七葉と和樹のカップルと、冬華と楓だ。どうやら四人共一緒に来ていたらしい。
おそらくデバイスのメンテナンスだろう。
『GF』は基本的に三ヶ月に一回はデバイスをメンテナンスしなければならない。レヴァンティンですらだ。
だから、時々まとまってメンテナンスに来る。
「亜紗さんカウンターに向かって行ったけど、もしかして、新しい武器かな?」
「そう言えば、楽しみにしていたわね。私からすれば刀なんて一本でいいと思うけど」
「わかってねぇな。ロマンがあるんだよロマンが」
そんな言葉を聞きながらオレはカウンターの方を向いた。そこには目を輝かせて確実に尻尾があったなら凄まじい勢いで振っているであろう亜紗がいる。
こういう姿を見るのは久しぶりだよな。
「どんなロマンよ」
「そりゃ………、周」
「自分で考えろ」
オレにはコレクターのロマンが全くわからない。
「仕方ないよ。亜紗は本当に楽しみにしていたから。周君も少し楽しみじゃないの?」
「やっぱりわかるか?」
「えへへっ、幼なじみさんですから」
楓が笑う。幼なじみの期間はなかなかに短いけど。
「へぇ、周兄楽しみなんだ。でも、どうして?」
「プレゼントだよプレゼント。きっとそうだ」
「亜紗は古物商で買ったと言ってたわよ」
言葉に詰まる和樹。いつもの光景だった。
オレはそれに対して苦笑しながら亜紗を見る。そこには店主である楠木正成の姿があった。
身長は2mを越え、体重は100オーバー。筋肉ムキムキであり見た目は冗談抜きにして阿修羅のような雰囲気を出す。
まあ、中身は非武装派なんだけどな。手先がかなり器用だし。
「見事な刀だったぜ。とびっきりの刀を打った」
そう言いながら鞘に入った刀を亜紗に渡す。亜紗はそれを受け取って鞘から刀を抜いた。
真っ先に見えたのは真っ黒な刃。それが魔鉄によって見事な銀色に光る峰と上手く対になっている。
刀にはそこそこ詳しいが、見た目はかなり見事だ。
「真っ黒の刃? 周、真っ黒の刃って脆いんじゃないのか?」
和樹の認識はなんら間違ってはいない。魔鉄を黒くすれば切れ味はかなり鋭いが折れやすい剣が出来上がる。
だから、普通は黒にはしない。でも、とびっきりの刀と言ったから、おそらく材質は、
「深層石かな? 周君はどう思う?」
「同感だ」
「これまた高いものを使うわね」
深層石。
文字通り深層で取れる石だが、その希少性は極めて高い。希少物質の一種であり、黒の刃を作り出せ鉱物でもある。
そこから作り出した刃は常識を越える硬さを誇る。黒の刃唯一の例外だ。
ちなみに、孝治の持つ運命はほぼ100%深層石で出来ている。
「なな、深層石ってなんだ?」
「周兄」
「お前らな」
深層石は武器としては必須項目だ。希少物質の中でも有名中の有名。普通は習う。
こいつらはそれを忘れたのだろう。
「魔鉄として使えば最強クラスの物質だ。そう言えばわかるか?」
「へぇ~、じゃ、鉄の一種なんだね」
「かなり特殊だけどな」
亜紗が七天失星を軽く振る。その漆黒と白銀のコントラストはあまりにも綺麗で見惚れてしまうほどだった。
現に楓や冬華も見惚れている。
「ひゅー、すげーな。あんな武器ってあるんだな」
「魅せる武器を追求したならいくらでも出来るぞ。ただ、それが実戦に使えるか別にして」
実戦で使えば普通に砕け散るだろう。何かに当たった瞬間。
亜紗が店主に頭を下げて七天失星を鞘に収めこっちに向かって駆けてくる。その顔に浮かんでいるのは満面の笑み。
「どうだった?」
『最高。重さも長さも矛神と変わらない本当にぴったりの刀。周さん、ありがとう』
「礼を言われるほどじゃないさ。それに、その刀に惚れたのは亜紗だろ。オレじゃない」
オレなら完全に見逃していたほどた。亜紗は嬉しそうに頷いて鞘に入った七天失星を胸に抱いた。本当に気に入ったみたいだ。
「さてと、帰りますか。お前らは?」
「帰るところだ。一緒に帰ろうぜ」
和樹が気持ち悪いくらいに笑みを浮かべてウインクしてくる。本当に気持ち悪い。
オレは嫌々頷きながら外に出て、そして、動きを止めた。
向かいにあるビルの三階に灯りが灯っている。普通なら気にしないところなのだが、あそこだけは気にするところだった。
大規模談合事件があった談合場所。それがあそこだったはずだ。
「怪しいわね」
オレと同じことを思ったのか隣に立った冬華が口を開く。オレは小さく息を吐いてビルに向かって歩き出した。
だが、オレはすぐに足を止める。そして、そのビルの屋上を見上げた。
こちらを狙って弓を構えている姿がある。だけど、暗くて判断出来ない。狙われているのはオレだろう。
「周君、どうする?」
楓が手にブラックレクイエムを取り出しながら尋ねてくる。オレは少しだけ考えた。今のオレは戦力にならない。だからか相手は狙っている。
オレは小さく息を吐いた。
「レヴァンティン」
『ダメです。マスターを戦わすことは出来ません。ただでさえ傷口が治っていないのに』
「わかったわかった。待機。あの場所はすでに学園自治政府と警察が調べきったはずだ。奴らも他にないか確認しているだけだろ。で」
オレはこめかみをひくつかせながら左を向いた。そこにはいちゃいちゃしながら歩く七葉の和樹の姿。そして、二人に向かって頑張って伝えようとしているが伝わっていないからおろおろしている亜紗の姿がある。
オレは小さくため息をついて視線を戻すと、いつの間にか電気が消えて屋上の誰かもいなくなっていた。
「緊張感ない奴らだな」
「第76移動隊って本当に不思議よね」
「それには賛成する」
オレは小さくため息をついた。