第二十二話 交錯
真ん中から悠聖視点が入ります。
「はあ、今頃お兄ちゃんと都さんはいちゃいちゃしているんだろな。羨ましい」
ため息をつきながら由姫が周の部屋の方向を見て言う。それを亜紗はため息をつきながらスケッチブックを捲っていた。
『羨ましいのは由姫の方。クラスが同じだからって毎日いちゃいちゃしている』
「毎日はしていないし、毎朝おはようのキスで起こそうとしても何故か投げ飛ばされるし」
『それは由姫が悪い。戦場じゃ寝ている最中に襲われることもある』
「お兄ちゃんと同じ回答」
由姫は小さくため息をついた。そして、机の上に置いてあった資料に目を通す。
そこにあったのは周達が相対した幻想種のゲルナズムとエンシェントドラゴンについて書かれてあった。詳細な図と共に。
ゲルナズムは魔人の下僕であり石柱の魔神。過去には全ての生物の頂点に立っていた。対するエンシェントドラゴンは幻想種の頂点。音姫も昔に戦ったことがあるが勝てなかったと書かれている。
「どう思う? 幻想種について」
『矛神で一撃』
「いや、まあ、そうなんですけどって、もし大量に出てきたらどうするつもり?」
『頑張る』
「や、根性論を出されても。でも、こんなのが量産できるなら」
由姫は考えた。もし、ゲルナズムが量産されて学園都市に放たれた場合のことを。結果は全て阿鼻叫喚の地獄絵図になるだろうことは想像できた。
相対していない以上わからないが、資料の上ではその装甲を断ち切るのは難しく、周が倒した方法もほんの少しの割れ目にレヴァンティンを突き刺して魔力の刃呼び出して割る方法と、腹部を斬りつけて倒す方法。そして、頭部を全力で破壊する方法。
どう考えても普通の隊員じゃ対処出来ない。
「首謀者達を見つけないと大惨事になるかも」
『賛成。でも、今はナイトメア関連で忙しい』
「うん。ナイトメアもこっちも学園都市としては一大事だから。亜紗さんは今回のことはどう思ってる?」
『別件』
「ですよね」
ナイトメアと『悪夢の正夢』が共通しているとわかっていたからちょっとした希望を由姫は抱いた。だが、そこまで世界は甘くないらしい。
小さく溜息をつきながら自分のベッドに仰向けに寝転がる由姫。亜紗は由姫の持っていた資料を手に取った。
目を通してからそれを亜紗の胸の上に置く。
『でも、幻想種一派が動くなら体育祭だと思う』
亜紗の開いたスケッチブックを見た由姫が目をパチパチする。そして、亜紗の顔を見た。
「どうしてですか?」
『力を誇示するなら犠牲者はたくさんいた方がいい』
確かにそうだ。力を示すだけなら犠牲者がいればいるほど誇示しやすい。そういう意味では亜紗の言うように学園都市で行われる体育祭はうってつけでもある。
亜紗はさらにスケッチブックを捲った。
『問題点は第一特務が来ること』
「いや、まあ、そうなんですけどね。亜紗さん、自分で言ってありえないと思ってない?」
『少し』
その文字に由姫は小さく溜息をついた。第一特務が来る以上、リスクが高すぎる。下手をすれば第一特務だけで全滅しかねないからだ。
だから、亜紗自身もほとんど冗談のように言っている。
『だけど、嫌な予感はする。今回の幻想種一派の行動とナイトメア関連の事が同じ時期に起きていることが』
「どっちかを先に解決出来たらいいんだけどな。ここはお兄ちゃん任せで」
『自分で動かないと。まあ、由姫なら無理かも』
「喧嘩売ってますよね?」
由姫は小さく息を吐いた。そして、自分の腕を上に上げる。ちょうど部屋の灯りを遮る位置で止めて拳を握りしめた。、
「私はお兄ちゃんの拳だから、お兄ちゃんの力にしかなれない」
『私も。周さんは何でも一人でしようとする。別の言い方をすれば自己犠牲の塊』
「昔と比べたらかなりマシです。昔は他人を危険にさらすくらいなら自分が行くってくらいだったから。今はかなり落ち着いているけど」
実際は周の勘が極めて的中率が高く、それを従った回避が成功するので他人が行くなら自分が言った方が生き残りやすいというわけなのだが、由姫や亜紗にはわからない。
由姫は起き上がった。そして、亜紗の顔を見る。
「お兄ちゃんもさすがに今は動けないから駐在所で何か仕事がないか聞きにいきませんか?」
『私達に出来ることがあるかな?』
「行動あるのみ」
由姫は亜紗の手を取って立ち上がった。
「仕事はないな」
書類整理を片手間でしながらオレは由姫と亜紗の二人に告げた。
仕事と言ってもほとんどない。というか、周及び副隊長メンバーが仕事を仕切っているため書類整理ですら仕事はほとんどない。
「いきなり出鼻を挫かれました」
『さすがにこれは予想外』
二人が思いっきり肩を落とす。多分、周がいない今、周を楽にするために来たんだろうな。
「で、周隊長の様子はどうだ?」
『都といちゃいちゃしている』
「あー、はいはい。心配しなくて大丈夫だな。まあ、みんなが思うことは同じというわけか」
オレは整理していた資料をホッチキスで纏める。そして、それを向かいにある周の机に置いた。
これで報告書の類は終わったな。
「みんな?」
「二人だけじゃなくて、周が倒れたって聞いてからみんなここに来ているんだ。オレは出遅れた方だから仕事は書類整理しかなかったけど」
それだけで見ても周がどれだけ慕われているかわかる。倒れた時だからこそ、みんな周の力になりたいのだ。
オレはデバイスに出力装置を取り付けてメールを確認する。入って来ているメールの大半は仕事が終わったということだが、一つだけ荒事関連があった。
その内容ひ斜め上から斜め下に流し読む。
「オレは待機するから行けないけど、二人に適当な仕事だ」
「喧嘩の仲裁って」
由姫が苦笑いを浮かべたのがわかる。とある高校二つの番長とその配下が廃工場後で睨み合っているらしい。
こういう荒事なら二人が第76移動隊の中で一番適当だ。
『ひとっ走りして行ってくる』
「あっ、抜け駆けはしないでください」
二人が全力で走り抜けて行く。それを見ながらオレは小さく息を吐いた。
「若いって、いいよね」
「悠聖も十分若いと思うな」
その言葉と共にオレの背中に誰かの体重がかかった。オレの頬を黒髪が撫でる。この感覚でわかるからな。
「優月に比べれば」
振り返った先には優月がいる。少し離れた場所にはアルネウラの姿もある。アルネウラの姿は変わっていないが、優月の身長はいつもよりも高い。表すなら清楚な少女をそのまま大人にした姿。水色のワンピース姿だがそれがかなり似合っている。
優月は精霊としても特殊で成長する。誰もいないところでは大人の優月として現れる。別の言い方をすれば誰かがいれば狭間市の時から同じ姿でいる。
このことを知っているのはオレと周の二人だけ。精霊には周知の事実らしいけど。
『むう、二人でいい雰囲気になってる。悠聖の恋人は私なんだよ』
「わかってる。私は悠聖を盗む女狐だから」
『堂々と宣言するんだね。だったら、勝負するよ。第193回悠聖争奪戦で』
「望むところ」
オレは小さく溜息をつきながら二人を見る。相変わらず、二人の姿はいつ見ても見飽きないものだった。
ただ、193回も争奪戦をするのは勘弁して欲しい。
『争奪戦の内容はケイドロだよ』
「大人しく鬼ごっこにしろ!」
毎回つっこみを入れる立場を考えて欲しい。