第二十話 過去の記憶
結構重要な話です。周の過去の一部分でもあります。
あの日、オレ達は街を歩いていた。親から離れて四人だけで歩いていた。
オレと茜と楓と光。
いや、歩いていたはおかしいな。今、その光景をオレは見ている。あの時の記憶に焼き付いているように一番弱かったオレが一番後ろで茜と楓に手を引かれながら歩いていた。
あの時のオレは海道家の落ちこぼれと言われるくらいに魔術が使えなかった。代わりに茜は文字通りの天才だった。
あらゆる魔術をたった五歳でマスターした本当の天才。親族の誰もがオレではなく茜に期待していた。だけど、茜はオレに期待していた。
ああ、あの日の言葉が聞こえてくる。
「お兄ちゃん、楽しいね!」
無邪気な茜の笑み。その時はその笑みに隠された本当の意味がわからず、茜の笑みに癒やされていた。いや、もしかしたら茜に助けられていたのかもしれない。
あの時のオレは死んだら楽になるのかなと思っていた。迷子になっても心配してくれた家族が茜だけだったから。
「ほら、周君も行こうよ」
「置いておけばえうやん」
「駄目だよ。お兄ちゃんにそんなことをしたら」
あの日のオレが何か口を開いて話している。でも、何を言っているのか聞こえない。だけど、三人の顔が驚いたのがわかった。一体、何を言ったのだろうか。
でも、茜の目が悲しんでいるのがわかる。ああ、思い出した。あの時、オレは、
「僕を置いていった方がみんな楽しいと思うよ」
こう言ったのだった。
僕という言い方に懐かしさを覚えてしまう。あの時はそういう一人称を使っていたな。
「楓、茜、行こ」
その言葉を聞いて光が楓と茜の手を引っ張って歩き出す。それによってオレから手が離れた。
多分、この時にオレは安心していたのだろう。だけど、同時に感じていた。嫌な予感を。周囲の雑踏から感じる嫌な予感じゃない。だけど、この場にいたらダメだという予感があった。
だから、あの日のオレは走り出していた。そして、三人にぶつかって三人と一緒に倒れる。それと同時に周囲が赤く染まった。周囲にいた人が爆風によって吹き飛び、
「うわぁぁぁぁああっ!!」
オレは叫んでいた。その時、遠くからあの日のオレ達を見ていたはずの視界があの日の視点に鳴っていたからだ。
人がゴミのように吹き飛ぶ。そのほとんどが爆風によって四肢をもがれながら。その様子を四人の中では唯一オレだけが見ていた。だから、時々思い出す。悪夢として。
「うわぁぁぁぁああっ!!」
真っ赤に染まる視界。この時は何が何だかわからなかった。そして、左腕に受ける凄まじい痛み。
「がはぁっ」
その痛みにオレは飛び起きていた。そして、ようやく悪夢が覚めたことを思い出す。だけど、左腕の痛みがなくならない。見た目は普通だが神経の通らない左腕に『強制結合』は発動していない。だから、痛みは幻痛だろう。
だけど、その痛みは計り知れない痛みだった。いつもなら『強制結合』を外して痛みを感じなくするけど、これはそういうわけにはいかない。だから、痛みが残る。
「はぁはぁはぁはぁはぁ」
息が荒い。まともに空気を吸えていない。いや、過呼吸になっているのか? 頭が回らない。今の自分の状況がわからない。
怖い。恐怖が神経に走る。体が恐怖で硬直する。悪夢が頭の中に思い浮かぶ。あの日の光景が。
「うわぁぁぁぁああっ!!」
だから、また叫ぶしかなかった。混乱している。頭の中を恐怖がかき乱してくる。まともな判断が出来ない。ただ、あの時の光景だけが頭の中を巡る。凄まじい左腕の痛みと共に。
「あぁ」
駄目だ。もう駄目が。現実にいたくない。現実に、夢の中に行きたい。茜が笑って隣を歩いている夢の中に。
オレが歩けなくしたのだろ?
誰かの声が聞こえる。いや、これはオレの声。オレが思っている声。幻聴だ。幻聴だけど、幻聴だけど!
オレが茜からもらったのだろ? 茜がオレに全てを投げ出したのだろ?
聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。
もう、こんな世界、たくさんだ。
「誰か、オレを、殺して」
「周様!!」
その時、オレは誰かに抱きしめられていた。ようやく、視界がはっきりする。そこには心配した表情で寄り添う由姫と亜紗。そして、力強く抱きしめてくる都がいた。
ようやく、ようやく、頭が現実に戻ってくる。
「オレ、もしかして」
「うん。また、お兄ちゃんは見たんだね」
この中で唯一オレのこの姿を知っている由姫は頷いた。
『もしかして、ずっと?』
「うん。特にお兄ちゃんが白百合家に来た時は毎日。ずっと、ずっとあの日のことを悪夢で見ている」
『『赤のクリスマス』』
「はい。いつもの役目は都さんに取られたけど」
そうだ。そうだだった。いつもは由姫がオレを抱きしめてくれていた。ずっとずっとずっと。家が一緒だったからでもあるけど、それ以上にオレが由姫に依存していたから。
オレは体から力を抜く。この時にようやく幻痛はなくなっていた。
「ごめん」
「もう言わないでください」
オレの言葉に都の言葉が耳に響く。その声は泣いていた。だから、オレも涙を流す。いや、違うか。涙はもう流していた。
いつもと同じだ。違うのは由姫ではなく都に抱きしめられている。
「今日は都さんに後を任せようかな。亜紗さん、私の部屋に行こう」
『うん。今日、は、都に任せる』
そう言って二人が部屋から出て行く。だからか、都はより一層オレを抱きしめてきた。
「周様が狭間市に来るまで無理していたのはもしかして」
「強くなろうと、大人であろうとした。でも、本当の理由は忘れたかった。子供の頃なんて大人にらなれば忘れられると思ったから。結果は不相応な子供になったけどね。無理に大人になろうとした子供。姿と思考が一致しない違和感のある子供」
それがあの時のオレだ。都によって色々と発散出来たが、今でも時々悪夢として見てはいつも由姫に抱きしめられて目を覚ます。
過去の呪縛が未だに断ち切れていない。
「悪い、都」
「謝らないでください。周様がそこまで苦しんでいたなんて」
「茜も楓も光、中村もあの光景をちゃんと見てはいないからな。オレだけがあの光景を見ていた。だから、悪夢で見る。人が四肢をバラバラになりがら吹き飛んでいく様を」
「周様はそれを見たのですね」
オレはゆっくり頷いた。あれは人が死ぬ光景じゃない。
オレは都の背中を手を回して強く抱きしめた。
「左腕の痛みと、自責の言葉と、その光景が悪夢の中で繰り返される。だから、オレは悪夢を見る度に同じことになるんだ」
「だからといって、殺して、とは言わないでください。周様が死ねば悲しむ人がたくさんいます。由姫さんも、亜紗さんも、アル・アジフさんも、私も」
「悪い」
いつも心配される。今までは由姫だけだったけど、これからは都も。
「都」
オレは都を抱きしめたままベッドに倒れた。都は抗うことなく一緒に倒れる。ただし、端から見ればオレが押し倒された光景になるが。
「少しの間、こうしてくれ」
「いいですよ。周様の好きなように。私は周様になら何をされても大丈夫ですから」
「こういう状況では言わないように」
オレと都の二人しかいない状況では勘違いされるだろう。都のことだから本気かもしれないけど。
都はオレを抱きしめる力を強くした。
「傷は、大丈夫ですか?」
「何とか。オレの力がなかったらマズかったけど」
「金色夜叉、狭間の鬼の力ですね」
やはり都には隠せなかったか。都は断章という狭間の鬼が必要とした神剣を持っているから隠せないとは思っていたけれど。
金色の力。狭間市の最後に狭間の鬼から手に入れた力だ。だけど、それをどうして正が持っているかは気になる。でも、今は、
「鬼の力はすごいですね」
「すごくなんてないさ。即死の一撃は意味がないし、感覚が鈍る。なあ、都」
「なんでしょうか?」
オレの胸の上で都が首を傾げる。こんな顔を見たら我慢出来ない。
「キス、していいか?」
都の顔が真っ赤に染まった。真っ赤に染まって、そして、ゆっくり頷く。
オレはゆっくり都に顔を近づけた。そして、都とキスをする。
都とのキスの味は由姫や亜紗と同じだった。