第十九話 幻想種の滅び
正が静かに剣を鞘に収める。それと同時に断ち切った幻想種であるエンシェントドラゴンの姿は霧のように霧散した。
これが幻想種の滅び。幻想種と呼ばれる由縁。
「これで、一つ目の脅威は」
「動くな」
その言葉と共に正は周囲を見渡していた。周囲には楓とエレノア、そして、魔術書アル・アジフを開くアル・アジフの姿がある。
正がゆっくり溜息をついて剣の柄に手を乗せようとする。だが、それより早く首筋にアル・アジフの指先から生えた光の剣が迫っていた。
「動くなと言ったはずじゃ。そなた、何者じゃ? エンシェントドラゴンを断ち切ったといい、まるで、時間すら超越した転移といい」
「さすがに、かの有名なアル・アジフには違和感ありありだったね。わかっていたことだけど」
そう言いながら正が肩をすくめる。それを見たアル・アジフが肩の力を抜いた瞬間、正がアル・アジフの腕を掴んでいた。そして、引き寄せながらその体を後方に蹴り飛ばす。ちょうど楓がいる場所に。
エレノアは正に向かって杖を構えた。だが、そこには正の姿がない。代わりに、背後に気配があった。
振り返りながら杖で攻撃を受け止めようとする。だけど、エレノアに伸びてきたのは正の腕だった。そのまま正がエレノアの頭をなでる。
「確かに、背後を振り向きながらガードしようとする行動は正しいよ。でも」
呆然としているエレノアの杖を掴み、楓がいる方向に押し飛ばす。楓と再び空を飛ぶアル・アジフは飛んできたエレノアを受け止めた。
誰も武器を構えていない。だからこそ、正は剣を抜き放つ。
それに対して三人が離れて武器を構えた。
「どうやらやる気みたいだね。僕は戦いたくないのに。でも、仕方ないか。邪魔をするなら僕は君たちを」
その時、正は背後を振り返った。そこにいるのは都の姿。その手にあるのは片手用の銃。
正の腕が動く。剣は正確に銃を弾き飛ばし都の杖を受け止めていた。だけど、そこまで。都の蹴りが正の体に入る。
「フォトンランサー!」
「くっ、ファンタズマゴリア!」
都が放つフォトンランサーに対して正はファンタズマゴリアを発動していた。そして、気づく。失敗したと。
回り込む気配。でも、正は振り返ることが出来ない。回り込んだアル・アジフは魔術書を一気に開いた。
「ページ6、129、322、501、803!」
ページ数を叫びながら並列で大量の魔術を正に向かって放つ。正はファンタズマゴリアを維持したまま剣を握り締めた。そして、正の姿が消える。それと同時に少し離れた位置に正が現れた。
フォトンランサーとアル・アジフが放った魔術がぶつかり合い相殺していく。お互いに放っているアル・アジフと都は完全に驚いていた。
正が剣を構える。
「見事なコンビネーションだね。さすがの僕も本気を出すしかないようだ。もう一度警告するよ。これ以上戦うなら僕は君達を怪我をさせても責任は負わない。僕はあくまで海道周を助けただけなのだから」
「じゃ、一つ聞くけど。帯剣許可証は?」
楓がカグラを向けながら尋ねる。
『GF』や学園自治政府のメンバー以外の場合武器を持っている場合は帯剣許可証を必要とする。その時に帯剣する武器の登録が行われるのだが、それを持っているなら身分が簡単に割れる。
正は顔を逸らした。持っていないのと同じ意味だ。
「ともかく、そういうわけじゃからそなたを拘束させてもらう。異論はないの?」
「一本取られたね。でも、黙って拘束されるつもりはないよ。それに、この四人が相手ならいくらでも逃げ切ることは出来る。それでも、やるつもりかい?」
正の言葉に四人は無言で武器を構える。エンシェントドラゴンを単体で倒すほどの実力がある正はせめて身分だけでも明かさないといけない。
そうでなければこれから様々な不具合が出る可能性がある。
「そうだね。君達はそういう組織だ。今までも、これからも」
「そなたに危害を加えるつもりはない。じゃが、一本角とはいえエンシェントドラゴンを単体で倒すそなたを手放しにしておくわけにもいかぬ。出来れば、大人しくして欲しいのじゃが」
「お断りさせていただくよ。僕はソロでの活動だからね。力づくで来るなら僕も力づくでいかさせてもらう」
正が剣を鞘に収めて腰を落とす。それはまるで白百合流の剣技と同じ型だった。それに対してアル・アジフ達はそれぞれの武器を構え、
「ではね」
その声はアル・アジフの背後から聞こえていた。正の姿が消えてアル・アジフは慌てて振り返る。そこには天井に空いた穴から出て行く正の姿があった。
完全に出し抜かれた。だが、今の動きは完全に不自然だ。
「都、周は」
「周様ならメグさんに任しています。一応、気絶していらっしゃるだけなので」
「良かった」
楓が安堵の息を吐く。だけど、エレノアは険しい顔をしたままエンシェントドラゴンがいた場所を見つめていた。そして、おもむろに口を開く。
「アル・アジフ、エンシェントドラゴンは何?」
その言葉はその場にいた誰もが思う疑問だった。特に楓とエレノアの二人はそう思うだろう。
世界屈指の砲撃手である二人の射撃ですらエンシェントドラゴンに致命傷を負わせることが出来なかった。そして、ゲルナズムに至っては両断されても生きていた。
アル・アジフが開いていた魔術書を閉じる。
「幻想種。その存在がまさに幻想の中にしか存在していないあらゆる生物の頂点に立つ存在じゃ。特にエンシェントドラゴンは幻想種の長。その話はリースに聞いた方がいいかもしれぬな。リースはエンシェントドラゴンに友達がおる。エンシェントドラゴンの話はリースが詳しいじゃろう。ただ、今言えることは」
アル・アジフは少しだけ間を開けた。そして、エンシェントドラゴンがいた場所を見る。
「幻想種は死と共に世界に還る。それが幻想種と呼ばれる由縁でもあるのじゃ」
「幻想種は世界と同じ存在であるということですか?」
「そうじゃな。幻想種は極めて複雑な存在じゃ。世界と同意義でもあり、死ねば世界と同化する。常に見られることになるということじゃな」
つまり、エンシェントドラゴンだったものはここで見守っているということ。確かに、生物の頂点に立っていると言えなくもない。
アル・アジフは周囲を見渡した。
「しかし、幻想種を呼び出す方法が存在したとはの」
「説明をお願い」
エレノアの言葉にアル・アジフは頷いた。
「この世に幻想種は存在しない。そのはずじゃった」
「えっと、つまり、召喚ということ? 悠聖君のような精霊召喚と同じで」
「おそらく。もし、どこかの勢力がそれを出来るとするなら、世界は混乱するというレベルではないぞ。一体、どこの組織が」
アル・アジフの言葉に答えられる人はこの場にはいなかった。