第二十八話 亜紗
程よい大きさの月の光が差す広場で一人の少女は踊っていた。いや、踊るように握っている刀を振っていた。剣舞とでも言うのだろうか。少女が動くたびに空気は揺れて大気が動く。そして、動き自体が洗練されているから見る者を惹きつける。
唐突に少女は動きを止めた。刀を鞘に収める音と共に世界が元に戻ったような錯覚に陥る。
オレはそんな少女の動きを見終わって、拍手をしながら少女に近づいた。
「腕を上げたか?」
月明かりに照らされた少女は慌てて近くにあったスケッチブックを開いた。
『いつから見ていた?』
「最初から。それにしても、オレに気づかないとは感覚が鈍ったか?」
『周さんが凄くなっただけ。孝治さんに教えてもらった?』
「まあな。でも、それだけじゃないけど。ちょっといいか?」
オレはそう言いながら近くのベンチを指さした。戦闘の傷跡はかなり残っているが、ベンチだけはそこにある。
亜紗は小さく頷いてベンチに向かって歩く。
オレが先にベンチに座ると亜紗はオレに引っ付くように座ってきた。
『寒いから』
スケッチブックにはそう書かれている。
でも、本当は違うだろうな。
「オレ達がいない間、大丈夫だったか?」
『うん。体に異常は無いよ』
亜沙はスケッチブックを持たない手で力こぶを作った。だけど、すぐに表情を沈ませる。
『でも、アリエル・ロワソの行方はまだわからない』
アリエル・ロワソ。
おそらく、第76移動隊全員に関わってくる名前であり、オレ達の最大の敵とも言える。
『ES』の過激派筆頭で、アル・アジフと並ぶ『ES』の顔だ。最大の特徴は最高の天才にして最狂の科学者。
「仕方ないだろ。世界が懸賞金をかけてまで捜している奴だ。簡単に見つかるようならもう捕まっている。それに、見つけたとしても、真っ正面から戦えるのは音姉くらいだろ」
アリエル・ロワソは天才の中の天才と言ってもよく、今の音姉と互角以上に戦えるらしい。実際に音姉はそう語っていた。
悔しいことに、オレ達じゃ勝負にならない。
『でも、いろんなわかったことがあった』
「だろうな。どうだった? 世界は?」
『広かった』
亜紗は目を輝かせながらスケッチブックを捲る。
『本当に広かった。私がちっぽけな一人ということがわかった。世界を知れば、自分がまだ強くなれることがわかった。周さんも、体験した?』
「まあな。日本の中じゃ同年代どころか、全世代を含めて上位に入るオレでも、世界に出ればただの子供だ。その中で、世界を見て、現実を知り、未来への道を作る。オレはそう感じたな」
亜紗は嬉しそうに頷きながらスケッチブックを捲っていく。
『周さんが私を送り出した最大の理由が、本当の世界を知るためだよね?』
「まあな。オレやお前は、いつかアリエル・ロワソを捕まえないといけない。それがわかっていても、世界を知っておくことは必要だ。オレ達が生きるためにも」
『周さんは、アリエル・ロワソがいなかったらどうなっているか考えたことはある?』
「ない、と言ったら嘘になる」
アリエル・ロワソはオレ達がこの世界に進む原因を作り出した。その元凶がいなかったらどうなるかなんてよく考えることだ。
考えても過去が変わるわけじゃない。
「でも、オレ達は今を生きているだろ。だったら、もしもを考えすぎずにアリエル・ロワソとの戦いを考える」
『前向き。羨ましい』
「オレだからな。まあ、時々、自分の前向きさに嫌になるけど。あの事件で、失ったものが一番大きいオレが頑張るしかないだろ」
『でも、周さんが傷つくのは』
「わかってる」
オレは笑って亜紗の頭を撫でてやった。亜紗は嬉しそうに笑みを浮かべる。
本当は、もしもが実現して欲しかった。もしも、アリエル・ロワソがおらず、あの事件が発生しなかったら、みんな普通の幸せを手に入れたに違いない。
オレ達が普通の人生を捨てて戦うことを選んだのとは真逆の生き方をしていたはずだ。
それを、オレがいたから巻き込んだ。だから、もしもを考える。
『周さん?』
そんなオレの目に心配した顔の亜沙とオレの名が書かれたスケッチブックが入ってきた。
オレは首を横に振る。
「悪い。考え事をしていた」
『怖い顔だった。これからのこと?』
「ああ」
嘘でも言っておくべきだろう。
「鬼が動かないと決まったわけじゃないけど、動きにくいとは思える。今まで大きなことが無かったからな。動いた場合はクロノス・ガイアから連絡が来るけど、それまでは普通に暮らせるだろう」
『普通。少しの間だけ戦わなくていい?』
亜紗は嬉しそうに尋ねてくる。
亜紗は今まで戦ってばかりだった。おそらく、オレ達と離れてから一年ほど。
亜紗を成長させるために離したけど、成功と失敗は五分だな。
「ああ。訓練はあるけどな。その間に腕を鈍らせない程度。前線ほどキツくはないものさ。オレは全員分の転校手続きやら書類が大量にありすぎて大変なんだよ」
『頑張って』
「手伝う気すらないか。まあ、遊べばいいさ。亜紗は何をする予定だ?」
『アルさんに会いに行く』
亜紗はにっこり笑ってスケッチブックを見せてきた。知り合いだったのか?
『アルさんと会うのは五年ぶりだから早く会いたいな』
「五年ぶりってことは、オレと出会うちょっと前?」
『うん。周さんに出会う前、その前に私はアルさんに助けてもらって保護されてたの。でも、それを過激派の人に見つかって戦いになって、アルさんは私を逃がしてくれた。そして、出会ったの。周さんに』
あの日、オレは戦いが起きているという通報から一人でその場所に向かっていた。そして、その道中で出会ったのだ。みすぼらしい服装で刀を握って戦っている同じ年くらいの少女を。
オレは不意を突いて少女を襲っていた集団から助けた。だけど、逃げる際に足をやられて少し離れた洞窟の中で一夜を明かした。
その時に、少女が自分と同じであることを知り、少女の名前も知った。
それからだ。それから、オレと亜紗は同じ部隊で一年前まで行動していた。
『私は、自分が幸せだと思う。研究所にいた頃は実験ばかりで嫌になることがあった。でも、今は周さんと一緒にいられる。ただそれだけで十分』
「オレの場合は研究所の記憶がないから何とも言えないんだよな。でも、今、はっきり言えるのは今の暮らしは悪くない。みんなで一緒に任務をして、一緒の宿舎で夜を明かす。こういうの、今までなかったからな」
オレ達の繋がりはオレを中心に出来上がっていた。オレがみんなを出会わせ今に至る。
「そろそろ、戻るか」
『うん。明日から何をしようかな?』
「気楽に過ごせばいいさ」
オレはそう言って満天の夜空を見上げた。




