第十八話 幻想種殺し
正の言葉を聞いたオレは正の姿に見とれていた。オレのオリジナルであるファンタズマゴリアを使えたのにも驚いていたが、正の姿を見たオレの心臓が確かにトクンと跳ねたのがわかったからだ。
まるで、由姫や亜紗、都にアルが時々見せる愛おしい姿を見た時と同じように。
『二人目の金色の力だと。ありえん。貴様、何者だ!?』
エンシェントドラゴンの言葉に正は振り返りながら笑みを浮かべる。
「僕かい? ありえないことはありえない。それがモットーの最強の存在かな」
『我が前にいながら最強を名乗るとは。我が炎によって焼き尽くされるがいい!』
「スターミラージュ」
炎を吐き出そうとしたエンシェントドラゴンがその動きを止める。エンシェントドラゴンの周囲でスターミラージュが発生したからだ。もちろん、発動したのは正。
オレのものより精密で範囲が広い。
『我が主!』
オレはその声に振り返りながら迫ってきていた触手を叩き落とした。だけど、体中に痛みが走る。
『マスター! それ以上は危険です!』
「正、大丈夫か?」
「君は相変わらずだね。自己犠牲の塊だ。狭間市の頃からずっと」
「当たり前だろ。そうじゃなかったらオレはここにはいない」
正と背中を合わせながら笑みを浮かべる。金色の力を治癒能力にシフトしたので傷口はかなり塞がっている。ほとんど致命傷に近かったのに。
ゲルナズムは背後にいる都と正面にいるオレ達を警戒して動けないでいた。
「その傷で動けることが不思議でたまらないけど」
「金色の力は正も持っているだろ」
「なるほど。そういう使い方もありなのだね。応用が利かないから魔術強化に使っているけど」
「そんな使い方初めて知った」
オレは笑みを浮かべる。正との背中合わせは亜紗や由姫と同じような感覚があった。多分、どう行動するかわかっている。
お互いが金色の力を持つから話も合うし。
『貴様ら、何者だ? 貴様らは人か?』
「愚問だね。僕も周も人だよ。幻想種相手には引かない。周、何か切り札はあるかい?」
「ない」
残念ながら即答だ。特にエンシェントドラゴン相手には金色の力を纏わせた斬撃である金色夜叉じゃなければダメージが与えられないような気がする。
何か方法があればいいんだけど、思い当たることは一つもない。
「幻想種相手は久しぶりだからね。この装備だと対策が難しい。勝てないわけじゃないけれど」
『大した自信だな。ならば、我がその自信を打ち砕いてやろう!』
「ファンタズマゴリア」
正はエンシェントドラゴンの尻尾攻撃をファンタズマゴリアによって受け流した。そして、エンシェントドラゴンに向かって光の矢を放つ。しかし、光の矢はエンシェントドラゴンの皮膚に当たって散った。
今のは正の全力ではないだろう。もしかしたら、エンシェントドラゴンの実力を計るための矢か。
「魔術防御は極めて高いね。一本角にしては最高峰、いや、二本角クラス」
「どういうことだ?」
「エンシェントドラゴンには角がある。最大が三本であり、三本ならば幻想殺しの武器しか通用しない。二本は神剣が必要。一本ならまだ勝負はあったけど」
『我が前にひれ伏すがいい!』
吐き出されるブレスに対して正は展開したままのファンタズマゴリアで受け止めた。
正の話から考えると相手は神剣クラスの武器が必要というわけか。オレはレヴァンティンを握りしめる。
「レヴァンティン、例のあれは大丈夫か?」
『大丈夫です。とは言っても、色々危険ですよ』
「放射線というものは魔術で分解出来るんだろ?」
『理論上ですが』
レヴァンティンの言葉にオレは頷いた。どれくらいの危険性があるかわからない。だけど、今はその奥の手を出すしかない。
「正。エンシェントドラゴンの相手を頼めるか? オレはゲルナズムを先に倒す」
「大丈夫かい? かなり血を失っているだろ?」
正の声は完全に的を得ていた。ゲルナズムの触手による貫通された箇所はかなり大きく、致命傷になりかねないくらいだった。
もし、『強制結合』と金色の力が無ければ今頃出血多量で倒れているに違いない。
「だから、すぐに終わらせる。都! 準備は大丈夫か!?」
「はい!」
都が断章を構える。それを見てオレはレヴァンティンを鞘に収めた。
「行くぞ!」
地面を蹴りゲルナズムとの距離を詰める。ゲルナズムはオレに向かって触手を放つが、オレは前後左右だけでなく上下に激しいステップを行う。
横っ飛び、飛び上がり、宙返り、急降下、飛び込み前転、側転、ダッシュ。
様々な動きで大量の触手を避ける。そして、避ける度にレヴァンティンを鞘から走らせる。
触手を斬る。受け流す。返しの刃で切り捨てて前に進む。飛び上がりながらレヴァンティンを振り触手を斬る。そして、着地した目の前にゲルナズムが近づいていた。そして、オレに向かって先を向けるいくつもの触手。
だから、オレは前に進んだ。『天空の羽衣』を展開しながら治癒能力に振り分けていた金色の力を腕の力に振り分ける。
「モードⅣ!」
迫り来る触手をフォトンランサーが貫く。だけど、いくつかはフォトンランサーの雨を抜けて迫っていた。それを『天空の羽衣』が受け止める。
オレはレヴァンティンモードⅣを振り上げた。
『アクセルドライブ起動終了。バランサーシステム正常化確認。現世空間に浸食完了。いけます!』
「限定解除!!」
レヴァンティンの刀身が真っ赤に染まった。レヴァンティンのエネルギー源でもあるとある存在。その熱量を刀身に召喚する最大の技。
ついでに放射線と呼ばれる病気になりやすくなるものを纏わせておく。それをゲルナズムに叩きつけた。
軽い感触。レヴァンティンモードⅣの大剣はあまりの熱量にゲルナズムに当たった瞬間、ゲルナズムを斬りつけた点を融解させていた。そして、両断する。
『バカ、な。この力、まさか』
『ええ、そうですよ。あなたが魔科学時代に殺された時と同じ殺され方です!』
切断面から紫の煙が立ち上る。オレはレヴァンティンを引いて後ろに下がった。
『放射能の海に覚えて溶けなさい!』
『また、また、核の力で我は死ぬのか!?』
そして、ゲルナズムが一瞬にして燃え尽きた。オレはレヴァンティンから教えてもらった放射線となるものの除去魔術を周囲に発動する。
「周様!」
すると、オレの胸に都が飛び込んできた。そして、オレの体全体、主に貫かれた場所を見る。ペタペタ触りながら。実際はまだ傷口が塞がっていないけど。
オレはゆっくり振り返った。正がファンタズマゴリアを展開しながら守っていると思っていた。だが、そこには翼が同時に落ちたエンシェントドラゴンの姿がある。
正は空を飛びながらエンシェントドラゴンのブレスを回避していた。
『貴様!』
「頭に血が上っていたら、僕には勝てないよ」
急降下と共に振り下ろし。それは、エンシェントドラゴンの尻尾を根元から断ち切っていた。
エンシェントドラゴンは正に向かって体当たりを行う。だが、正の姿はそこにはなかった。代わりに腹を大きく切り裂く正の姿。
ゲルナズムはレヴァンティンが言う幻想種殺しによって倒すことは出来た。だが、エンシェントドラゴンだけは一人で倒せるような気がしなかった。
だけど、目の前にはエンシェントドラゴンとたった一人で戦う正の姿。
『消えろ!』
エンシェントドラゴンが放つブレスに対し、正はファンタズマゴリアで受け止めた。
「弱いね」
次の瞬間、正の姿はエンシェントドラゴンの反対側にいる。そして、剣で大きく斬り裂いていた。
すでにエンシェントドラゴンの周囲には大量のエンシェントドラゴンの血だまりが出来上がっている。それをしたのは正だ。
「さて」
正が動く。エンシェントドラゴンの胴体を半ばまで断ち切りながら。そして、正の姿が消えたと思った瞬間、エンシェントドラゴンが縦に両断された。
多分、エンシェントドラゴンは何が起きたかわかっていないだろう。それほどまでに強力な一撃。
それを見ていたオレの体が急に重くなる。そして、片膝をつく。どうやら限界のようだ。
オレはそのまま意識を闇に投げ出した。