第十七話 金色の力
目の前に存在する威圧感の塊。あまりの威圧感に前に踏み出すことが出来ない。桁が違う。素直にそう感じることが出来る。
メグは一歩後ろに下がっている。だから、オレは前に踏み出すしかなかった。
『ほう。我が前にいながら前に踏み出すか』
「オレの名は海道周。あなたは?」
『我か? 我が名はまだない。だが、我はこう名乗っておこう。あらゆる幻想種の頂点に立つ存在と』
幻想種。
今では伝説上にしか存在しない噂の存在。はっきり言うなら桁違いの実力を持つと聞いている。だが、存在しないためその力を計ることは出来ない。
だから、目の前にいる存在の力がよくわからない。でも、相手にしたくないというのはよくわかる。
「レヴァンティン、いけると思うか?」
『難しいですね。むしろ、止めた方がいいかもしれません。おそらく、一人で戦うような相手じゃないと思います』
レヴァンティンと同意見だ。せめて孝治がいれば何とかなりそうだが、場所自体が反対側だったから来れないだろうな。
楓とエレノアの二人は多分退避している。
ドラゴンに対して近距離での射撃はかなり危険だからだ。今頃、応援を呼んでいるに違いない。
『我に刃向かうつもりか? 諦めるがいい人の子よ。我に勝とうなど世界がひっくり返っても不可能だ。だから、大人しく』
嫌な予感が体を貫いた。オレは後ろに下がりながらメグの体を勢いよく後ろに押す。それと同時に視界を何かが通り過ぎた。
角ありドラゴンの尻尾。
それが遠心力を利用して振られた。その速度と質量から考えて『天空の羽衣』は一撃で砕かれる。
「まじかよ」
『我に喰われるがいい。特に、貴様は特別みたいだからな。金色の力が宿っている』
オレはレヴァンティンを握りしめた。やはり、ただのドラゴンじゃない。金色の力をわかるなんて。オレはまだ体中に待機させている状況だぞ。
これが幻想種というものか。
「レヴァンティン、サポートは頼むぜ」
『わかっています』
レヴァンティンの言葉と共にオレは体の中にあった力を凝縮させる。この力にオレ特有のバランスだけの高さはない。力を一点特化させるオレの性能とは別物のものだ。だから、使い時を間違えるわけにはいかない。
染み渡らせるのは反応速度。相手の攻撃に対して対応出来る速度が必要だ。
レヴァンティンを両手で握りしめる。そして、前に踏み出した。
『愚かな!』
角ありドラゴンの体が回転する。先ほどと同じ遠心力を使った尻尾を叩きつける攻撃。それに対してオレは握りしめたレヴァンティンに魔力を纏わせて振り下ろした。
レヴァンティンに伝わる軽い感触。それと同時にオレの横を何かが通り過ぎる。それは、尻尾の一部。
「燕閃!」
オレはすかさず角ありドラゴンに向かってレヴァンティンに纏わせた魔力の刃を放った。地面を蹴りながらさらに前に進む。
『人間の分際で!』
角ありドラゴンが動く。口を開き、オレに向かってブレスを吐く態勢になっていた。だから、オレは最大のオリジナル技を発動する。
「ファンタズマゴリア!!」
魔力を凝縮させて多角の錘を作り出す。それを何十重にも重ねた対一方向射撃用の最硬のオリジナル防御魔術。
角ありドラゴンが吐き出した白い炎は全て受け流した。だが、受け流した方向にあった地面や壁はドロドロに溶けている。
「おいおい、当たれば一撃かよ」
『マスターのファンタズマゴリアは相変わらずの防御力ですね』
吐き出された白い炎のおかげで前に進む道すらドロドロに溶けている。これだと空戦を仕掛けるしかなくなる。
『今のを受け止めるか。長きに渡る夢から覚めたかいがあったというものだ。我が力になるには十分な素質』
角ありドラゴンが笑っている。不気味なまでの笑みを浮かべている。ファンタズマゴリアは極めて強力だが、連続発動が出来ない。
今は他に手段を見つけないと。
『我が糧となれ!』
「幻想種の弱点さえわかればな!」
地面を蹴って空中に作り上げた魔力の足場に乗ろうと覚悟を決めた瞬間、上から嫌な予感が襲いかかった。
見上げる隙はない。だから、唯一の安全圏である後ろに向かって跳ぶ。それと同時にオレがいた場所に何かが降ってきた。通路であった昆虫を大きくした存在。
『ゲルナズムか。久しいな』
角ありドラゴンが懐かしがるように言った。その名前を呼ばれた昆虫が角ありドラゴンの方を振り向く。
『我が主。盟約に従いあなた様を守っていましたが、我ら一族の力が足りないばかりに』
『大丈夫だ。気にはしていない』
『思い出しました』
オレの手の中にあるレヴァンティンが小さく呟く。
『ゲルナズムとエンシェントドラゴンです』
「ゲルナズム?」
レヴァンティンを鞘に収めつつ腰を落とす。
『ゲルナズムは魔神の下僕。石柱の魔物です。エンシェントドラゴンは神によって創造された至高の存在』
「んな大物が相手かよ」
どちらもどう考えても勝てない。オレからすれば神の存在はあまりに認めたくないが、ゲルナズムとエンシェントドラゴンを見ている限りそうは言ってられない。
「こんな奴ら見たことないぞ」
『魔科学時代でゲルナズムは。エンシェントドラゴンは資料の中でしか見たことがありません』
どこの資料かは聞かないでおこう。どう考えても大変なくらいの大事になるに違いない。
オレはメグの姿を確認する。メグは完全に座り込んでいた。周囲に敵の姿はないから目の前の二体と真っ正面から戦うことが、いや、出来ない。
「囲まれているな」
オレは周囲を見渡した。姿は見当たらない。でも、存在は隠すことが出来ない。
ばらまいた魔力にはゲルナズムの小型が数十匹確認出来た。
『ほう。今のを気づくか。人とは面白いな。だからこそ、殺す価値があるというものだ!』
「黙っていればてめぇは何様のつもりだ? 人は餌か何かか?」
『人など生まれた価値のないただの人形だ。我の栄養になるべくして生まれた存在。抗うがいい。我は、それを超える力で叩き潰して』
「人は道に迷っている」
レヴァンティンを鞘から抜き放つ。この数相手に初撃の紫電一閃は有効かもしれないが、小型のゲルナズムに連撃が通用するとは限らない。
「常に道を探している。子供も大人も。確かに、オレは人形かもしれない。あの事件をまた起こさせたくない、オレみたいな人間はもう十分だったから、戦うことを選択した。幼いオレなりに考えて。それが大人達の思惑通りだったとしても、オレは道を探す。誰かを犠牲にして世界を救えたとしても、それは世界を救えたことにはならない。世界を救うということは、自分も仲間も知り合いも誰もかも救うこと。それを達成出来る唯一の道を」
『貴様は何を言っている?』
エンシェントドラゴンが不思議そうに首を傾げた。それに対してオレは笑みを浮かべる。
「道を探す邪魔をするなら、オレは前に進むことを選択する。例えそれが後悔するとしても、前に進む。だから」
オレはレヴァンティンを振り上げた。
「時間稼ぎに付き合ってくれてありがとう」
その瞬間、周囲で姿を隠していた全ての小型ゲルナズムが爆発した。防御魔術をオレとメグにかけて飛び散る破片を受け止める。
『何をした!』
ゲルナズムがオレに向かって突撃しようとした。だが、オレの前に着地した人物がゲルナズムに向かって手をかざすと、ゲルナズムが全く前に進まなくなった。八本の足は絶えず動いているのに。
「遅れました?」
都が振り返る。それに対してオレは首を横に振った。
「ナイスタイミング。さてと、反撃開始と行きますか」
『貴様。我に嘘をつき時間を稼いだか?』
「嘘じゃないぜ」
やはり、エンシェントドラゴンはそう感じたか。
「年不相応に過ごした時期があった。その時はオレと大人の思惑が合致したからだけど、だからこそ、オレはここにいる。オレとしての年齢の違和感があったからこそ、今のオレがある。お前らからすればちっぽけかもしれないが、オレの考えはオレだけのものさ。時間稼ぎという役割と共にオレの本音を述べさせてもらった。本音を言えばちゃんと聞いてくれると思ったからな」
『人間の分際で我を試すとは。ならば、今ここで焼き尽くしてやろう!』
エンシェントドラゴンの口が開く。それに対してオレはファンタズマゴリアを発動しようした瞬間、光が降り注いだ。
エンシェントドラゴンが空に向かって炎を放つ。
「スターミラージュ!」
すかさず術式を変更して魔術を発動させる。レヴァンティンのサポートが無ければ無理な技だが、発動した魔術は放たれた炎の前にキラキラと細かな輝きとなっている。
そして、炎が包み込んだ瞬間、炎が不自然な軌道を描いてエンシェントドラゴンに降り注ぐ。
天空属性の中で上級のスターミラージュは発動時に凄まじい魔力を必要とするが、攻撃を歪曲させて反射することが出来る。
問題点があるとするなら、発動時の魔力消費と反射時の魔力消費がイコールということだ。
エンシェントドラゴンはボロボロになった翼で炎を受け止めた。
だが、さらに光が降り注ぐ。
「今の内に」
オレは地面を蹴った。力を再凝縮させる。反応速度に出していた力を戻してレヴァンティンを握りしめる。
『させるか!』
だが、ゲルナズムが飛びかかってくる。都が固定したのは都との狭間の距離であり、都以外に対しての距離には何ら力が働かない。
ゲルナズムの弱点はお腹の部分。地面を蹴りながらレヴァンティンを振り上げる。レヴァンティンの刃に金色の魔力を纏わせる。
「金色夜叉!」
大上段からの全力の振り落とし。ゲルナズムは真っ正面から突っ込んできた。だが、金色の魔力を纏ったレヴァンティンはゲルナズムを簡単に両断していた。
『ゲルナズム!』
エンシェントドラゴンの声が鳴り響く。オレはさらに地面を蹴ってエンシェントドラゴンに向かって走る。
空からの援護と背後からの援護。二方向からの援護射撃にエンシェントドラゴンは目標を定めていられない。
レヴァンティンを握りしめ、金色の一撃を与える。それが最善の策。
「周様!」
だが、それをするより早く、都の言葉と共にオレの体に何かの衝撃が走った。
「かっ」
肺から空気が漏れる。いや、空気と一緒に血が飛び散る。触手の先っぽと共に。
いつもの感覚が無かったのに。
触手が突き刺さったまま空中での静止。ファンタズマゴリアを使える体調じゃないからさっさと脱出しないと。
「くそっ」
オレはレヴァンティンで触手を断ち切った。触手という支えを失ってオレの体は落下する。そして、受け身を取れずに地面に叩きつけられた。
息が詰まる感覚をこらえて治癒魔術を発動する。レアスキルの『強制結合』で細かな部分はサポート出来るが限界はある。
「倒した、はずなのに」
オレはゆっくり体を起こした。いつの間にか復活したゲルナズムとエンシェントドラゴンに囲まれている。都はメグを守るために動けない。
『幻想種を甘く見るとはな』
「レヴァンティン、ドライブは制御出来るか?」
『今は逃げることだけを考えてください』
絶望的か。
『やはり、その絶望に染まった顔は素晴らしいな。貴様を喰らってやろう。その金色の魔力もな』
エンシェントドラゴンの口が開く。ファンタズマゴリアの発動は出来ない。
走馬灯のように蘇る光景。
大切な家族であり、義理の、妹である由姫。
オレと同じ体を持ち、懸命に生きる亜紗。
オレをずっと慕ってくれる都。
常にサポートしてくれるアル。
そして、何故か正の顔が思い浮かんだ。狭間市以来一度も会っていない正の姿が何故か。
「周様! 逃げて!」
ゲルナズムの触手を迎撃しながら都が叫ぶ。逃げる時間はない。感覚がそう教えてくれる。
『さあ、死ぬがいい!』
降り注ぐ光の雨をものともせず、エンシェントドラゴンの口から白い炎が吐き出された。もう、逃げ場はない。
「周!!」
空から聞こえるアルの声。ああ、オレはこんなところで死ぬのかな?
白い炎から床に視線を移す。多分、何一つ残らない火力だろう。だから、目を逸らす。
「ファンタズマゴリア」
だけど、その声にオレは顔を上げていた。
そこには、金色の色をしたファンタズマゴリアを展開する女性の姿があった。オレの記憶の中から一切変わっていない女性の姿。
「海道、正」
オレは小さく女性の名前を呼ぶ。女性はファンタズマゴリアを展開しながら振り返った。
その手に時計の針がたくさんついた剣を握りしめて。
「今の君は、僕が守るよ」
次回、正が大暴れします。