第十六話 幻想種
タイトルについて語られるのは次の話です。
鞘からレヴァンティンを抜き放つ。レヴァンティンは簡単に前にあった巨大な木の根を切断した。これで八ヶ所目。
切断した木の根は一瞬にして消滅する。
「これも消えたわね。どういうこと?」
「多分、木の根は本物じゃない。魔力によって形取られたもの。侵入者の行動を阻害するためのものだろうな」
アルがいればそういうものの解析を任せることは出来るだろうが、少し前の分かれ道でオレ達は二手に分かれた。オレとメグ。アルと都。戦力的にはオレ達の方が弱いがメグをサポートできるということでこういう風にしたのだ。
周囲がそこそこ動けるほど広く、天井もかなりの高さであるからだけど。
まあ、今は分かれて失敗だと思っているけど。
「そんな魔力をどうやって? 確か、大きくなればなるほど必要魔力が比例するって聞いたことがあるけど」
「問題がそれだ。こんな大きさを作ろうと思えば人三人くらいの命を生贄にしないといけない。でも、そんな事件があったなら誰も立ち入っていないのはおかしい」
そう言いながらオレは床を指で撫でた。指についた大量のほこり。それを払いながら前を見る。前に広がっているのは漆黒の空間。
メグはゆっくり振り返った。多分、今までの道を思い出しているんだろうな。今までは電気が通っていたのでオレ達は何の障害もなく到着することが出来た。でも、これからは電気が通っていないのか暗闇が広がっている。
「はぁ、お兄ちゃんみたいな魔術の素質があったらな?」
「北村信吾だっけ。炎の魔術素質を持ったAAランクだった人だよな?」
「うん。三年前に死んじゃったけどね。お兄ちゃんは炎と光が得意だったからこういう暗闇はさぞ照らしていただろうなって」
「そうだな。まあ、それくらいなら普通にできるし」
オレは前の空間に向かって光を放った。一定時間、停止した周囲で光だけを撒き散らすライトシャワーだ。殺傷能力すらないので戦闘では全く使用できない。でも、こういう時には本当に便利だ。
通路を光が照らす。そこにあるのは虫一匹もいない通路。それを見てオレは眉をひそめた。
「ありがとう。あれ? 周? 顔が怖いよ」
「悪い。おかしいなと思って」
メグは不思議そうに首をかしげた。違和感を感じて欲しかったけど。
「この工場が停止になってからの帰還を考えても虫が入っているはずなんだ。でも、それが一匹もいない。この先に、何かがある」
「この先に何かがあるの」
アル・アジフは前に広がる通路を照らしながら口を開いた。その言葉に都も頷く。
「そうですね。虫一匹もいない場所。周様から聞きました。一部の昆虫は暗いところを好む。そして、廃棄された工場では必ずその存在を確認できる」
「確認できない場合は人の介入がある可能性がある。基本的なことじゃ。これ以上先に進むのは危険かもしれないの」
そう言いながらアル・アジフが背中を向けようとした。だが、何かの視線を感じて自らの魔術書でもあるアル・アジフのページを開く。
「どうかしました?」
「何かいる。何かはわからぬが」
周囲に視線を出すがなんの姿も見当たらない。本当にいないのか、『悪夢の正夢』がいるのかはよく分からない。
アル・アジフは静かに歩を進める。そして、天井を見上げた。
「上じゃ!」
その言葉にアル・アジフと都が同時に飛び退いた。お互いの体を蹴るようにして強制的に離れる。それと同時に降ってくる姿。不気味なまでの大きな八本足をした昆虫の様なもの。だが、その体には不自然なまでに甲羅で覆われている。そして、顔はまるで岩のようにごつごつしていた。
「ゲルナズムじゃと」
アル・アジフは驚愕の表情その昆虫の様なものを見ていた。都が断章を構える。
「知っているんですか?」
「太古の昔に存在していたとされるあらゆる生物の長じゃ。そんなものが存在しているとは」
その瞬間、甲羅が蠢いたように見えた。それと同時に何か細長いものが都に向かって放たれる。都はそれを狭間の力で作り出した防御魔術で受け止めた。体が衝撃で後ろに下がる。
防御魔術を展開しながらデバイスの力を借りて並列処理。そして、フォトンランサーを20の数だけ展開する。
「吹き飛んで!」
そのまま放たれるフォトンランサー。だけど、その全ては甲羅によって弾かれた。
「出力が足りない?」
「そいつの弱点は腹じゃ! 背中は甲羅が覆い、頭には岩石が融合しておる。狙うなら最大出力による一点砲撃か腹を直接打つかじゃ!」
アル・アジフは狭い通路の中を腕から光の剣を出しつつ動き回る。迫りくる細長い触手をアル・アジフははその手でたたき落としていく。しかし、相手の方が手数が多いからかアル・アジフですらだんだん押されていく。
都はすかさずフォトンランサーを放った。狙うのは関節部分。だが、甲羅が蠢きフォトンランサーを受け止める。あの場所を放っても意味はない。
「アル・アジフさん! 二秒間だけ動きを止められますか!」
「それくらいなら余裕じゃ。時の鎖!」
アル・アジフが魔術書アル・アジフを開くと同時にゲルナズムの体を半透明の鎖が縛り上げた。その瞬間に都は防御魔術を解いて走り出す。だが、体は縛っても触手は動いている。
都は断章を握り地面を駆ける。
「剣となれ!」
周囲に浮かぶフォトンランサーが剣となり、迫りくる触手を切り払った。そして、そのままゲルナズムの舌を駆け抜ける。フォトンランサーの剣であるフォトンソードで腹を切り裂きながら。
そして、アル・アジフの隣で停止した。それと同時に鎖が砕け散る。
「化け物じゃな。時の鎖で三秒しか持たんとは。しかも、腹を切り裂かれてなお、まだ生きておる」
ゲルナズムが二人を睨みつけている。睨みつけているのは主に都の方だ。
「いえ、もう倒しましたよ」
都がそうにっこり笑みを浮かべた瞬間、閃光が走り抜けた。それと同時に響き渡るゲルナズムのものであろう叫び。ただ、ほんの一言、ギャに近い音にしか聞こえなかった。
アル・アジフが腕で顔を守りその腕を下ろしてみると、そこにはこっぱみじんに吹き飛んだゲルナズムの姿があった。
アル・アジフは小さくため息をつく。
「空間圧縮型時限爆弾かの?」
「はい。狭間の魔力を予備用に圧縮させておきました。備えあれば憂いなしですね」
「そうじゃな。じゃが、周の方は大丈夫かの?」
二人は来た通路の方角を見る。分かれ道で別れた二人は総合力ではこちらが上だ。だから、心配しているのだろう。
「戻りますか?」
「いや、そうは言ってられないみたいじゃな」
アル・アジフが振り返る。これから向かう通路の先は光で照らされている。そこに、たくさんのゲルナズムの姿があった。
二人が同時にお互いの武器を構える。
「まずは相手の殲滅を。おそらく、この先に何かがある」
「わかりました。断章、行きますよ」
そして、二人は同時に魔力を収束させた。
「こなくそ!」
オレは地面をスライディングしつつ触手を避けてそいつの腹に鞘から抜き放ったレヴァンティンを一閃した。降り注ぐ赤色の血は防御魔術で受け止める。そのまますぐさま立ち上がり、目の前にいた蜘蛛と亀と岩を合体させたような甲虫の甲羅にレヴァンティンを突き刺した。
ほんの少しだけ突き刺さる剣先。
「幻影斬!」
その瞬間、レヴァンティンの剣先が膨れ上がったかのようになった。そして、甲羅を大きく割り昆虫の体の中を正確にレヴァンティンで貫く。そのままオレはレヴァンティンを振り払った。ガキンと音が鳴り響き、昆虫の体をほとんど両断する。
そのままレヴァンティンを両手で握り締めて飛びかかってきた昆虫に向かって振りかぶった。
「モードⅣ!」
力任せに大剣となったレヴァンティンを振り切り昆虫の頭部を破壊する。慣性のまま向かってくる体は上手く掌で捕えて後ろに投げ飛ばした。
「はぁ、はぁ、はぁ。メグ、無事か!」
「な、なんとか」
レヴァンティンを鞘に納めてメグの声がした方を向く。そこには、真っ赤な血で服を染めたメグの姿があった。ただし、外傷はなし。その前には動きの無い昆虫が横たわっている。
「うへっ、汚い。これ、どうしよ。べたべたして気持ち悪いんだけど」
「生物の血は防御魔術で受け止めろよ。浄化する」
オレはすかさず水属性の魔術であるクリアを発動した。それと同時にメグの体にかかった血を無害なものに変換してかつべたべたしないようにしながら色を透明にする。移動するにはできないからこれで我慢してもらおう。後は、におわないようにしておかないと。
「それにしても、周は凄いね。私が一体倒している間に八体も倒すんだもん」
「アルか都のどちらかがいればもっと楽だったんだけどな」
あの二人なら確実に三体同時に戦える。それにしても、オレは生傷が多いな。おもに、地面を滑ったり壁に激突しながらも回避したりと、かなり無茶な行動をとっていたし。
メグが無色になったものの、重さがあって違和感があるからか自分の服を鼻で嗅いでいた。
「匂いは無しと。というか、よくよく考えてみると、私が最初に戦った魔物?」
「魔物ってレベルじゃないな。この通路の広さだから戦えたけど、開けた場所なら三体か四体しか同時に戦えない。オレのレベルで。こんな奴が大量に生産されていたら話にならないぞ」
「そうかも。私もかなり苦労したから。関節部についても意味はないし、触手を一本一本落としていくのは面倒だったし」
「だろうな」
そんな面倒なことをしていたら囲まれて殺されてしまう。昆虫だから腹が弱点かなと思って正解だった。そうじゃなかったらメグが危険だったかもしれない。
「先に進もう」
「えっ? ま、また、同じ奴が出てくるかもしれないわよ。だ、だからね、ここはいったん引いて」
「オレの感覚だが、メグは学園都市の地域部隊でかなりの上位に入る実力だと思うんだ」
急な話にメグがきょとんとする。
「えっ? あっ、ありがとう」
「そんなメグで一対一が限度なら、もし、大量に世の中に光を浴びたらどうなる?」
「阿鼻叫喚よね」
「『GF』にはそれを未然に防ぐことも必要だ。でも、お前が嫌なら戻っていい。防御魔術を多重にかけておくからそれで外には出れるだろう」
実際に、これ以上メグが来るのは危険だ。でも、『GF』である以上、前に進まないと街に危険が及ぶ可能性だってある。そんなことになる前に食い止めないと。
「ちょっと待って。防御魔術を私にかけておくってことは、周の魔術処理が遅くなるってことよね?」
「仕方ないだろ。オレは『GF』だ。だったら守る。それだけのこと」
それに、そんなハンデを負うが、人目をなくなることを考えたらあの力を使うこともできるしな。
だけど、メグはため息をついた。
「私も一緒に行く。周が守ってくれるんだよね? だったら、こっちの方が安全よ」
「そうか。じゃ、行くぞ」
オレ達は歩き出す。周囲の気配を感じ取りながらもレヴァンティンを握り締める手は緩めない。何かがいれば一撃で切り捨てれる準備をする。通路を上下左右に見渡しつつ前に進む。
どれくらい歩いただろうか。息を殺し、足音を一人だけ殺し、気配を一人だけ殺して通路を進んでいると、急に通路が開けた。いや、空間に出たのだ。今まで明かりを照らしていたからかわからなかったが、電気がついている。
広大な空間。もしかしたら、模擬戦でもできそうなくらいの広大な空間の真ん中に卵のような存在があった。いや、ようなじゃない。事実、卵だ。その前にいる一人のローブを着た男。
「来たか」
そいつが声を挙げた。オレはレヴァンティンを握り締める。
「そう警戒しなくてもいい」
「そう言われても、警戒するものは警戒するんでね。何者だ? ここは廃墟になっているはずだが?」
「知っている」
男が小さく笑みを浮かべた。その笑みにどこか見覚えがある。どこだったか思い出せない。でも、どこかで見たことがある。
その瞬間、目の前を赤が包み込んだ。実際に包み込んだんじゃない。崩れた街並みを炎が呑みこんでいる。そして、聞こえてくるのは助けを呼ぶ声と人の肉が焼ける音と匂い。
オレはその場に片膝をついていた。息が荒い。思い出してしまった。いつもは思い出さないようにして時々悪夢で見る『赤のクリスマス』の光景を。
「周!」
「私はまだ何もしていないぞ」
駆け寄ってきたメグが男を睨みつけているのだろう。だからか、男はどこか不満そうな声だった。
「よくここまで来たな。ゲルナズムの群れを通り抜けて」
「あれは、お前らの仕業か」
吐き気をこらえながらゆっくり立ち上がる。そのことばに男は笑みを浮かべていた。
「そうだとも。護衛としては素晴らしい能力を持っていてな。まあ、抜けられる可能性はあったから予想外ではないが、足止めには十分だったな」
そう言いながら男は卵の表面を撫でた。まるで脈動しているように蠢く卵。そこからは不気味な気配と嫌な予感を感じていた。
まるで、あれが孵化したなら最悪の事態になるかのような。でも、魔力を上手く練ることが出来ない。まるで、起きたばかりであるかのように動きが遅い。
あの光景を思い出したからか。
「ああ、これか」
だから、オレはレヴァンティンを二回叩いた。
「これは鍵だ。我らの悲願へ向けた第一の鍵。素晴らしいだろう? これが孵化した時、この学園都市は火に包まれる」
「ふざけるな! そんなことをして、たくさんの人を殺して何の意味がある! 『赤のクリスマス』を再現するつもりか!!」
「そうだとも」
その瞬間、オレの中で何かがはじけた。そして、感覚が冷静になってくる。弾けたのは金色の塊。どうやら、本気を出せと言うことか。
「世界を救うために、学園都市は最初の犠牲となってもらう」
「世界を、救うため?」
メグが声を漏らした。どうやら、こいつらが『赤のクリスマス』を引き起こした集団のようだ。許せない。許せない。こいつは、こちらだけは、オレが。
だふが、レヴァンティンが微かに震えてオレは動きを止めた。ようやく位置についたか。
「さあ、孵化を止めたければ私を倒すがいい。私は、弱くはないぞ?」
「いや、もういいさ。間に合ってよかった」
その瞬間、巨大な光が卵に直撃した。爆発によって男が吹き飛ばされる。それと同時に放たれる炎のレーザー。孵化する前に遠距離射撃を行えた。
奴らの言う卵は破壊出来た。これで、大丈夫だ。そう思っていた。
卵のあった場所で何かが蠢く。それは、巨大な尻尾。爆炎が晴れると同時にその姿がわかってくる。全長は30mほど。その頭には特徴的な角があり、翼はボロボロであるものの、とある魔物に似ていた。
「ドラゴン?」
メグが小さくつぶやく。レヴァンティンを握り締める手に力がこもる。いや、ドラゴンなんかじゃない。そんな小さな存在じゃないと思った。まるで、神々がその場にいるような威圧感。
『我の眠りを妨げるのは貴様らか』
そして、ドラゴンの声が周囲に鳴り響いた。