第十二話 七天
多分、アル・アジフが捜す武器の中で一番性能がおかしいのは七天だと思います。
放課後。学校から解放されて学生が自由となる時間。アルバイトに精を出す人もいれば商業エリアに遊びに行く人もいる。
そんな放課後にオレは商業エリアの中央にある広場に来ていた。服装は今時の服装を頑張って着ている。任務じゃない。オレは今日非番だからだ。
さすがの『GF』でもほぼ毎日参加すれば労働基準法に抵触するらしく一回オレが注意を受けた。オレ自身のことで。だから、非番の日を月に二日作っている。それが今日。その日にオレは広場にいた。
ベンチに座って時計を見ている。少し早く来すぎたか?
すると、オレの目の前にスケッチブックが現れた。
『待った?』
みんなとちゃんとコミュニケーションを取れるように作った傑作中の傑作。今では少し性能が落ちたものが失語症や難聴の人達に大人気となっている。
何となく作ったら何となく出来上がったものなんだけどな。
「いや、待ってない。さてと、行きますか」
『うん』
オレは人ごみの中をはぐれないように亜紗の手を握った。
「せいやっ!」
由姫の右の拳が都の作り出した防御魔術を砕く。そして、そのまま地面を踏みしめて左の拳を放った。だが、都はそれを断章で受け流しつつ片手でナイフを取り出しながら投擲する。
由姫はすかさず後ろにステップを踏みながらナイフを弾いた。そして、前に出る。その時には都も断章を振り切っていた。
拳と断章がぶつかり合い、お互いに弾かれる。
そんな覇気迫る模擬戦の様子をアル・アジフと冬華は近くから見ていた。
「今日は気合い入っているわね。何かあるの?」
「抜け駆けじゃ」
アル・アジフが拳を握りしめている。それを見た冬華は苦々しく笑うしか出来なかった。
「亜紗が周とデート。我だって、我々だって」
「完全にデートってわけじゃないでしょ。亜紗は確か見回りだし」
「商業エリアでの」
アル・アジフの言葉に冬華は納得する。亜紗は見回りしながら周とデートというわけだ。周も元から商業エリアを回るつもりだったのだろう。
だから、みんな覇気迫っている。都なんてフォトンランサーを50ほど展開しながら戦っている。
これは模擬戦なのに。
「私も悠聖とデートしたいな」
「そなたなら大丈夫じゃろ。悠聖のハーレムに入っているしの」
「アルネウラも優月も私からしたら妹よ。邪険に思う必要はないわ」
実際に悠聖は冬華のことを大切に思っている。ただ、アルネウラと付き合っているからどうしようもない状況だ。
ちなみに、アルネウラ一人と付き合っており優月は付き合っているかのように振る舞っているだけである。
「そうじゃな。悠聖はまだそっちの常識があるからいいが」
「周は朴念仁に近いから。特に、恋愛に関しては」
「うぶというべきかの。都に聞いた所、周とラブホに騙して入ったら顔を真っ赤にして倒れたと聞くし」
「都って時々すごい行動力があるわよね」
周の反応もかなりのものだが。
アル・アジフは小さく溜息をついて空を見上げた。
「はぁ、今頃二人はデート中じゃの。どんな羨ましいことをしていることか」
オレは地面を蹴って標的の肩を掴んだ。そして、そのまま足を払って地面に転がす。少し前には亜紗がもう一人の標的を蹴り飛ばしていた。
「なんでこんなところに学園自治政府がいんだよ」
転がした相手は大体12歳くらいの少年。その手には他人のカバンが握られている。どうやらオレを学園自治政府関係者と間違えているみたいだが。
ちょうど、オレ達の目の前でひったくりがあったから行動した。ただそれだけだ。騒ぎを聞きつけた学園自治政府の武装集団の姿が見えてくる。
「お前は、第76移動隊隊長海道周!」
「ほらよ。ひったくり犯を現行犯逮捕だ。向こうでもう一人捕まえている」
「本当か? まあ、嘘だったら弱みが手に入るからな。お前らは向こうを。俺らはこいつを確保する」
「はい」
武装集団が亜紗の方にも向かう。オレは少年の服を掴んだ学園自治政府の武装集団に渡した。それと同時に亜紗がやって来る。
『私に任せてくれればよかったのに』
亜紗がスケッチブックを見してきながら少し苦笑いになっている。まあ、仕方ないだろう。オレは非番だから非武装だ。レヴァンティンは持っているけど。だから、別に現行犯を捕まえることに参加しなくてもいい。だけど、そんなのを見逃すわけにはいかない。
「でも、一人より二人だろ。そういうことだ。さてと、あの場所に向かおうぜ」
『うん』
今回の商業エリア訪問はいくつかの理由がある。その内の一つがちょっとした古物商に出かけるからだ。
簡単に言うなら鑑定依頼。とある刀が納品されたらしいのだが納品された箱の中には刃が欠けた刀が入っていたらしい。ただ、歴史的価値はかなりのものらしくNGDを作ったオレが呼ばれたというわけだ。
ちょうど近くだったからすぐに向かえる。
「それにしても、刀か。使い古されたということは戦場で使われたってことだよな。そんなものを鑑定する意味があるのかね?」
『何か特殊な武器ということかな? 形態とか聞いていない?』
「柄の近くの刃に七天って文字があったらしいな」
オレがそう言うと亜紗が動きを止めた。そして、また歩き出す。どうやら心当たりがあるようだ。
『七天は白楽天流に存在するある奥義を使う際に使用される神剣』
「七転八倒の文字通り15の斬撃を放つ七天抜刀か?」
七天抜刀。
はっきり言うなら剣術使用史上最強の技である。居合から放たれる神速の刃は足を刈り取る七つの見えない斬撃と上半身を確実に狙う七つの斬撃。そして、通常の刀による斬撃の計15の斬撃で相手を確実に仕留める技。亜紗は風の刃を代用として使い風王具現化を限定的に発動させてようやく使用可能なもの。はっきり言ってそれくらいしないと無理。
それが可能な刀となると本気で神剣クラスだな。
「んな冗談は止めてくれ。もし、本物だったら誰が扱うんだよ。敵の手に渡ればオレくらいしか突っ込めないぞ」
『そうなると思う。七天抜刀は強すぎる。でも、七天は扱いの難しいじゃじゃ馬って聞く』
「どんな刀だよ」
全く想像がつかない。神剣はじゃじゃ馬じゃなくてよほど認められた存在じゃなければ使えない。可能性としては。あれ? そう言えば、アルから聞いたことがあるような。
「ちょっと待て」
オレはレヴァンティンの通信を開いた。通信相手はアル。
「アルか? 七天って昔にお前が言っていたよな?」
『いきなり何じゃ。確かに、我は昔そなたに言ったことはある。よく覚えておったの。そうじゃ、我は七天を探しておる』
「今、古物商前にいるんだが、七天という名前の刀が納品されたらしくてな。一応、報告を」
『はっ?』
どうやらアルですら話がわからなかったらしい。まあ、オレだって同じ反応をするだろう。探していたものと同じ名前があるなんて普通は信じない。
「七天がどういうものかだけ教えてくれないか?」
『そうじゃな。ヒントで頼む』
「いいぜ。で、そのヒントは?」
『白楽天』
「答えじゃん」
オレはすぐにアルに返していた。七天と白楽天が結ばれるなら七天抜刀を使えると言われるらしい七天はアルの探しものということにある。それが本物かどうかを置いておいて見ておくのは悪くないだろう。
それに、七天じゃなくてもいい刀だったら改造出来るかもしれない。
「一応、今から鑑定はするけど期待はするなよ。普通の刀だったら専門外だし」
『そうじゃな。しかし、七天は昔に刃が折れたと聞く。折れたものなら可能性はあるかもしれぬぞ』
「了解。ちょっくら見て来るは」
オレはレヴァンティンを戻して小さく息を吐いた。そして、古物商があるビルに向かって亜紗の手を握って歩き出す。
噂の七天を見るために。
「これです」
オレ達の目の前に年代物という感じが全くしない真新しい箱が現れた。古物商の商人は箱の蓋を開ける。そこにあるのは刃のが欠けた刀。刀の波打った紋のところを線に切断されたような感じだった。
こんな折れ方はまずしない。オレは真新しい手袋をして刀を手に取る。本当に中古で純粋に鉄ばかり使われたオーバーテクノロジーの刀なら出来るだけ湿気に当てたら駄目なのでハンカチも加えている。
見た感じは普通の刀。ただし、材質は魔鉄。比率はわからないが鉄のみというわけじゃない。柄を握った感触から考えてデバイス内臓ではあるだろう。ただ、見えないように作られているところを見ると特殊能力専用のデバイスとしての武器が開発された当初のもの。
オレは刀を箱に戻した。そして、商人が蓋を閉める。
「魔術的な観点で言うならかなりの値打ちはあると思う。精密な検査をしなければわからないけど、デバイスと武器の融合体、まあ、魔術器が生まれた当初に作られたものだな。能力は解析しないとわからない」
「値段はおいくらぐらいになるでしょうか」
「欠けたのが惜しいな。15万で売れたら十分、まあ、解析をしっかりすれば三倍までなら何とか」
多分、思っていたより安かったのだろう。商人は忌々しく刀を見ている。
「ただし、オレからの視点だ。コレクターからすれば本物なら100万になる可能性だってある。観賞用としてはすごい」
その瞬間、机の上に100万円が置かれた。オレと商人は同時に100万円を置いた亜紗の方を見る。
亜紗のスケッチブックには一言、
『武器に惚れたから売って欲しい』
「惚れたって、いや、まあ、どうしようもないってわけじゃないけど、あんたはどうする?」
「大歓迎です、が、100万ではなく70万円でいいです。調べてもらいましたし」
仕入れ値はおそらく50万ほどだろう。下手をすればそれ以下の可能性があるので大歓迎であるのはわかる。70万も言った通りだろう。
「だったら、鑑定料はいらない。値段を安くしてくれたからな」
「ありがとうございます」
現金と現品が受け渡しされる。亜紗は箱から刀を取り出した。
七天と書かれた文字。刃がないため使えないが、これ専用の刃を作らないと駄目だ。そうなると、専門家を捜すしかないか。
亜紗は付属されていた鞘に刀を収める。ぶかぶかではあるが、鞘に安全帯と呼ばれる鞘から滑り落ちないようにする留め具で緊急時には邪魔だが鞘の大きさが合わない時は有効だ。
亜紗はそれを嬉しそうに虚空の中に入れた。矛神を手に入れた時と同じような反応だ。商人もそれを見て嬉しそうに笑っているからよしとするか。
「では、これで失礼します」
「ありがとうございました」
アルは小さく溜息をついて首を横に振った。目の前にあるのは鞘から抜かれた刀だ。そのまま鞘に戻して安全帯をつける。
「わからぬ。七天は一番形がわかりにくいからの。見た目は普通の刀じゃ」
「能力があるかないかだな。それはわからないんだろ?」
「七天は失った剣。造り方は確かにアル・アジフの記述に存在するが、今では不可能な比率じゃからの」
刀を机の上に置いてアルがオレに体重を預けてくる。アルはあまり甘えてこない。だから、甘えているというわけじゃないのだろう。
オレの袖を握る手が微かに震えているし。
「アル?」
「すまぬ。少し、考えておったのじゃ。滅びの日まで全てを集めることが出来るかどうか」
おそらく、アルは集まらなかった時のことを考えていたのだろう。レヴァンティンも運命も極めて強力な能力を持つ。もちろん、アル・アジフもだ。残る三つも強力な能力を持っているに違いない。
それが集まればかなり強力な戦力になる。でも、集まらなかったら。
「もし、集まらなかったら」
「アル、集まらなかったじゃない。集めるんだ。七天も隼丸もデュランダルも絶対に集める。いつ滅びが来るかわからないけど、それまでには確実に」
「そう、じゃな。もしもは考えない方がいいの」
オレからすればもしもは考えないと駄目なんだがな。作戦を立案する際はあらゆるもしもを考えるからだ。でも、アルが元気になったしよしとするか。
アルがそのままオレに膝に頭を乗せてくる。
「少しだけ、甘えさせてもらうぞ」
「ご自由に」
オレはアルの頭を撫でてやった。