第十話 整理
『連絡は受け取った』
オレはレヴァンティンを片手に本部との通信を開いていた。オレは小さくため息をつきながら口を開く。
「資料通りだ。学園都市全体で逮捕者は現在93名。多分、三倍くらいに増えるだろうな」
『学園都市最大の不祥事だな』
通信相手である慧海が楽しそうに言ってくる。事態はかなり深刻なんだけどな。
「頭が痛いよ」
内部の膿を出すのにはうってつけだがこれによって色々と厄介なことが舞いこんでくるに違いない。主に、学園自治政府から。
ため息がこれからどれくらい出てくるかわからない。
『送られてきた内容をこっちでも検討したけど、可能性は高いな。今まで見つかったナイトメアの再調査をしてもらっている』
「助かる。こういうことはそっちに頼んだ方が本格的だからな。それにしても、まさか証拠を燃やしてくるとは」
『アル・アジフが作り出した対魔術服の耐火性を無視する威力か。気にはなるな』
調べてみたところ、アルの服の耐火性は2000℃くらいまでなら普通に耐えられる。だけど、それを焦がしてくるとは完全に予想外だ。
結界自体を破壊する火力も驚きだが。
『一応、ケリアナの花の匂いを部屋に充満させて爆発させる実験の準備をギルガメシュに頼んだ。ギルガメシュの話だと3日かかるはずだ』
そうすれば爆発の原因がわかるだろう。オレの予想は匂いか花粉のどちらかに燃焼能力を上げる効果がある。そうじゃなければフードの男だろう。
問題はそれだけじゃ済まないけど。
『悪夢の正夢』。
もしかしたら、オレ達が考えているような能力じゃないのかも知れない。
「なあ、親父のレアスキルは認識阻害だったのか?」
『ああ。『悪夢の正夢』は自分に対する認識を阻害する能力がある。気づく方法は影とか霧とかお前みたいな魔力とか』
「効果付与は?」
『ターゲットにされない上に他のものにも効果付与なんて強すぎるだろ?』
最もだ。そんな能力があるなら爆弾を隠して運び入れることが出来る。されたらかなり困るようなことが容易になる。
『悪夢の正夢』がそんなに万能だったなら色々と片付くんだがな。
『何かわかったのか?』
「由姫や亜紗が『悪夢の正夢』の男が見えても標的を合わせられないと言ってきた。『悪夢の正夢』自体が分割して使用出来るんじゃないか?」
『認識阻害と照準阻害』
その二つを別々に付与出来るとするならかなりキツいことになる。認識阻害はただでさえ強力なのに。
相手になるのがオレ一人になるじゃないか。
向こうで慧海が小さく溜息をつく。
『駿が生きていれば調べられるんだがな』
「いないから推測を立てるしかない。オレはそう考えている」
『だったら、お前の推測を聞かせてくれ。今回のことを』
やっぱり来ると思っていた。オレは小さく頷く。
「まずは前提条件から。ケリアナの花がナイトメアの材料とする。オレの推測はそれが前提条件であって機能するからな」
『そうだな。最近の報告から考えてそれが前提条件でもおかしくないな』
「で、ナイトメアを製造する団体。それは学園都市内部に存在すると思う。理由はナイトメア自体が学園都市内部でとても出回っているからだ」
学園都市外部ではオレ達が最近まで考えていたナイトメアの供給量と予想使用量で誤差は少ない。少ないとは言っても合法ドラッグとして出回っている数はかなりに上るだろう。だが、学園都市内部では差が激しい。つまり、学園都市で作られている可能性が高い。
「そして、ケリアナの花の大量輸入。製造場所は商業エリアか工業エリアのどちらか。作り方がわからなかい以上、これはわからないが、どちらか一方だろう。で、ケリアナの花は基本的に観賞用として大半が売られているはずだ。それを一般人に紛れた組織、『悪夢の正夢』や炎の男などのローブ集団が買う」
そもそも、ケリアナの花は安く、量産がしやすく、花が長く開花する上に香りもいい。匂いとなるとかなり強烈だが複数のケリアナの花を買っても何ら違和感はないはずだ。
違和感がないということは見つけにくいし判別がかなり難しい。ただ飾っているだけなのか、ナイトメアのために買っているのか。
「それをナイトメアの工場に運べば終了だ。今回の事件はオレ達が動き出したから動いたわけじゃない。もしかしたら、最初から動き出すつもりで偶然重なった。多分、ナイトメアを造る別の組織だったんだろう。『GF』側の」
『確かに筋は通っているな。だけど、まだ少し足りないような気もするな。『GF』側の別の組織なんてどうやって』
「入学式の時の事件。殺された三人は『GF』側ルートからナイトメアを買おうとした。だけど、それを許さない『悪夢の正夢』が粛清を行った。オレ達にわかるようなことを残して、勘違いさせるように」
今まで見つかったものは本物のナイトメアが混じっていたかもしれない。でも、巧妙に隠された中で見つけることは難しい。
「それまでの情報を全て統合することで外部の巨大な組織が組織的に行ったように見せる。『悪夢の正夢』をチラツかせながら」
『操作を撹乱するためか。というか、お前のところの事務は優秀すぎるだろ。ハッキングの天才か?』
「琴美の場合は地道な情報収集だ。あいつの交友関係はかなり広いぞ。だから、些細な情報を集めて都がその情報から必要なものを引き出し、それを詳しく琴美が調べる」
『それでどうやってケリアナの花を調べたんだか』
確かにそれは疑問になるだろう。オレも同じ意見だ。でも、オレは理由がわかっている。
「琴美の下宿先には必ずケリアナの花があるぞ。都の分もよく勝ってる」
『花屋と知り合いだったわけね。納得だ。琴美がいなかったら大変なことになっていたな』
「同感だ。第76移動隊は人材に恵まれているぜ。そうだ。アルトやリコは元気にやっているか?」
アルトとリコの二人は第一特務に入った。二人の実力なら充分ではないが、今では実力をつけて第一特務の隊員として上手くやっていると聞く。
『ああ。どちらも充分な戦力だ。リコなんて時雨に土をつけたからな』
「マジかよ」
時雨は第一特務でも普通に強い。それに打ち勝つとは。まあ、二人の能力はお互いに相性悪いからな。
『そうだ。周には話しておかないといけない話があるんだった』
「話?」
オレは首を傾げる。何かあるのだろうか。
『資料を整理して見つけた話なんだが、学園都市は最初エネルギー不足だったのは知っているよな?』
「そりゃな」
今では完全に自然エネルギーで回しているが、昔はそれ以外のエネルギーを使っていた。自然エネルギーに転換出来たのは魔力エネルギーの発電量が桁違いに上がり、その余剰を上手く使って自然エネルギー製品を作り出したからである。
つまり、オレのおかげだからそのことはよくわかっている。
『理論上の数値と実際の数値が大きくかけ離れる時があるだろ? 理論上の数値と実際のエネルギー消費量の数値は同じくらいなのに、実際のエネルギー生産量が大きく増えるのはあると思うか? ちなみに、最初の頃な』
「ありえない」
オレはすぐに答えていた。技術者として様々な知識を覚えたからこそ答えることが出来る。
「今の状態なら風が強かった。晴れの日が多かったで出る可能性はある。でも、魔力エネルギーは理論上のエネルギー生産限界値を越えることは出来ない。それはオレが保証する。それが出来たならその機器はほんの数分で機能停止するし」
『だよな。ただ、国が正確に計った値が理論上の数値よりも多いんだ。年々、数値の幅は大きくなるけど、総量はほとんど変わっていなかった。四年前までは』
四年前と言えばあらゆる魔力エネルギー機関が停止した時だ。緊急用に様々な施設ついてはいるが、全く稼働していない。
自然エネルギー機関によって消費が余裕を持って賄えると考えられた。だけど、結果はギリギリ足りたぐらい。それから頑張って機関を増やして今の状況だ。
『おかしくないか? その年の気候は平年並みだ。風は若干強かったくらいだからエネルギー生産量は理論上以上になっても不思議じゃない』
「何か別のエネルギー機関がある? 問題は、学園都市自体は国が作ったものだ。そこを調査することは難しいな」
『国は『GF』が嫌いだからな。警察とは仲がいいけど』
連携を取った方が強いからだろうけどな。
「これに関して調べるのは難しいな。時間をもらっていいか?」
『ああ。一応、こちらでも調べてみる。まあ、お互い見つからなくても恨みっこなしな』
「そうだな。じゃ、また」
オレは通信を切ってレヴァンティンを机の上に置いた。情報は纏められたけど、別件が来るとは。ゆっくり出来るのはいつだろうか。
「調べることが増えたけど、大丈夫だろう。オレ達は第76移動隊なんだから」