第九話 謎の相手
「おはよう」
メグは元気よく教室のドアを開けた。すると、そこにはちょうど由姫の姿がある。
「おはようございます。体大丈夫ですか?」
由姫が心配しているのは昨日の訓練のこと。第76移動隊の訓練は他の部隊とは全く違うので心配しているのだ。
メグはその場で宙返りを行った。
「これくらい大丈夫だよ」
「スカートの中見えますよ?」
「大丈夫。スパッツ着用だから」
そう言いながら指をVのように立てる。それに由姫はクスッと笑うとちょうどワカメが登校してきた。
そして、教室中を見渡す。
「おや、健さんや真人はまだですか」
「そう言えば二人は早いよね。家はどこにあるのかな?」
「あの学生寮です」
都島学園学生寮の中でも最も近い位置にあり、競争率が極めて高い場所だ。それを見てメグは目を輝かせていた。だが、由姫は頭に手を当てている。
まるで何かが起きていることがわかっているかのように。
「あそこ、今、兄さん達が封鎖してます」
その言葉にメグとワカメの二人が目をパチパチとまばたきした。
「おはよう、ございます?」
それはちょうど入ってきた夢を困惑させるには十分だった。
扉がガチャと開く。本人からすれば普通に登校するつもりだったのだろう。だけど、扉を開いたその先にはオレの姿があるとは思わないはずだ。
そこにいたそいつは目を見開いていた。
「雪村洋輝だな」
「第76移動隊隊長海道周!?」
名前を呼んだ瞬間、そいつは一歩後ろに下がっていた。扉を閉められないように一歩前に踏み出す。
「正解。正解ついでに尋ねたいことがあるんだけど」
「な、なんだ?」
オレはとある紙を取り出した。それはリストアップされたとある資料。
その中には28名分のAAランクの人が書かれている。
「総勢28名のランク詐欺容疑がかかっているんだ。話を聞かせてくれないか?」
「くっ」
雪村洋輝はすかさず扉を閉めようとした。だが、オレはすかさず扉を足で蹴り飛ばし壁に手をつきながら側頭部を蹴りつけた。
雪村洋輝が吹き飛ぶ。それをしっかり見届けてオレは部屋の中に入った。そして、気づく。
「この匂い」
嗅いだことがある。確か、ケリアナの花の匂い。ただ、むせかえるほどに強い。少し、いや、かなり怖いくらいに。
空間自体に結界を張っていたことはわかるがかなり頑固だ。匂いが漏れないように何十にも結界が施されている。
オレはさらに入り込んだ瞬間、異様な状況に気づいた。部屋中がケリアナの花で埋め尽くされていたのだ。住むスペースがどこにもない。
「これは一体」
その瞬間、嫌な気配を感じてオレはしゃがみ込んだ。オレの上を何かが通り過ぎ、オレはそれに対して蹴りを放つ。
確かな手応え。確実にあばらは二本はやった。だが、その足を捕まれた。すかさずもう一本の足で相手の顎を蹴り飛ばす。確実に脳震盪を起こす威力。オレはすかさず距離を取ろうとした瞬間、無理やり足が引っ張られた。相手、雪村洋輝は狂ったような目で引っ張ってくる。
「らしゃっ!」
手をつき体をひねり、顎を蹴り飛ばした足で壁を蹴り上手く体を回転させる。そのまま着地しながらレヴァンティンを取り出した。
『マスター、相手は確実に』
「痛みを感じていないな」
レヴァンティンを握りしめながらも雪村洋輝はゆっくり前に向かってくる。まるでゾンビのように。そして、意識がないかのように。
「だったら」
加速と共に勢いよくドロップキックを放った。雪村洋輝の体を直撃して廊下に吹き飛ばす。これで正気に、
「残念だったな」
その声は背後から響いていた。振り返った先にいるのはフード付きのローブを着た男。中肉中背で年齢は20後半から50前半。声からして男なのは確かだ。
ローブの男はニヤリと笑みを浮かべた。
「証拠から離れてくれてありがとう」
その瞬間、部屋が炎に包まれた。オレはすかさず結界の維持を奪い取る魔術を使用する。あっけなく結界を奪いながら結界をさらに強化する。
「ちっ、やられた」
まるで元から燃えていたかのような燃え方だ。最初から狙われていたのか、それとも。
そう考えていると手に持つレヴァンティンが微かに震えた。どうやら他から連絡が入ったらしい。オレはレヴァンティンを口元に近づける。
「どうかしたか?」
『すまぬ。先を越された』
一瞬、連絡を寄越してきたアルが何を言ったかわからなかった。そして、オレは目の前のことを見て理解する。
「燃やされたのか?」
『燃えていたのじゃ。怪我人はおらぬから安心して欲しい。まあ、我の服が微かに焦げただけじゃな』
それなら大丈夫だと思おうとした瞬間、オレはとあることに気づいた。
アルの服は防刃性に関しては全く無いが対魔術性は極めて高いはずだ。それが焦げた?
「それはそれで重要な問題だな。中の奴は?」
『無理じゃ』
もう燃やされて死んだというわけか。あのローブの男がやったというわけね。ふざけている。
いくら周囲を探っても手がかりが見つからない以上、無闇に追いかけない方がいい。オレは背中を壁に預けた。
「こっちは目標の確保は成功。ただし、目的の部屋は燃やされた。後手に回ったというより同時に行動があったという感じだな」
『どういうことじゃ?』
「ケリアナの花。それがたくさんあり、臭いが結界によって閉じこめられていた」
そうとしか言えない。そして、その臭いはまるで麻薬のように濃かった。もし、オレじゃなければやられていたかもしれない。
オレは小さく息を吐いて雪村洋輝を見る。そいつはただ気絶しているだけだった。だけど、あの力はどう考えても、
「ナイトメア」
『悪夢がどうかしたのかの?』
アルが不思議そうに尋ねてくる。オレは小さく首を横に振った。オレは小さく息を吐いて言葉を発する。
「何でも」
その瞬間、ピシッと何かにひびが入る音が鳴り響いた。マズい。
「レヴァンティン、術式固定を頼む。アル、援護を」
『すまぬ! 結界が破られそうじゃ!』
頼りには出来ない。だったら、オレ一人でやるしかない。
「レヴァンティン、モードⅤ!」
すかさずレヴァンティンをモードⅤに変えて結界の補強に入る。補強さえすれば破られない。その瞬間、階下で爆発が起きた。それほど大きいわけじゃない。
向かいたいけど向かえない。誰か、頼む!
その爆発は都島学園都島高校からも見えていた。由姫がデバイスを取り出しながら走り出す。そして、窓枠に足をかけて思いっきり蹴った。重力の制御で空を飛翔し目的の場所に到着する。
そこは部屋から炎が吹き出していた。その前にいるのは右腕を押さえるアル・アジフの姿。
「アル・アジフさん!」
由姫はすかさずアル・アジフの横に着地してハッとなった。アル・アジフの右腕が黒く焼けている。そして、それを堪えるアル・アジフの顔は真っ青だった。
だけど、その目はまだ戦っている。
「すまぬ。思った以上に威力が高かった」
「私に任せてください」
由姫はすかさず重力魔術を使用した。簡単にはその部屋の内部だけに収まるように圧力を変える。これくらいは朝飯前だ。
「救急キット持って来たぞ!」
その言葉と共に委員長とバンダナを巻いた健さんがアル・アジフに駆け寄る。そして、委員長はすかさず救急キットの蓋を開けた。その時には治癒魔術を発動しておりアル・アジフの右腕は少し色を戻している。
委員長が救急キットの道具を手に取った。
「上か」
いつの間にか、本当にいつの間にか健さんの後ろにフード付きのローブを被った男が立っていたからだ。その手にあるのは一本の刀。その姿勢は周がいる場所に向いている。
マズい。
由姫は本気で思っていた。今戦えば、全力は出せない。全力を出さなければ勝てない戦いのはずなのに。
「目撃者は殺す」
上にいるのは周だ。それを殺すということは。
由姫はとっさに動いていた。その男に対して重力魔術をかけようとした瞬間、男に標準が向かなくなる。まるで、目標自体が見えているけど狙えないかのように。
由姫の重力魔術はピンポイントで狙わなければ効果が薄い。だけど、相手を標的にできない。
「だったら」
男が立っている場所に重力魔術を発動させようとした瞬間、男が飛んだ。跳躍でそのまま周のいる場所に。
「お兄ちゃん!」
由姫がそう叫んだ瞬間、何かが屋上から飛び降りた。そして、男に跳び下りた何かが放った衝撃波が直撃する。男は壁を蹴った量とは逆方向に跳んだ。
飛び降りた誰かが着地する。
小刀を二本持ち、腰に一本の刀を提げた亜紗。
亜紗は綺羅と朱雀を構えた。
ローブの男が舌打ちをする。
「邪魔者が入ったか」
その言葉と共に男が跳躍した。人ごみを飛び越えてそのまま向こうに消えて行く。亜紗が静かに綺羅と朱雀を後ろの腰にある鞘に戻す。
「助かりました」
『もしもの時のために待機していたから。アルさんが怪我したときは本当に駆け寄りそうになったけど』
由姫が魔術を展開している場所を見る。そこは、真っ赤な炎に包まれている。もう、酸素は入らないようにしているはずなのに。
『狙いが付けられない相手だった。もしかしたら』
「そうですね。おそらく、『悪夢の正夢』だと思います」