第八話 事務の力
第76移動隊駐在所。
そこは狭間学園のそばに存在していた。そこまで広くはないが一応仮眠室もあり籠城しようと思えば十分に可能な施設でもあった。そこの中にあり得ないというかほとんど残像の動きと共にキーボードを叩くような音とは思えないキーボードをたたく音が鳴り響いていた。
カタカタカタ、ではなく、ガガガガガが正しいだろう。キーボード自体が旧式のものだからか机も凄まじく揺れている。一番の気になるところは最新式の立体ディスプレイを使っているはずなのにキーボード旧式というところか。
「よし」
キーボードを破壊しかけない威力で叩きまくっている委員長が小さく拳を握りしめた。その傍で新型のキーボードを叩いている琴美が小さくため息をついた。
「相変わらずの破壊力ね」
「特注品だから大丈夫です。とりあえず、第八セキュリティーを完全に無効化しました」
「まさか、相手もたった二人で、しかも、魔術を介入せずにやっているとは思わないでしょうね」
二人がやっているのは簡単に言うならハッキング。ただし、やり方は異常というべきかもしれない。流用しているのは周が作り出したハッキングプログラムで多重に形成されたセキュリティーをいくつかのワードを組み合わすことで無効かまたは弱体化させるという犯罪要素満点のもの。ただし、それを使っているのは琴美一人。
委員長はむちゃくちゃな速度での力技でセキュリティーを突破している。
どれくらいむちゃくちゃかというと、周の『天空の羽衣』に対して物理攻撃で挑むようなもの。普通にかんがえたらむちゃくちゃなのだが、琴美のプログラムによって綻びた傷を破壊している。
「じゃ、最後の防壁を」
委員長が超高速でキーボードを叩く。委員長の得意な魔術が治癒魔術と指先の強化だったからか独自で開発した新たな魔術を使ってこうなっている。ちなみに、周ですら真似することを放棄したとか。
琴美も気を取り直してキーボードに手を置いた瞬間、
「よっし、終わった」
「早っ!」
時間にしてほんの数秒。ダミーを掴まされたと思えるような速度だった。そして、委員長が有無を言わさぬ力技でデータのファイルを丸ごとコピーする。立体ディスプレイにある記憶機器ではなく、荒事専用の記憶デバイスに。
一定時間とあるワードを打ちこまなければデータが崩壊するようなプログラムがあるなら一瞬で消し去る記憶専用のデバイス。ちなみに、記憶機器に入れた場合はとある情報で一部の電波を飛ばすことがあるのでそちらに保存するのは厳禁だったりもする。
コピーを終えたデバイスを委員長は引き抜く。その間に琴美は多量のスケープゴートを放っていた。そのほとんどが確認されている極悪ハッカーから強力な権限を持つ部隊、もちろん第76移動隊も、に配置しておく。
「相変わらずの早業で」
リースがせんべいをぱりぽりしながら賞賛する。らだ、視線はほとんど移していない、映しているのは目の前にある立体ディスプレイ。
委員長は小さく息を吐いた。
「今日も疲れた。どうして海道君はこんな命令を送ってきたんだろ」
送って生きた内容は全部隊の戦歴データを取り出せと言うものだった。一応、『GF』の全隊員の利益を乗せたものは戦歴データとして地下にある集積デバイスに保存されている。個人情報の塊で第76移動隊など一部の部隊しか見れないが、それを盗み見ようとする理由が委員長にはわからない。
琴美も不思議そうに頷いていた。
「そうよね。この手の情報は普通に調べれば出てくるはずなのに。どうして、こんなハッキングまがいのことをしたのか」
「もしかしたら、気取られたくなかった?」
リースがち作つぶやいた。その言葉に二人の視線がリースに向く。
「周ならわかっているはず。そんなことをしなくても見れることを。もしかしたら、こっちが動くことでデータが書き換えられる可能性があったなら」
「不正データというわけね。そうかんがえるのが妥当だわ。委員長、周から何か聞いている?」
「えっと、細かい話は都さんが」
「今戻りました」
その言葉と共に駐在所の扉が開いて都が入ってきた。そして、手に持っている段ボール箱を下ろす。持っているという表現は少しおかしいが。
都はそのまま段ボール箱を開いた。
「お帰りなさい。何が入っています?」
委員長が都に駆け寄り段ボール箱の中身を手に取る。そこに書かれているのは『GF』が記録したAランク以上の人物の名簿だ。更新日時が4月1日を見ると最新版らしい。
琴美が何かに気づいたように頷いた。
「ランク詐欺ね」
ランク詐欺。
戦闘時の強さを示す戦闘ランクやフュリアス搭乗時の強さを示す戦闘ランクF。それらは厳重な審査で管理されており、ランクが上がれば給料が上がることにも直結している。
だから、ランク詐欺は重要な犯罪だから普通はしないはずなのだが、されればほとんど見つけようのないのが事実。特に、戦闘地域では。
「でも、どうして学園都市のデータなのかしらね?」
「そっか。海道君はAランクとAAランクで違反者がいないか調べて欲しいんだ。学園都市内部は実戦経験がほとんどない。あったとしても他の地域部隊で活躍した名の知れた人物」
「そこを調べる。確かに、作戦としては正しい」
リースも頷いていた。学園都市だからこそ見つけることのできる手段がある。戦闘が圧倒的に無い学園都市ではAランクからAAランクに上がるのは至難の技と言ってもいいだろう。だからこその手段。気取られたならデータの打ち間違いでしたと修正が入るかもしれないから。
「データさえ残しておけばいくら改ざんされても言うことは可能よね。しかも、私達は第76移動隊」
「ハッキングで調べられるかどうかやってみたと言えば全て解決します。それが周様の考えです」
「海道君って時々えげつないことをしますよね」
委員長の言葉にはその場にいた誰もが頷いていた。誰も、第76移動隊が専用の端末を使って調べるんじゃなく、ハッキングによってデータを保存しているとは考えないだろう。というか、絶対に考えない。だからこそ、周はこの作戦をとった。
「じゃ、調べてみましょう。調べ出したデータで」
委員長はそう言いながらデータを収めた記憶デバイスをみんなに向けた。