第二十六話 狭間
第一章のタイトルの表の理由が明らかになります。狭間である理由です。
「本当は忘れていて欲しかったのですけど、思い出してしまった以上、隠すことはできません」
未だに呆然としているオレ達を見ながら都は話を続ける。
「狭間の鬼は狭間市に代々伝わる伝承の中に出て来る破壊神のことです。過去に四度世界を滅ぼしたと言われています」
「四度も?」
オレは思わず呟いていた。
オーバーテクノロジーの存在からわかるように、文明は何回か滅亡している。何回滅亡しているかわからないが、複数回滅亡しているのは確かなようだ。
学者の見解としては三度と言われている。
「破壊神は狭間市に封印され、今尚、封印は破られておりません。ですが、封印が弱まっているのは確かだと思います」
「何かの儀式をまだしていないからかの?」
「はい。春祭りに行われる巫女の踊りです。それにより、封印は頑固なものとなります」
「鬼が現れたのは封印の力が弱まったため。人を補食するのは力を得るため。でも、どうして手当たり次第じゃない?」
「それは、わかりません」
祟り神であり破壊神。なのに殺す人を選ぶということは、まるで、自分が人を統括する存在とでも言いたいような感じだ。
オレは小さく溜息をついた。
「だが、周の言う通りだとしても、何故、悠聖達を襲った?」
「それの方が簡単だ。祟り神だろうが破壊神だろうが、同じような魔力存在とは相性が悪い。悠聖は精霊を召喚するからな。鬼からすれば天敵だった、そう考えられるだろ。あの時に狙っていたのは悠聖だしな」
一瞬だけ浩平の技術を見ていたが、鬼からすれば浩平の方が危険なはずだった。なのに、鬼は真っ先に悠聖を狙った。
単純に頭数を減らす目的の可能性もあるが、都から聞いた話を考えるとこれが妥当だ。
「確かにの。それなら納得は行くが、我が気になるのはどうしてこの地にそれほど強大なものが封印出来るかどうかじゃ。東京特区学園都市のように、学園都市全体が魔術陣を描くならわかるが、この地はそこまでのものはない」
「確かにね。私が感じるレベルで言うなら、魔力が安定していることを除いて疑問には思わないけど。弟くんは何かある?」
オレは首を横に振った。
狭間の鬼がどういう存在かわかれば対策のしようはあると思うが、今の状況では難しい。
「全くわからん。世界を四度滅ぼした、ね。そのことに関してアル・アジフは何か知らないか?」
「ふむ。我も聞いたことがあるくらいじゃが、百年ほど前に神と戦ったという話ならある」
その話ならオレも聞いたことがある。だけど、それは別の地に封印されていた邪神であって、この狭間市とは関係がない。
いや、待てよ。
「狭間か」
「何かわかったのか?」
アル・アジフが思わず身を乗り出してしまったのか、机に手を置いて顔を近づけてくる。
オレが呟いた言葉に音姉も頷いた。
「確かにありだね」
「音姫も何かわかったのか?」
「狭間だよ。鬼が封印されているのは空間と空間の狭間。一番不安定だけど安定している場所」
そう考えれば鬼がこの地にいることが理解出来る。
「周様、不安定なのに安定というのはどういうことでしょうか?」
「境界線だな。二つの物事の間にある境界はいつ変わるかわからない不安定なものだ。例えば、オレと都の距離。だけど、この間は確実に存在する安定したもの。その理論のまま規模を大きくした場合、その狭間を利用した術式結界は強力な作用を持つ。例え、破壊神と言われた相手にも」
「狭間は不安定ながら絶対の存在。絶対だからこそ、強力な結界になる。弟くん、鬼を封印出来る理由はわかったけど、根本的な解決にはなってないような気もするよ」
そうなんだよな。いくら封印する方法がわかったと言っても、鬼をどうにかする方法はわからない。
他に情報は無いのだろうか。
「鬼を倒すしかないのか?」
「鬼を倒すか。我らの戦力でそれが可能か不可能か考えればすぐわかるじゃろ」
軽く肩をすくめるアル・アジフ。
相手はアル・アジフですら追いつめることの出来ない相手。さらには再生能力も極めて高い。
オレは鬼と戦う手段として速攻を選んだが、二度目は通用するかわからない。
「方法はあるよ」
唐突にそう言ったのは音姉だった。
「白百合流の奥義『鬼払い』。どこまで通用するかわからないけどやってみる価値はある」
「ちょっと待った。もしかして、溜めが必要か?」
白百合流は連撃が真髄の剣技だが、一部の技は発動前に溜めが必要だ。
オレが使えるものでも水払いと埃斬り。どちらも威力は絶大だが、溜めをする時間が長い。
「うん。時間にして約五分。溜め終わった瞬間に放つ必要があるし、使えるのは一日に一回だけ。弟くんに教える方法があるけど、不完全にしかならないと思う。『歌』も載せて完全にするから」
「つまり、音姉にしか出来ないか。倒した後の封印術式を考えると、ギリギリだな」
オレは小さく頷いた。
「アル・アジフ。狭間の力を集める手段はあるか?」
「あるにはあるが、そなた、載せるつもりか?」
「ああ。今の残りのメンバーの中で、最速の攻撃が可能なのは亜紗だ。それについて行くために力を載せる。二人で挟み込むようにすれば地面に縫い付けるはずだ」
「空を飛んだとしても、俺と光で飛んだ瞬間に抑えつければいい。もちろん、浩平もだ」
「アル・アジフとクロノス・ガイアは遠距離からひたすらオレ達を援護。音姉を守るために残る全員をつける」
これなら鬼と戦うことは理論上は可能だ。完全な総力戦になるが。ただ、ダウンバーストを放たれたら終わる。
ある意味綱渡りに等しい行為だろう。だけど、今の状況下ではそれをするしかない。
「危険な鬼を倒すべきというわけか」
「いや、倒すじゃなくて封印する。少しの間」
「何じゃと?」
オレはみんなに見えるように魔術陣を作り出した。
「オレは自分の推測が間違っていないと思っている。鬼は祟り神だけど守り神だと。戦う前に意志疎通が可能か判断し、戦うのはそれからだ。狭間に封印する以上、不用意な封印は避けたいが、この狭間に干渉できる術式なら鬼を一時的に封印出来る」
「その術式、神話の術式じゃな」
「まあな。不完全だから1%ほどしか使えないけど、封印するには十分だ」
アル・アジフは考えるように腕を組んだ。
理論的には可能だとアル・アジフも気づいているのだろう。だが、それには危険が伴う。だけど、野放しにしてこれ以上被害を出すことが危険だ。
「そうじゃな。我も賛成しよう。じゃが、狭間の力を掌握するために時間がかかる。悠聖には術式を使用せぬように言っておくのじゃぞ」
今のところ、鬼が寄ってくる原因は悠聖だ。悠聖の術式に鬼が寄ってくることを悠聖自身も気づいているだろう。
オレは頷いて小さく笑みを浮かべた。
「頼りにしているぜ。アル・アジフ」
オレの言葉にアル・アジフは恥ずかしそうに顔を逸らした。