第二百四十八話 周VS時雨
強力な能力には確実に弱点があります。
二つの黒が火花を散らしながら交錯する。
一人は黒の剣、運命を握りしめて戦う孝治。もう一人は黒い鎌を握りしめて戦うレノア。
二人の力量はほぼ互角だった。お互いにお互いの武器を弾き、受け流す。時には背後まで回り込み叩きつけようとするが、受け止められる。
二人の速度は互角。力は孝治が上だが、技はレノアが上。完全に互角の勝負だった。
レノアが静かに黒い鎌を握り締める。
「強い」
「そっちこそ」
孝治も応じるように運命を構えた。両手に持ち、その剣先を斜め前に向けている。レノアも腰を落とし、鎌を振りかぶっていた。
二人は動かない。ほぼ互角の実力だからこそ、動けない。
「本当に強くなった。去年までは私とここまで張り合えなかったのに」
「狭間戦役がオレを強くした。ここまで対抗できたのも、周達と第76移動隊で戦ったおかげだ」
「そう」
レノアが地面を蹴る。それに対して孝治は運命で鎌を受け流す。そのまま振り切るが、鎌の柄によって受け止められる。
完全な膠着。二人は笑みを浮かべあった。
「このまま誰かが来るまで続きそうだな」
孝治が距離を取りながら言う。レノアも小さく頷きながら鎌を孝治に向けた。
「賛成」
地面を駆ける。今頃、悠聖と孝治はどうなっているだろうか。そして、音姉はちゃんと慧海とぶつかっているか、由姫や亜紗はギルバートさんと戦っているかどうか。不安になってくる。ここで予想通りに戦いが繰り広げられていないなら、戦況は一気に悪くなっているだろう。
「周様、不安ですか?」
オレの表情を読み取ったのか都が横を移動しながら尋ねてくる。
オレは頷いてレヴァンティンを握りしめた。
「今回の作戦は模擬戦だからということと、『GF』のデバイス設定を逆手に取った作戦だからな。根性論でどうなか出来るというのもあるし、勝ったとしても、実戦なら負けていたという場面じゃなければならないんだ」
「どういうことです?」
「第一特務の力が絶対であること。そして、第76移動隊がそれに匹敵する実力を持つこと。みんなには話していないけど、これが目的なんだ」
「つまり、第76移動隊は作戦次第では第一特務と戦えるということですか?」
「正解」
今回の戦いは全てがそれに要約される。第76移動隊が圧勝したなら第一特務という化けの皮が剥がれて終わるだろう。それは、『GF』に対する反抗が大きくなる可能性がある。
つまり、第一特務は元から本気を出さないわけにはいけない状況でスタートするのだ。そこに出るのが狭間戦役という大きな戦いと少人数の部隊で戦い抜いた第76移動隊。その力をどう出せるかで抑止力が大きく変わる。ただし、圧勝や圧敗しなければだ。
実戦だと死んでいるという状況なら良し。そうじゃなかったら第一特務は桁違いなのか第一特務は弱いのどちらかになる。
「一番良いのは第76移動隊がギリギリで勝利。ただし、不意打ちというか疲れ果てたところにダメージを与えてだ。その勝利も実戦だったら負けていたという状況が前提だ。その時に、第一特務の強さと第76移動隊の強さの両方が目立つ」
今回の模擬戦はそれを狙っている。
「もしかして、八百長でも」
「ない。オレがそう考えているだけだ。多分、向こうも同じことを思っているだろうな。だから、半数は入って間もないメンバーを入れてきた」
半分は模擬戦に参加させるため。残る半分は負けないようにするため。慧海一人でオレ達は負ける可能性だってあるからな。
「第一特務という絶対的な戦力。そこに八百長は必要ない。実力だけで世界が取れるからな」
オレは前を見る。ようやく姿がはっきりしてきた。
刃の小さな斧を地面に突き刺し、漆黒のマントを身に付け、赤い戦闘服を纏った男の姿。
『GF』総長海道時雨
オレはレヴァンティンの柄を握りしめて地面を蹴る。
時雨の口が小さく動いた。口の動きから何を言ったかわかる。
来たか、と。
凄まじい加速と共に時雨が動く。感覚を頼りにレヴァンティンを握りしめる。
左から来ているが左はフェイント。攻撃を仕掛けてくるのは、
「右!」
右手で柄を握りしめ、右に向かってレヴァンティンを鞘から抜き放った。
紫電一閃。
レヴァンティンが時雨の斧によって受け止められる。時雨の顔に浮かんでいるのは驚愕。
「見えたのか?」
「見えてない。欲望に忠実なだけだ」
時雨が後ろに下がり、また加速する。次に来るのは、
「正面!」
オレは振り下ろされた斧をレヴァンティンで受け止めた。また、時雨の顔に驚愕が浮かぶ。
「馬鹿な。お前の速度はオレより下のはずだ!」
「知ってるさ!」
レヴァンティンを微かに引き、時雨が微かに前のめりになった瞬間、オレは肩から時雨にタックルをしていた。
身体強化無しなら避けられるが、身体強化をして鍔迫り合い状態なら音姉ですら反応出来ない攻撃。時雨はそれをまともに受けて一歩後ろに下がった。
「白楽天流『鍔斬り』!」
レヴァンティンを振り上げ、一歩踏み出しながら振り下ろす。まるで剣道のような一撃だが、違うのは純粋魔力により巨大な魔力の刃を形成するという点だ。
時雨はそれを受け止める。
「白楽天か。相変わらずの技が読めない奴だ」
「当たり前だろ。あらゆる戦場において柔軟であれ。お前に教えてもらったことだが?」
「柔軟すぎる。鍔迫り合いからのタックルで吹き飛ばして鍔斬りなんて普通は思いつかない」
ミスったら隙が大きいからだろう。オレの場合はミスってもいくらかは取り返すことが出来るし。
オレはレヴァンティンを右手で握りしめた。
「さすが駿の息子というべきか。オレも手加減してられないな」
「賛成だ」
時雨の言葉にオレは同意する。それと同時に対時雨用の武器を呼ぶ。
「来い、断章!」
オレの呼びかけに応じ、オレの左手に断章が収まった。
他人の神剣は神剣の主てある都が一定時間認証することで使うことが出来る。そのルールと、味方の武器なら何でも使っていいという模擬戦裏ルールを使った荒技。
時雨の引きつった顔を見る以上、完全に予想外だろう。
「おいおい。それは普通思いつかないぞ」
人数制限のある模擬戦でそれを使えば単純に味方が少なくなる。神剣という強力な戦力の持ち主がいなくなるからだ。実力が拮抗、又は劣っている時は人数が重要な鍵を握る。だが、状況にもよる。
「都はまだ第76移動隊の中でもバックの戦い方しかしていないからな。フロントの多い第一特務に対してすぐにやられる。だったら、別の使い方をすればいい」
「それで神剣を借りるという選択か。都は端でお勉強ね。わかった。倒すのはお前の後にする」
「後悔するなよ」
断章から狭間の魔力を呼び出しレヴァンティンと断章共に魔力を纏う。
時雨が動いた。動体視力でギリギリ見える速度。時々残像が出来るが、その速度で時雨が斬りかかってくる。レヴァンティンで受け流そうとして、レヴァンティンが弾かれた。力任せの一撃。
オレは振り下ろされる斧に対して防御魔術の二つで狭間を強制的に閉じた。
「なっ」
防御魔術の二つが頑固に噛みつき、斧を離さない。それはかなり強力な拘束魔術になる。
オレはすかさず回り込んでレヴァンティンを振る。時雨はそのレヴァンティンを防御魔術で受け止めた。
「狭間の固定か。さすが神剣、チートじゃねえか」
「弱点があるからチートじゃねえんだよ。お前は武器が一つしかないから使える方法だ」
「一つにしか作用出来ない、か」
「ああ」
極めて強力な能力には重大な欠点があることが多い。
例えば、悠聖の精霊、アルネウラの力である流動停止。最も優先的な位置にありながら、単体にしか拘束能力はない。ただし、範囲の制限はないから結界に使うと最強の防御になる。
例えば、優月の力である魔術殺し(マジックキャンセラー)。範囲が広く、強力な力を発揮するが、消費魔力が桁違いを通り越して多すぎる。一日最大一回だそうだ。
そして、狭間の力。対象はくっついているものにも作用することは可能だが、流動停止と同じ単体専用。
時雨は自分の斧を離し、後ろに下がった。
「なら、これで行くぜ」
その言葉と共に周囲がピリピリと痺れだす。ヤバいを通り越して死ぬかも。
時雨の周囲に現れる稲妻の束。その全ての雷エネルギーを時雨は操作している。
雷王具現化。別名、超チート。
雷王具現化中は攻撃全てがねじ曲げられ、近接することすら出来ない。近接したら自爆だ。
つまり、雷王具現化中は術者の一人無双。消費魔力は半端ないから生き残ればどうにかなるが、今は狙わない。
雷王具現化の範囲を見ても、レヴァンティンで打ち消すには範囲が広すぎる。つまり、魔力を根こそぎ消費して倒れて終わり。でも、
「タイミングは十分だな」
オレは笑みを浮かべた。そして、断章を手放す。
「なっ」
時雨の顔に驚愕が走った。時雨はまだ気づいていない。これがオレの狙い通りだということを。
「なっ」
そして、時雨がまた驚いた。そうだろう。オレの後方には断章を構えた都の姿があるのだから。
「やらせるか!」
雷王具現化によって作り出した稲妻を都に向かって放とうとする。だけど、オレはそれに対してレヴァンティンを地面に突き刺した。
「レヴァンティン、打ち消せ!」
『了解です!』
レヴァンティンがオレの命令に応じて時雨が放った稲妻を打ち消す。その時に時雨はようやく狙われていたことに気づいた。
「最初から、オレに雷王具現化を」
「真っ正面から戦ったなら、雷王具現化を使われた時点でオレ達は負ける。だったら、雷王具現化を出させて勝つ作戦を考えればいい。一人じゃ無理だ。だったら」
オレは都の方を振り返った。
「都の力、へっ?」
その光景を見てオレは言葉を失ってしまう。そこには、魔力を凝縮させた光で構成された翼を持つ都の姿があったからだ。しかも、浮いている。
確かに、膨大な魔力を翼状にすればイメージはしやすい。天使みたいな感じで、イメージ出来れば維持出来やすい。
ただ、その翼がどう考えても縦20mほどあるんですが。
「行きます!」
その瞬間、時雨の頭上に巨大な魔術陣が現れた。範囲は、普通に都の場所も飲み込んでいる。オレは地面を蹴った。時雨はその瞬間に稲妻を都に向かって放っている。
「させるか!」
オレは稲妻をレヴァンティンで打ち払った瞬間、
「エターナルバニッシャー!」
都の言葉と共に膨大を通り越してバカみたいな量の魔力の光が降り注ぎ、光によって埋め尽くされた。
レヴァンティンの力を最大限まで使った威力を相殺する。だけど、魔力が根こそぎ奪われていく。
どれくらいの時間が経っただろうか。顔を上げるとエターナルバニッシャーは終わり、地面に倒れている時雨の姿があった。
オレはレヴァンティンを鞘に収める。
「周様、無事ですか?」
「無事なわけねえだろ」
魔力は根こそぎ奪われ、これ以降の戦闘はかなり辛い。
オレは小さく溜息をついて振り返って、また溜息をついた。何故なら、そこにはまだ光の翼を持つ都がいたから。戦闘服も汚れている。
つまり、自分の魔力をまだ使用していない。
「無尽蔵にもほどがあるだろ」
「何がですか?」
「背中」
エターナルバニッシャーは範囲を見て威力を体験した限り、断章でしか無理だろう。問題として敵どころか味方や術者まで巻き込む問題児。
強すぎる力は必ず弱点がある。
「疲れないと思ったらこういうことだったんですね」
「今気づいたのかよ!」
「周様、可愛いですか?」
オレは小さく溜息をついた。
「次に行くぞ」
そのままオレは走り出す。都もオレとの距離を固定してついてくる。
「答えてくださいよ」
「また後でな!」
オレはさらに速度を上げる。本音なんて言えるかよ。刹那だけ見とれたなんて。
『マスターらしいですけどね。刹那という時間が』
黙れ。
頭の中に語りかけてきたレヴァンティンに対して、オレは小さく溜息をついた。