第二百四十七話 紅の戦鬼
手に持つハンマーを握りしめ、オレはアイシアさんに叩きつけた。アイシアさんは巨大な斧で弾いてくる。
「へっ、嬉しいな。まさか、あたしと同じ力を使えるとはな」
「人間の力を越えているぞ」
オレは小さく愚痴りながらチャクラムを投げつけた。でも、アイシアさんはそれを受け流す。
そこで懐に飛び込みハンマーを振り切った。アイシアさんは斧の柄で受け止めるが力任せに吹き飛ばす。
ダブルシンクロをしているオレと力が同等なんて有り得ない。今、シンクロしているのはアルネウラとグラウ・ラゴスだぞ。アルネウラはいいとして、グラウ・ラゴスの馬鹿力が効かないなんて。
「あたしは桁違いなんだよ」
「あんたが言うことじゃないでしょ!」
巨大な斧を振ってくるアイシアさんに対し、オレはハンマーを叩きつけた。正式にはグラウハンマーらしいが、長いのでハンマーで行く。
力はほぼ互角。お互いに弾かれ合いアイシアさんがドロップキックをしかけてくる。
オレはそれを避けた。
「てめぇ、避けんな!」
「無茶言わないでください!」
オレは叫びながらハンマーをアイシアさんに向かって放つ。アイシアさんはハンマーを斧で受け止める。
「それがダブルシンクロかよ。あたしの力と同等になるってか。ドーピングじゃねえか」
「そんなものじゃありません。アルネウラとグラウ・ラゴスの力を借りているだけ。それが精霊召喚師としての戦い方」
「はん。結局は他人の力かよ。自分の力だけで勝ってみろってんだ」
「そもそも」
オレは地面を蹴りアイシアさんとお互いの武器をぶつけ合った。
「第一特務に一人で勝とうなんて十年早いですよね?」
「孝治や音姫は?」
「あの二人は別格。一緒にしないで」
斧を弾き、回転しながらハンマーを叩きつけた。アイシアさんはそれを簡単に避けて逆に斧を振ってくる。それをチャクラムを放つことでアイシアさんの動きを阻害した。
アイシアさんが後ろに下がる。
「その浮かぶチャクラムは厄介だな。アルネウラの武器だっけか?」
オレは周囲に浮かぶチャクラムを見た。氷を纏うチャクラムが四つ。これはオレの指示で飛び、後はアルネウラが操作する。
威力は高くないが、牽制にはかなり使えるので便利だ。相手からすれば厄介なことこの上ないが。
「ちょくら、本気を出すか」
「アイシアさん、もしかして、まだ本気じゃなかったとか?」
「力と速度は本気だ。これからは魔術も加えていくぜ」
その瞬間、アイシアさんの頭上に巨大なハンマーが現れた。巨大というか絶対に持てない大きさの。
物質具現化。
属性具現化という魔術の中でも最上級中の最上級、よほど極めないと放つのは不可能とされる具現化の中でたった一人しか術者がいない物質具現化。
それは巨大な物量を叩きつける純粋かつ最強の威力を持っている。
それが目の前にあった。
「無詠唱?」
「んなわけあるか、馬鹿。無詠唱でホイホイ具現化が使えるのは、一人いるか」
オレとアイシアさんの頭の中では音姫さんと戦っているはずのとある人物の顔が思い浮かんでいた。あの人ならホイホイ使っても疑問はない。
「ともかく、あたしは無詠唱は出来ない。お前との打ち合い中に準備してたんだよ。行くぜ」
「正直来て欲しくないんですけどね!」
放たれる巨大なハンマーをオレはハンマーで打ち返した、つもりだった。ハンマーは大きく弾かれ、変わりに物質具現化による巨大なハンマーが直撃する。
「こなくそ!」
魔力を最大まで利用し氷属性魔術を瞬時に展開。指向性を変えることで左に受け流す。
凄まじい衝撃と共にハンマーに吹き飛ばされた。何とか体勢を立て直して、
「終わりだ!」
目の前には斧を振りかぶって飛び上がっているアイシアさんの姿。回避出来るような距離じゃない。だから、オレはハンマーの柄で受け止めようとした。
しかし、ハンマーの柄が一瞬で切断され斧が直撃する。
デバイスの効果が無ければ確実に一撃で絶命する威力。でも、デバイスによって後ろに吹き飛ばされるだけ済んだ。
「デバイス様々だな」
「ちぇっ。デバイスなけりゃあたしの勝ちだってのに。悠聖、お前はまだ本気を出してないだろ? 待ってやるから本気になれ」
「正気?」
はっきり言って、あのチート能力満載の状態になれと?
「正気も正気だ。あたしは今回、あたしと力で対抗出来る奴がいないかと思っていたんだ。そうしたら、お前がいるじゃねえか。本気、出せよ」
「わかった。グラウ・ラゴス、ありがとう。シンクロ解除」
アイシアさんは武器を下ろしてニヤニヤしている。絶対楽しいだろうな。自分の力に対抗出来る人がいるのは。オレだって俊也の才能を知って嬉しかった。
だから、わかる。容赦なくあらゆる力を使うしかないと。
グラウ・ラゴスがオレの背後に、アルネウラがオレの隣に現れる。
「グラウ・ラゴスは下がって。優月、来て」
オレの言葉と共にグラウ・ラゴスの気配が消えて、代わりに優月の姿があった。背中に光の翼を生やし、薙刀を片手に持つ優月が。
「二人共、やるぞ」
アルネウラと優月が無言で頷く。オレはそれに対して頷いて二人の手を握った。
「『「ダブルシンクロ!」』」
オレの言葉と共に二人がオレとシンクロする。
まるで、全てを掌握したかのような膨大な魔力。そして、二人の力を感じる。
「それが本当の姿が。あたしから言わせてもらえば反則的な魔力量だな」
薙刀を両手で握り、構える。
「手加減はしませんよ」
「あたしを相手に手加減なんて50年早いんだよ!」
アイシアさんがオレに向かって物質具現化によって作られた巨大なハンマーを叩きつけようと振ってくる。だから、オレは、
「流動停止」
そう小さく呟いた。たったそれだけで巨大なハンマーが動きを止める。
「なっ」
アイシアさんが驚いた瞬間、オレは地面を蹴っていた。そして、流動停止を解く。
巨大なハンマーがオレのいた場所を砕き、オレはアイシアさんに向かって薙刀を振っていた。
「くっ」
アイシアさんが迎撃のごとく巨大な斧を振ってくる。
薙刀ごとき、アイシアさんの力だと普通は弾かれるだろう。特に、アイシアさんはまさに紅の戦鬼のごとく強力な打撃技が多い。
相手の防御魔術や障害物など様々な壁を砕くことで有名だ。今回もそう思っただろう。
だけど、アイシアさんの斧を薙刀は弾き、そのまま薙刀を叩きつけた。
アイシアさんが目を見開いたまま後ろに下がる。でも、手応えはあった。
「そうか。氷属性のベクトル変化か」
「べくとる?」
なんだろう。その横文字みたいなものは。
「あたしの天敵だな。でも、その変化は一方向かつ一種類にしか出来ない。違うか?」
「心でも読みました?」
「これぐらい出来なきゃ第一特務じゃねえよ。だったら、これで行く」
その言葉と共に大量のハンマーが現れた。大小様々。数の多さはかなりヤバい。
アルネウラが持つ精霊の力である流動停止は選択した一つに対して自由に方向を変えることが出来る。その弱点は今のような大量の攻撃。
対処方はあるが、かなり辛い。だから、オレは笑みを浮かべた。
「次で最後、ですね」
「お前もか? 実戦なら勝ってんだけどな」
アイシアさんが小さく息を吐いた。そして、地面を蹴ってくる。それに対して、究極の対抗技を使った。
「魔術殺し(マジックキャンセラー)」
優月の能力。桁違いに大きい魔力を消費してあらゆる全ての魔力を打ち消す最強の能力。弱点はオレの魔力も全て打ち消されるというポイントなのだが。
アイシアさんの体が一気に遅くなり、振り上げた斧がアイシアさんを押し潰した。もちろん、物質具現化によるハンマーは消え去っている。
「反則だろ」
斧に押し潰されたアイシアさんが小さく呟いた。確かに反則だろうな。魔力を全て打ち消すということは身体強化も打ち消すということ。アイシアさんみたいな普通は持てない武器を使っている場合、相手の攻撃手段を大きく減らすことになる。
「これがオレの本気ですよ」
「あーあ。実戦なら勝ってんだけどな。しゃあない。あたしの負けだ負け。気絶させるまで攻撃加えろ」
「そうします」
オレは薙刀を振り上げようとして動きを止めた。この構図を他人が見たらどうなるだろう。動けなかい女の子に対し攻撃を加えようとする男。
何があっても後者が悪者になる。
オレは小さく溜息をついて考えることにした。どうすれば名声を傷つかせずにアイシアさんを倒せるかどうかを。