第二百四十六話 神速の一撃
亜紗&由姫VSギルバートです。
白い軌跡が由姫と亜紗に襲いかかる。由姫はナックルで受け流すが、そのまま軌道を逆にした白い刀が迫る。
「くっ」
由姫はその場で側転した。白の軌跡は由姫の服をかすめるように動き振り上げた姿勢のままギルバートが止まる。
由姫はすかさず亜紗のところまで下がった。
「速いという次元じゃないんですけど。気づけば距離を詰められている経験自体初めてなんですけど」
『音姫さんとか周さんなら』
戦場のも関わらずスケッチブックを開ける亜紗。由姫は首を横に振った。
「いや、あれは一応軌道が見えていますから。でも、ギルバートさんのものは全く見えないんですよね。速すぎて」
「おしゃべりはそろそろいいかい?」
その言葉に二人が身構える。ギルバートは右手に白い刀を握り締めた。そして、左手でもう一本の刀である黒い刀を抜く。
二刀流。ただし、周がするような攻防一体の二刀流とは違う。基本は一方を逆手に持つことが多いが、ギルバートは普通に持っている。世界最速の速度を持つからか、それとも、
「行くよ」
その瞬間、ギルバートの姿が二人の目の前にあった。ギリギリで反応出来たのは由姫だけ。亜紗はピクリとも反応していない。
見えた黒い軌跡に対し、由姫の体は勝手に前に出ていた。そのまま腕がギルバートの左手を掴み投げ飛ばす。
「「えっ?」」
由姫とギルバートの二人の声が見事に重なるところを見ると、完全な無意識のようだ。だが、自分の行動に驚いた由姫に白い軌跡が迫っていた。
亜紗はすかさず間に入り込んで綺羅と朱雀で受け止める。
受け止めた瞬間に黒い軌跡が亜紗に迫っていた。すくい上げるような軌道を描く黒い刀に対し、両手が塞がっている亜紗は何もすることが出来ない。
「させない!」
由姫はすかさず黒い刀の刀身を横から蹴り上げた。軌道が大きく変わり、ギルバートが後ろに下がる。
「まさか、今のを防ぐとは。見事だね」
ギルバートの顔には余裕の笑みが浮かんでいるが、二人の顔にはそんな表情は浮かんでいない。むしろ、額に汗をかいているような気がする。
由姫は身構えた。
「姉さんと戦っているみたい」
亜紗がゆっくり頷いて綺羅と朱雀を構える。
「音姫さんは別格だよ。僕は勝てない。でも、慧海なら勝てるんじゃないかな?」
「そうですか。なら、ギルバートさんは私達が倒さないとダメですね」
ギルバートが白と黒の刀を構えた瞬間、亜紗が取り出した矛神を鞘から振り抜いていた。
神速の抜刀。それにより、矛神の斬撃が回避することの出来なかったギルバートを直撃する。
デバイスによる変換は例え矛神でも起きるのか、ギルバートの体には傷はない。しかし、後方の木々は綺麗に切断されていた。
ギルバートは片膝をつく。例え第一特務であっても今の一撃は辛いものだろう。そこに由姫が放った重力砲が直撃した。
ギルバートの体が吹き飛び後方の木々に激突する。そして、動かなくなった。
「勝った、の?」
由姫が亜紗に尋ねる。亜紗はスケッチブックを取り出して、
『わからない。でも、手応えはあった』
「私もです」
二人がギルバートの方を向く。ピクリとも動かない。いや、今ピクリと動いた。そして、ギルバートがゆっくり立ち上がる。
身構える二人。それに対してギルバートは笑みを浮かべていた。
「ははっ、はははっ、ふはははは」
まるで、狂ったかのように笑うギルバート。そして、その笑い声が止んだ瞬間、ギルバートの姿はそこではなく、二人の目の前にあった。
スピードは最速にはほど遠いだろう。事実、由姫は動けていなくても亜紗が動いている。でも、対処は出来なかった。
無造作に振るわれる右の刀。その威力を前に二人は後ろに吹き飛ばされた。
「くっ」
上手く着地した由姫がギルバートに向かって地面を蹴る。最速による拳の一撃。一直線に突き進む攻撃。
八陣八叉流『猪突猛進』
ギルバートは素早く後ろに下がる。そう、進行方向であるはずの後ろに。
どうして、と思う時間は無かった。後ろに下がると同時にギルバートが黒い刀を縦に振り切っていたからだ。その刃から現れた衝撃波が由姫の体を吹き飛ばす。
体が捻れ千切れそうになる感覚と共に体力が根こそぎ奪われる。意識を失うことは無かったが、そのダメージは極めて高かった。
何とか体勢を戻した瞬間、目の前にギルバートの姿がある。振られる白い刀に対し、由姫は体を動かした。
左の甲で刀身を弾きながら右の拳をギルバートに叩き込む。純粋なカウンター。それが見事にギルバートに入っていた。
ギルバートが吹き飛ぶ。
「はぁ、はぁ、はぁ。何とか体は動いているけど、このままじゃ」
前にいるギルバートはまるでダメージが無いかのように立っていた。さっきのカウンターは完全に決まったはずなのに。
「さすがだね。本当にさすがだよ。愛佳の弟子で音姫さんの妹。ここまで僕と戦えるなんて思わなかった。お礼に僕の武器の名前を教えてあげるよ」
ギルバートが両の手に白と黒の刀を構える。
「白の半身、シュナイトフェザー。黒の半身、ラファルトフェザー」
聞いたことがある。神剣図鑑という胡散臭い図鑑の中に書かれていたもの。実際に、有名な神剣、清浄や黎帝などは書かれているため由姫は覚えていたのだが、そこに二つの名前はあった。
周なら確実に神剣自体を否定しそうだが。
「断裂の力と歪曲の力」
「知っているようだね。それでいい。それでこそ、一撃を叩き込める」
由姫は前に出た。いや、距離を詰めようとしたはずだった。だが、ギルバートとの距離は縮まらない。ギルバートが後ろに下がっているのだ。
「くっ」
由姫がさらに加速する。だが、その瞬間にはギルバートが前に出ていた。距離が一気に縮まる。
それに対し、由姫はさらに前に出た。刀のリーチよりも拳のリーチの方が短い。だから、さらに前に踏み出した。
ぶつかるのは怖い。だけど、後ろに逃げるのはもっと嫌だから。
由姫は拳を出す。純粋なパンチ。今まで何万回何億回と放った拳。その速度はまさに神速というべきくらいに速かった。ギルバートはそれをギリギリで回避する。そして、黒の刀、ラファルトフェザーが由姫の体を切り裂いていた。
その場に倒れ気絶する由姫。ギルバートは小さく息を吐いてラファルトフェザーを鞘に収めた瞬間、矛神の斬撃がギルバートを捉えていた。
「ぐっ」
ギルバートはこらえるように呻き、そして、前を見る。
そこには、綺羅と朱雀を構えたまま突撃してくる亜紗の姿。今まで隠れていたのだろう。完全な不意打ちにギルバートは完全にやられていた。
小刀である綺羅と朱雀が凄まじい速さでギルバートに迫る。それに対してギルバートは白の刀、シュナイトフェザーで迎え撃った。
右、左上、右下、上、下、左、右、左下、右下、下。
様々な方向に亜紗は綺麗と朱雀を振る。斬撃全てに風の刃を纏い、確実にギルバートにダメージを蓄積させる。ギルバートはシュナイトフェザーで全てを弾きながら額に汗が流れるのがわかった。
由姫のカウンターが効いていたからだ。あのような一撃は食らえば立つこと自体難しいのだが、ギルバートは普通に立っているように見せていた。だから、ギルバートも限界が近いことがわかっている。
対する亜紗も限界が近かった。ギルバートの一撃を食らって少しの間動けなかったくらいだからだ。由姫はそれ以上の打撃を受け慣れているので動けるが、亜紗はそうはいかない。だから、全力を振り絞って最大最速の一撃を叩き込んでいた。
綺羅と朱雀がシュナイトフェザーを上に跳ね上げる。その瞬間、亜紗は後ろにステップで下がっていた。まるで、里宮本家八陣八叉流の綺羅朱雀のようにステップ一回分後ろに下がっていた。
そして、前に踏み出す。後ろに下がることで前に踏み出す距離が出来、その力で前に進みながら矛神の柄を抜き放つ。まるで、綺羅朱雀と紫電一閃の合成技。高速というには生易しい神速の一撃。その速さに、ギルバートは反応しきれていない。
矛神の一閃がギルバートの体に直撃していた。だが、それと同時にシュナイトフェザーの一閃が亜紗の体に直撃する。
矛神を振り切った亜紗はその場に矛神を落としギルバートの胸に倒れ込んだ。だけど、ギルバートは倒れずに亜紗を受け止めた。
「見事だよ。本当に」
亜紗をその場に寝かせる。そして、落ちたシュナイトフェザーを手に取った。
あの瞬間、亜紗の動きがもう少し速かったなら結果は相討ちだっただろう。シュナイトフェザーの一撃で亜紗の力が途中で弱まり、結果、ギルバートに最大のダメージを与えることが出来なかった。
「今度は七年後ぐらいに、全てが終わったら、また、君達と戦いたい。そう思うよ」