第二十四話 集合
「くちゅ」
オレは駐在所の掃除中に小さなくしゃみを漏らしていた。それと同時に腕の筋肉が痛みを上げる。
「オレの体もやわだよな。もう少し鍛えないと」
「そういう暇があるならボク達の手伝いをして欲しいな」
今、駐在所の中にはオレ以外にこの地区の学生『GF』が集合していた。もちろん、朝早くから。
いろいろ事情を聞いた結果、朝早くからの掃除の手伝いで、今までのサボっていた分は帳消しということにして手伝ってもらっている。
「お前らのしでかしたことの尻拭いだ。地域『GF』がいなくなってから頑張って掃除していればよかったものを」
「そうだけどね、そうだけどね! ところで、他の三人はどこに行ったのかな?」
「孝治と悠聖は買い物に行ってもらっている。浩平は他のメンバーを案内させるために行かせた。クロノス・ガイアと一緒に」
「ふーん」
千春が窓の掃除をしながら頷く。ちなみにオレは机の中身をきれいにしている。
最初は他のところを掃除してと言われたが、中から出てくるものがゴミの山(時々賞味期限が年月単位で過ぎた食べ物)のため、オレが片付けることになったのだ。
「よし、終わり。そっちはどうかな?」
「玄関掃除はもうすぐ終わります」
「了解だよ。じゃ、終わったら物置の方を手伝ってあげてね。私は周君と机を片付けるから」
そう言うと千春はオレと一緒に机の中身を片付けだす。
「それにしても、いっぱいあるね。ゴミが」
「綺麗に整頓された資料すら見つからないしな。ここの『GF』は何をしていたんだか」
「知りたい? 何をしていたか」
オレの動いている手が止まった。でも、千春からすれば十分だったのだろう。
「帳簿はもう見た?」
「ああ。あの不正ノートな」
千春から聞く話と帳簿の内容に明らかな違いばかりが見受けられた。正直に言うなら嫌になるくらいに。
「ここの地域『GF』は正直に言って評判は良くなかった。素行が悪くて不正が多かった。賄賂さえ渡せば犯罪を見過ごされるくらい」
オレは机の中身を片付ける動作を続ける。話に集中しながら。
「他の『GF』がどんなことをしているか分からないけど、『GF』憲章を読む限りその行為は犯罪そのものというものもあった。ここはそこまで大きくない街だから警察の力も貧弱で、『GF』の力に抑えてけられていたんだよ」
「じゃ、オレ達を見る目も冷たいだろうな」
「ううん。それは大丈夫だよ。都が頑張ったから。アル・アジフさんから周君達が来るって聞いて、街中に話をした。もちろん、周君自身の知名度も高かったからね。今じゃ、前の『GF』を恨む人はいても、今の第76移動隊を恨む人は皆無じゃないかな?」
「そっか」
それは安心した。
『GF』は国際的に大きな組織だけど、国家機関ではないため地域の結びつきが大事になってくる。もちろん、国家との結びつきが一番だが地域との結びつきなしで『GF』が活動することは難しい。
「じゃあ、全員集まってからオレ達だけで地域巡回に出ればいいかな。その時の案内はお前らに任せる」
「やっぱり? まあ、ボク達の方が詳しいから妥当だけどね。うわっ、新暦1030年が賞味期限のパンがある」
「危険だから止めてくれ。ったく、ちょっとは掃除しろよな。前の地域『GF』」
「あはは。でも、もういないんだよね。その人達」
オレの手が少しだけ止まった。
「周君達はいなくならないよね?」
「夏になるまではな。オレ達のホームグラウンドはここじゃない」
「わかっているよ。そんなこと、わかってる。ボクはただ、誰かが死ぬのは嫌だから」
「大丈夫だ」
オレはそう断言した。
「どういうわけか知らないけれど、オレは最強の器用貧乏っていう変てこな異名を持つんだ。どうにかするさ」
「最強の、器用貧乏だからオールラウンダー。最強の器用貧乏でおかしいと思うけどね」
「それはオレも思っている。そんな大層な名前を付けられても、オレができるのは精々器用貧乏な戦い方だけだ。正直、首を傾げたくなるけどな」
「でも、それに応じた強さが認められている証拠じゃないかな? ボクはそう思うよ」
「勘弁してくれ。おっ、来たか」
オレは玄関の外を見て立ち上がった。
そこには音姉達の姿がある。浩平とクロノス・ガイアの姿はないけれど。
「案内なしで来れたのか?」
オレは入り口を開けながら音姉に尋ねた。
「うん。由姫ちゃんの特殊スキルで」
「ね、姉さん!」
おっ、由姫が外出用の言い方になっている。家ではお姉ちゃんなのに、外では姉さんだ。ちなみにオレは兄さんになる。
「そうそう。由姫の『海道がどこにいるか一発でわかるサーチ』を使えば簡単やったわ」
「光さんも言わないでください」
「そうそう。凄い的中率だったよね。私はそう思っているよ」
「そうか。で」
オレは七葉の肩を掴んだ。
「どうしてお前がいる?」
「悠兄に届け物。周兄、悠兄はどこにいるかな?」
「買い物だ。ったく、悠聖の野郎、忘れ物をするなよ」
オレは小さくため息をつきながら頭をかいた。七葉の性格から考えると厄介なことになる。
「兄さん、大丈夫ですか?」
「何が?」
「腕を上げる動作がコンマ二秒ほど遅いので」
由姫が思っていたより人間離れした能力を持っているような気しかしない。
『多分、筋肉痛。音姫さんが言っていたようにだけど』
「よっ、亜紗。元気だったか?」
オレが亜紗に話しかけると、亜紗はスケッチブックをしまってオレの胸に飛び込んできた。もちろん、由姫が不機嫌になる。
亜紗はこくりと頷いて返してくれる。
「ふむ、到着か」
そこに孝治と悠聖が買い物袋を持って到着した。中身は全て食材だ。
「七葉! お前、なんでこんな場所にいるんだ!?」
「悠兄、忘れ物」
悠聖の眼の前にお守りが垂らされた。悠聖は大事にそのお守りを受け取る。
「これ、どこで」
「机と壁の隙間。悠兄の部屋を掃除してたら見つかったんだよ。冬華さんからのプレゼントなんだから大事にしないと」
「うん。悪い」
そういや聞いたことがあるな。悠聖には遠くに転向した一人の幼馴染がいるって。初恋の少女だとも言っていた。
後は、浩平が来れば全員集合か。
「じゃ、七葉以外は宿舎の方に」
「どうして私以外?」
「お前は帰れ! これは兄として命令する!」
悠聖が七葉の前に出てオレの代わりに理由を説明する。
「お前は第76移動隊じゃないし、母さんや父さんから許可をもらっていないだろ。だから」
「実力さえあれば大丈夫だよね」
七葉が笑った。まるで、猫の様な猛獣の眼をして。
こいつはいつもそうだ。オレ達が集まるならどうやってでも長くいようとする。それが、自分を傷つけることになっても。
オレは小さくため息をついた。
「叔父さんと叔母さんの許可は?」
「周兄と音姫さんが許可してくれて、悠兄が面倒を見てくれるなら。音姫さんの許可はもらったし、私は悠兄の迷惑にならないように頑張るから」
「死ぬかもしれないんだぞ」
「覚悟の上だよ」
オレはまた小さくため息をつく。
「許可する」
「周隊長! こいつは」
「オレはお前が七葉のことを大事にしていることも知っている。だけど、七葉の覚悟は本物だ。第76移動隊をやる覚悟としては十分。そうだろ? 音姉」
「そうだね。弟くんの言う通りだけど」
音姉が目を少しだけ細くしながら言う。
「その状態で言っても説得力はないかな」
音姉の言葉でようやく亜紗がオレから離れた。名残惜しそうに。
「わかった。七葉、その代わり無茶なことはするなよ。お前はオレ達と違って学年が一つ下なんだから、何かあったらオレを呼べ」
「わかった。ありがとうね、周兄。由姫、行こ」
「そうですね。私達は先に宿舎に向かいます」
そういう由姫と七葉の背中を見送ってオレは小さくため息をついた。
「ガンバ」
中村が背中を叩きながら言ってくる。
「それしかないだろ」
オレはもう一回ため息をつくことにした。