第二百三十四話 平和な一日
都の初任務。本来なら口頭注意ですませれたのだが、相手側がそれを拒否。国家権力でもある警察が動き相手側、都築家一同を逮捕した。
規模の大きさにも驚いたけど、警察がまさかここまで動いてくれるとは思わなかった。さすがは国家権力。
そして、オレは今、都の家にいるのだが、
「どうしてこうなっているんだ?」
「私に聞かないで」
尋ねた琴美が含みのある笑みを浮かべながら言い返してくる。
都は現在オレの腕の中で眠っている。泣いたのであろう赤い目をしながら。
オレは小さく溜息をついた。
「悪いことをしたかな」
「そうね。絶対に悪いことをしたわね」
琴美の言葉が胸に突き刺さる。
「まさか、父親が犯人だとわかっていながら都に調査させるなんて」
「都だから大丈夫だと思ったんだけどな。本来なら口頭注意で済ませれる内容なのに、向こうが拒否をした。だから、警察というジョーカーを使用した。ただ、それだけだ」
「今更なんだけど、あなた達と警察ってどういう関係?」
オレは自分の頭の中で情報を整理する。今まで考えていたものとかなり違っていたからな。
よくよく考えてみると、
「実働部隊と検察みたいな感じか?」
「警察と検察は似ているけど違うものでしょ?」
「いや、『GF』は正確には民間警備隊なんだ。ただ、規模が桁違いに大きいから世界的な組織になっているけど。そのシステムとしては傭兵が近いな。近年増えてきた凶悪犯に対する抑止力的な扱い。対する警察は犯人を逮捕する権利がある。『GF』の場合は現行犯か特殊犯、大きな事件を起こした人物ぐらいしか逮捕する権利はない。まあ、身柄を確保して警察に突き出すという手段は取れるけど」
それをして万が一に犯人と違った場合、『GF』を罷免された上に犯人扱いした人へ慰謝料を払ってお縄につくという究極コンボを食らう。
実際に、年に数人は出ている。
ただ、それが行われるのは大半が似顔絵のある人物なので、あまりに特徴が似すぎて警察すら判断出来なかった場合は許される。まあ、慰謝料は払わされるけど。
「『GF』はあくまで抑止力なのね。警察の全般業務を出来ると思っていたけど」
「実際に、警察がするはずの業務を『GF』が代わってすることは可能だぞ。法律で許可されているからな。例えば、学園都市なんて全般的にそれが行われている。警察の代わりに『GF』を使う世界初の試みとしてな」
いくらそれをしたところで犯罪が無くなるというわけでもないのだが。
学園都市では警察がいかに素晴らしかったか認識する『GF』メンバーがいるくらいだ。ちなみにオレは狭間市で認識した。
「『GF』が力を持つとするなら、警察は法の力を持っている。『GF』で入れない場所は警察が入るって感じで補い合っているんだ。中身は表裏一体でも、『GF』が活躍しすぎて勘違いする人も多い。オレもそうだった」
「でも、将来の夢として警察官を志望する人は多いわよ」
「『GF』が力を重視するなら、警察は知恵を使う。頭がよくなければ入れないからな。力さえあれば馬鹿でも入れる『GF』と違って知的な感じがあるんだろ? それに、『GF』は戦争をしているイメージも強いし」
正確にはかなり違うのだが。
『GF』が主導で行った戦争はない。ほとんどが防衛戦に参加するなどをして映像に映っているからだ。
それがイメージとして染み付いている。
「そうなんだ。都が第76移動隊に入ることが不安になってきた」
「都は優しいからな。本当は、戦いには向いていないはずなんだ。みんなの前にいる都なら」
そう。生徒会長としてみんなの前で振る舞う都は戦いには向いていない性格をしている。
「だけど、戦いになれば都は平気で禁じ手を使う」
「あなたに何がわかるというのよ。都の何が」
「これでも、一生懸命見てきたんだ。オレは都に惹かれている。亜紗や由姫のように、かけがえのない人物だと思っている。都を見守るのはそんなにおかしいか?」
「おかしいわよ。あなたが来て、狭間市は変わった。特に、都が変わってしまった。別にあなたのことを話すのはいいわ。前と比べれば穏やかになったから」
前と比べればって、聞きたいけど聞けない。
「でも、都は時々戦いの話をするのよ。まるで、もっと戦いたいというように。親友の変化をこの目で見てきた私の気持ちはわかる? あなたは、都をどこに連れて行きたいの? 都を、どういう風に変えたいの?」
それは親友として心配している言葉だった。オレは眠っている都の頭を撫でてやる。
「オレは都に強くなって欲しい。自分にだ。今の都は自惚れている状況だ。断章という力を手に入れ、弱かった自分が強くなれたと自惚れている。この状況になれば、オレに出来るのは見守るだけなんだ」
「それを語ればいいんじゃないの?」
「そう簡単にいけば若手の天才候補が後遺症が残るくらいの怪我を負わないさ」
そして、悠聖のように大切な人を失わない。
『GF』が人権団体からうるさく言われている部分にはこれがある。まだ、未成年が大怪我を負って後遺症を残すことがある。しかも、未成年だからか色々なメディアが取り上げる。
悠聖の時はさすがに押しかけてこなかったが。
「力がある自分に酔いしれて、自分が強いと思い込んで、そして、潰れていく。若手によくあることだ」
「あなたの体験談?」
オレは首を横に振った。
「長年、近くにいた音姉を考えてみろ。真っ正面からはもちろん、あらゆる手段を使っても倒せなかったんだぞ。むしろ、相手の強さに関して疑心暗鬼になったくらいだ」
孝治は孝治で程よい緊張感を常に持っていた。切羽詰まっていてもだ。
「都しか乗り越えられない壁なんだ。それを越えられるかどうか」
「都なら超えられる。私はそう信じているわ」
真っ直ぐ見つめてくる琴美に対し、オレはしっかり頷いていた。
オレも同じ意見でもあったから。
「それでも、あなたのすることには賛成出来ないわね。やっぱり、都には私がついていないと」
「過保護だな。まあ、いいさ。そこは自由にしてくれ。お前が自分で決めたならな」
オレはそう言うとその場に寝転がった。都の体を優しく抱きしめると、その体は柔らかく気持ちいい。
「変態」
その言葉にオレは我に返っていた。
「オレは何を」
「完全に犯罪者だったわよ。まあ、そんな犯罪者の腕の中で眠っている都もだけど。周、一つ聞いていいかしら?」
「いいぞ」
オレはそのまま目を瞑った。目を瞑っているといつの間にか眠気が襲ってくる。
「あなたにとって、恋人は何?」
「恋人か。そうだな。ずっと隣にいたい人、じゃないかな」
「それは一人だけよね」
「ああ。そうだな」
だんだん、眠気が、
「あなたは、誰を選ぶの?」
「選べるか」
そして、オレの意識は闇の中に落ちていった。
懐かしい夢を見た。本当に懐かしい夢だ。
『赤のクリスマス』が起きるより前の懐かしい出来事。オレと楓と光が泣かされていた茜を庇っていた出来事だ。
相手は三つほど年上の少年達。その時は怖くて怖くて仕方なかったけど、オレは一番前に出ていた。
そして、いや、やはりというべきか、オレ達は盛大な殴り合いをした。もちろん、オレ一人でボロボロに負けたけど、向こうの大将はしっかり泣かせておいた。
ボロボロになったオレに対して茜は泣きながら尋ねてきた。
『どうして助けたの?』
そんな茜をオレは意外そうに思いながら笑いながら言ったのだ。
『お兄ちゃんとして当然だろ?』
本当は茜の泣いている姿なんて見たくなかったから。オレよりも将来が有望だった茜に泣いて欲しくなかったから。
よく考えると、この時から年不相応な思考を持っていたんだなと思える。
多分、オレの今はここから始まったんだろうな。泣いている姿を見たくなかったから。オレを見てくれる人を。そして、オレが大事な人を。
目を開ける。懐かしい夢を見たオレは清々しい気分だった。
いつもならあまり寝ないのだが、いつの間にかかなり寝ている。大体四時間くらいか? すでに外は赤くなっている。
「オレは、一体」
「起きましたか?」
その言葉に振り返った。そこには花柄のエプロンを身に付けた都の姿がある。その手にあるのは包丁。
「晩ご飯か? 悪い。邪魔をして」
「いえいえ。周様は晩ご飯を食べていってください。腕によりをかけて作っていますので」
「和食か?」
「フルコースです」
「何の!?」
どうやらオレはまだ寝ぼけているみたいだ。
気を取り直すためにオレは小さく溜息をついた。
「そこまで言うなら食べていく。連絡入れないとな」
「すでに入れておきました。後、泊まるということも」
「計画済みかよ。わかった。今日はゆっくりさせてもらうよ」
オレは笑みを浮かべて降参という風に手を上げた。
急な案件はないから別にいいだろう。それに、都のそばは何故か安心出来る。懐かしい夢も見れたし。
久しぶりの何もしない平和な一日にオレは軽く感謝をした。