第二百二十七話 将来
「あれ? 海道君?」
体育館から出たオレの耳に委員長の声が入ってきた。
声の聞こえた方角を向くと、そこには委員長の姿がある。ちなみに一人だけだ。
「体育館に何か用事でも? あっ、告白か」
「亜沙と由姫、そして、都の三人をかいくぐって告白出来ると思っているのか?」
2ヶ月ほど前、オレの下駄箱に入っていた誰かの手紙を亜沙が燃やしているのを見たし。
ついでに、何故か由姫も千切りまくっていた。
「ふふっ。そうだったね。じゃ、何をしていたの?」
「多分、体育館に来るのは最後だから。お礼参り?」
「それは違うから」
委員長が小さく溜息をついて振り返った。オレ達が1ヶ月の間通っていた校舎を。
「海道君、学園都市ってどんな感じ?」
「何だよ。藪から棒に」
「いいから」
あれ? 何かデジャブを感じたけど大丈夫だろう。
「そうだな。文字通り学生か先生か研究者しかいない、とは言っても、首都圏の近くにはあるから別段一人暮らしが多いってわけじゃない」
「そうなんだ。でも、一人暮らしをしている人もいるよね?」
「ああ。高校から多くはなるな。大学はかなりの数が学校の寮に入っている」
学園都市は広さだけなら世界一らしい。らしいというのは興味がないからで、学園都市がそう言っていると聞いただけだ。
オレ達が入っている都島学園は小学校から高校まで一貫教育をしていたりもする。私立の大学は大体そんな感じだ。
「実験要素も多いからな。便利なこともあれば不便なこともある。例えば、学園都市にはスクールバス以外の自動車は存在しない。基本的には自転車とかな」
「そうなんだ。私は高校は学園都市の方に行きたいから」
「そうなのか? 委員長の学力を考えて、このままなら総附高とか月高とかか?」
「そんなレベルはないと思う」
総附高も月高も学園都市内部じゃかなり上の方だからな。委員長でも入るのはかなり難しいと思う。
実際、総附高の最高偏差値である医学部に今のオレで合格率50%だし。
「えっと、都島高校は?」
「都島学園付属都島高校か? まあ、委員長の実力なら十分だけど、あそこは勉強するところじゃないぞ。都島学園自体が在学中に働くことを奨励しているからな。『GF』、特に、オレ達のような正規部隊にとってはありがたいけど」
都島学園付属都島高校はかなり特殊な学校だ。在学中の仕事を奨励しており、学力さえあるなら出席はあまり考慮にされない。
自由が特徴と言える学校だ。
「海道君にだけ話すけど、私、将来看護師になりたいから。『GF』医療部隊に入れば看護師の資格を貰えると聞いているし」
「まあ、そうなんだけどな」
かくいうオレも一時期は医療部隊にいたことがあるからわかるが、あそこは地獄だ。最前線なんて休む暇なく怪我人がやってくる。
したくないことだってやらされる。
「都島高校の医療科を狙ってみたらどうだ? 自由すぎるから人気が無くてさ、金はかかるけど『GF』医療部隊にも所属出来るし」
「学生『GF』だから授業にも出れる?」
「そういうこと。まあ、嫌ならいいけど」
「ううん。考えてみる」
「そっか」
パンフレットを取り寄せるのはまだ早いとして、都島高校に上がれるのか少し不安な奴らがいる。
まあ、一定学力以上だったら都島高校は何ら干渉して来ない。都島高校は、だ。都島中学となると干渉すらされない。だから、日本にいる正規部隊の学生は都島学園に入らされる。
そんな奴はかなり少ないけど。
「海道君は将来どうするの?」
「オレか? そうだな。第76移動隊はやって行くと思う。でも、研究もしたい自分もいるんだよな」
「意外。海道君って、オレは『GF』一色だ、とでも言うかと思ってた」
「一昔前はそんな感じだ。『GF』以外に道は無いと思ってた。でも、ここに来て、色々な人と出会って、オレは将来について考え出したんだ。NGDやNGFもその一環」
「NGDはすごいね。毎日特集が組まれているよ。次世代の名を持つ正真正銘の上位互換だって」
NGDを開発した理由は都の補助デバイスだなんて言えない状況だよな。レヴァンティンのオーバーテクノロジーを使って並列処理を強化しつつ全体の処理速度を強化したら量産が容易い値段になったのも。
量産型は都に渡した試作型の処理速度を落としたさらに安いNGDだし。
通常デバイスが現在7万程度だけど、NGDは6万で売れるらしい。おかげで特許料を桁違いに低く設定出来た。
「海道君って本当にすごいよね。苦手なのは保健体育の保健くらい?」
「あれは学校の授業と認めていない」
そっぽを向くオレの顔は絶対に赤くなっているだろう。保健だけは教科書を開くのに抵抗がある。は、破廉恥な。
「ふふっ。海道君達がいなくなったら狭間市はどうなるのかな?」
「『GF』の用意が揃うまで『ES』が管轄するって話だ。用意がそろえば『ES』は撤退。代わりに地域部隊がやって来る」
「『GF』と『ES』の仲は悪いって言われ続けているのにね」
言われてはいるが、実際は『ES』がよく吠える臆病な犬なだけだ。全面戦争になれば第一特務が全滅させるだろう。
それくらいに戦力差は歴然としている。
「この一学期間本当に楽しかったな。海道君、ありがとうね」
「別にオレは何もしていないよ。オレはひたすら走り回っていたから」
「ううん。海道君には感謝してもしきれないから。私の中じゃ、海道君はすごい存在だよ。強くて、優しくて、時々脆い」
どうやらオレのことを見られていたらしい。でも、委員長なら恥ずかしくない。
「そんな海道君が私は好きでした」
「委員長」
「叶わぬ恋だとわかっていても、私は海道君といられた一学期間を忘れない。絶対に。今まで、ありがとう」
「礼を言うのはこっただ」
オレは笑みを浮かべる。今までの学校を思い出しても、由姫がいて、和樹がいて、俊輔がいて、委員長がいて、他のクラスから亜沙や都達が来ていた。
本当に楽しい学校生活だった。
「オレに学校生活というのを教えてくれてありがとう。色々サポートしてくれてありがとう。委員長、鈴木花子」
「名前、覚えていたんだ」
「そりゃな。でも、委員長は委員長だから。オレの中だと他に委員長はいない」
「ありがとう」
委員長の頬に一筋の涙が流れる。オレはそれが流れるのをしっかり見て、委員長に背中を向けた。
「帰ろう。家まで送って行く。それに、オレはまだ狭間市から出ないからな。もっと思い出を作れるさ」
「うん。そうだね」
オレの手を委員長の小さな手が掴んできた。