第二百二十六話 放課後
レヴァンティンを取り出し鞘から抜き放つ。腕に慣れた重さ。手に入れてからずっと使っているから、久しぶりに持つ今でもその重みに全く違和感はない。
オレはレヴァンティンを鞘に戻した。
「お別れなんだな」
もう、学校に来る用事はない。だから、今この場、体育館の中に入ることはまずないだろう。
オレは目を伏せた。今でも思い出せる。入学式のこと、授業のこと、体育祭のこと。そして、狭間戦役のこと。
狭間市に来てから色々あったが、一番の思い出はやはり学校だろう。
「学校が、ここまで心地のよい場所だったなんてな」
小学校はほとんど通わなかった。誰もがオレを特別扱いしたから。だけど、今はあまり特別扱いされない。
オレは少しだけ笑みを浮かべる。
「戦いだけが全てだとは思っていたのにな」
将来は『GF』でもっと活躍する予定だったのに、今では将来について考え直していたりもする。
多分、それは全てここに来たから。
「悩んでいるのかい?」
その言葉にオレは振り返った。体育館の入り口に背中を預けるように佇んでいる正の姿がある。
オレは軽く肩をすくめた。
「こればかりは、誰に聞いても答えは出ないさ」
「戦いだけが全てじゃない。その意見には僕も賛成だよ。でも」
「戦わないといけない時がある、だろ」
正はそういう風に戦ってきたに違いない。多分、一人で。
オレはレヴァンティンを鞘から抜き、正に向けた。だが、正は全く視線を揺らさない。どうやら、この行動の理由がわかっているようだ。
「なあ。正はどうして戦い続けているんだ?」
「新たな未来を求めて。君達と同じだよ。僕も未来が欲しいんだ。滅びの来ない未来が」
「その口振りだと絶対に色々と知っているよな」
オレは小さく溜息をついた。知っているとわかったとして、絶対に教えてくれるとは限らない。多分、正は教えてくれないだろう。又は、詳しくわからないか。
「世界は滅びを止めるために動いている。それにオレ達は巻き込まれたからここにいるんだ」
正の目が微かに細まる。まあ、不思議に思う気持ちはわかる。
でも、多分だがこの考えは正解だ。
「まあ、未だに滅びが詳しくわかっていないけどな」
「そうかい。君はもうなんとなく理解していたのではなかったか?」
オレは小さく溜息をついて動いた。レヴァンティンを抜き放ちながら瞬動によって正の首筋にレヴァンティンを叩きつけようとする。
普通なら反応出来ない。だけど、目の前には正の姿はなく、いつの間にか剣が首筋に突きつけられていた。
「どういうつもりかな?」
正の言葉が聞こえる。冷静なようで怒っている。
オレはレヴァンティンを鞘に戻した。
「聞きたいことがあるんだ。第五の世界について」
正の剣がピクリと動いた。
「人界、魔界、天界、そして、新たに見つかった音界。それ以外に、いや、その四つの下に世界がある」
「根源界だとでも言うのかい?」
「おかしいとは思わないか? 地球という莫大な質量を持った星の内部に四つの世界があるなんて」
「それはゲートで繋がっているから」
その言葉が来ると思っていた。というか、オレも最初はゲートがあるからということで思考を止めていた。
でも、それだけじゃ説明がつかない。
「ゲートの原理を言えるか?」
正は答えない。答えられるわけがない。ゲートは未だに理解されていないからだ。確かに、ゲート以外にも道はある。でも、一番安全なゲートが一番解明されていない。
「召喚門みたいなものでは?」
「だから、推測を立てた」
オレは少しだけ笑みを浮かべる。ここから正がどのような反応をするかによってオレの行動は変わってくる。
「昔話によくある生命を生み出す樹。それに例えられるんじゃないかって」
正の剣は動かない。
「根源界があるとして、その世界が生命を生み出す樹の根だとしたら?」
「ここは枝だと表現するのかい?」
「いや、実だ。樹のことを世界樹としておこう。世界樹はその力を枝の先にある身に実らす」
そこに生物が生まれるということだ。
「その推測が確かなら、他にも世界があるということになる。それは突拍子もないほど壮大な夢物語だね」
正はほんの一ミリも剣を動かさず感想を言ってくる。でも、そう考えたら色々と納得がいくのだ。
別に世界樹じゃなくてもいい。世界樹は例えてわかりやすくするためのものだ。一番下で支えるものがあるなら何だっていい。
「周、それは証拠がない。説得力はないよ」
「だろうな。オレだって納得するのに時間がかかった。なら、人界や魔界に滅びの話がある? 今まで含めていなかった精霊界にも」
天界や音界にだってその話はあった。メリルに尋ねてみたら、確かに滅びが迫っているという予言があるらしい。
あらゆる世界にある滅びの話。時期はわからないけど、ここまで連続して出ていることの時点でおかしい。
オレは正の剣を見た。剣がゆっくりオレの首筋から外される。
「だからこその推測だ。まあ、笑われて終わる可能性だって」
「僕は笑わない」
その言葉にオレは振り返っていた。正は真剣な表情でオレを見ている。
「僕は絶対に笑わない。推測の領域は出ていないけど、ちゃんと筋は通っている。君が悩み考えたことは、絶対に笑わない。笑わせない」
「突拍子もない夢物語だけど?」
「夢を現実にすればいい。誰も届かなかった世界を君は見つければいい。僕は君を応援する」
「ありがとう」
恥ずかしさのあまり顔を逸らしてしまう。真剣な正の表情はかっこよく、意志に溢れているのだが、どこかドキドキしてしまう。
どうしてだろうか。
「ふふっ。どうやら君には勝てないようだ。何か調べることはないかい? 手伝ってあげるよ」
「そうだな。いや、今はいい。今はオレ達が手探りで作業をしている最中だ。それに、正は正らしく過ごせばいいさ」
その言葉に正はキョトンとして口の中で何かを呟いた。そして、視線を伏せる。
「そうだね。じゃ、また」
正の姿が消えた。目の前から不自然に消え去る。これが一番、世界の不思議に直結しているような気がするんだけどな。
『自分らしく、と呟いていましたよ』
「そうなのか?」
『はい。もしかしたら、彼女は自分にコンプレックスを覚えているようです』
オレはレヴァンティンの言葉を聞きながら体育館を後にする。
「さてと、どう過ごすとしますか」