第二百二十二話 リズム
ここに出てくるとある名前は作者の妄想の産物です。
リコの加速と減速。緩急の差が凄まじく初見では翻弄される。それはリコと戦った全員が言うくらいだった。
ただし、オレは除く。オレはリコに負けたことはない。はっきり言うなら緩急をつけてくれてもオレの勘はちゃんと告げてくれるから。
だが、目の前の光景はどうしようもならない。
急加速と急減速を巧みに使い満身創痍の由姫を次第に壁際まで追い詰めている。何回も切らているが由姫は倒れることなくひたすら動いている。ダメージを最小限にまで落とすため。そして、オレは気付いていた。由姫が何かを狙っていることに。
「くっ、先に気づくか倒れるか。確率は半分半分だな」
『おっと、満身創痍の白百合選手にリコ選手は猛攻だ! 巧みな加速と減速を使い分けて白百合選手を追い詰めている!』
テレビの中で由姫はひたすらに体を動かしていた。だが、その動きはいつもより、オレ達が知る中でもかなり遅い方だ。
和樹が振り向いてくる。
「悠聖、大丈夫なのかよ。由姫ちゃん、かなり追いつめられているぜ」
「うん。白百合さんも攻撃に転じていないし」
二人の見たものはそのままだ。でも、オレ達のような戦いを見慣れた人からしたらもう少し別のことが浮かんでくる。
「攻撃に転じていないんじゃない。攻撃していないだけなんだ」
「そうか」
オレの言葉に俊輔が納得したように頷いた。
「確か、攻撃はもっとも体力を消費すると聞く。つまり」
「ああ。由姫はただ単に狙っている。リコの隙が出来るのを」
『白百合の行動は正しい。攻撃はもっとも疲れるものだからな。ただ、リコも攻撃しないわけにはいかにない。体力を回復させれば不利になるからな。だから、リコはひたすら攻撃に移っている。そして、白百合はひたすら回避に回っている』
テレビを見ていればわかるが、由姫の目は全く死んでいない。時々、足をもつれさせながらも由姫は鋭い目つきで動き回っている。対するリコはだんだん疲労の色が見え始めていた。
双剣は極めて難しい攻撃手段だ。ただ、慣れればかなりの威力を発揮するが、両手を動かす性質上、片手剣を使うよりも疲労は数倍高くなる。その分、緩急をつけられるリコにとっては最適な武器だろう。緩急を使った連続攻撃に耐えられるのは悠くらいなのだから。
「悠聖、一ついい?」
優月が何かに気づいたように尋ねてきた。
「由姫さんは、何を狙っているの?」
その言葉にオレは驚いていた。隣にいるアルネウラも驚いている。だって、そのことに気づくのはかなり難しいはずだったから。
七葉だって気づいていない。多分、オレも周と理子の戦いを見ていなかったら気づいていないだろうな。
「えっと、どういうことだ?」
「俺に振るな。隙を狙っているわけではないのか?」
さっき言った時は普通に隙を狙っていると言ったからな。でも、優月が気づいたのはそれ以外だ。
「えっとね。由姫さんのステップが何かのクラシックの音楽に似ていて」
「「「「えっ?」」」」
七葉達の声が完全に重なる。そして、テレビを食い入るように見つめた。というか、普通はわからないぞ。オレがわかったのは周からリコの動きの理由を教えてもらっただけだし。
確かに由姫はリコのステップに合わせている。だが、そのステップは優月が大好きなクラシックなのだから。
「あっ、『境界線上のマリアージュ』だ」
どうやら優月の中じゃ完全に音楽が一致したらしい。オレは頷いた。
「そう。リコの動きは曲に合わせたものなんだ。リコの耳に注目してくれ」
全員がリコの耳に注目する。激しい動きの際に耳にかかっていた髪が揺れた瞬間、リコの耳に小さな何かが入っている。
「あれがリコのセコンド、亜紗からのヒント」
「音楽を常に流しているんだ。つか、何でクラシック?」
「まあ、そこは事情があるんだ」
和樹の言葉にオレはそう言った。本当のことは言えない。本当のことは。
リコさんの剣をギリギリで回避する。タイミングはわかってきた。まさか、あの音楽と同じリズムで向かってくるなんて思わなかったけど、今では完全に合わせられる。
「『境界線上のマリアージュ』」
私が小さくつぶやくとリコさんの剣が微かにぶれた。その瞬間に私は前に出る。
剣を弾きステップの中に組み込んだ綺羅朱雀を叩き込もうとする。だけど、綺羅朱雀はリコさんに避けられた。やっぱり、まだリズムを掴み切れていない。
「どうして?」
リコさんが距離を取る。その眼に浮かんでいるのは驚愕。
「兄さんがヴァイオリンでよく弾いているんです。まあ、人前では絶対に弾かないらしく一人で、なんですけどね」
「周ちゃんが? そっか。執念だったな。周ちゃんもまだヴァイオリンを続けていたなんて」
その言葉に私は少し引っかかった。でも、その考えを振り払い私は身構える。
「あたしの動きを戦闘中に気づけたのは周ちゃんと君だけだよ。誇ってもいい」
リコさんが身構えた。そして、耳につけていた何かを取り外す。多分、音楽をずっと再生する機械なのだろう。ヒント扱いにはなるから亜紗さんが今まで流していたの違いない。
つまり、これからは音楽に頼らない行動になる。
「行くよ」
その言葉と共にリコさんが動いた。その動きは早く一瞬だけ虚をつかれる。
「っく」
ギリギリまで見極めてからの攻撃を弾くための動き。右手で双剣の一本を弾こうとする。だけど、それはリコさんの頬をかするだけで終わった。
迫り来る双剣。普通の反応なら、多分、お兄ちゃんでも反応しきれない距離。だから、私は振った腕に力を使った。
凄まじい勢いで地面に引っ張られるように私の肘がリコさんの側頭部を捉えた。それと同時にわき腹に痛みが走る。
私達は弾かれたように離れ合った。
「今のを、当ててくるんだ。普通は無理なのに」
リコさんが肘で強打した側頭部を押さえている。力任せに与えたものだけど、威力は十分に高い。ただし、その代償は極めて大きかった。
右手に力を込めると右腕に激痛が走った。
腕だけ重力を高めて落下する速度を速めたから。おかげでその反動で右腕が使えなくなった。与えたダメージはかなり高いはずだけど。
「でも、あたしはまだまだ倒れないよ」
リコさんが動く。でも、その動きは確かに遅いが緩急の差はむしろ大きくなっているような気がする。
加速、減速、最高速、減速、停止、加速、加速。
ちょっとした距離でも加速と減速を使いこなして反応出来ない。タイミングが掴めない。
減速、加速、来る。
私の体が勝手に動いていた。ほとんど無意識に放った左腕はリコさんが振った双剣を弾き、そのままリコさんを殴り飛ばした。
「今のは、何?」
私は呆然と呟いた。
「掴んだな」
オレは小さく笑みを浮かべた。モニターには自分の左腕を見つめる由姫の姿がある。多分、どうして反撃出来たか理解出来ていないのだろう。
由姫に教えたあの技はリコのとあるリズムを理解しなければ当たらない。理解すれば一撃で倒せるだろう。
「さて、リコ。オレの、オレ達の妹はお前が考えているほど白百合から離れていないぜ」
次で由姫VSリコは終わりになります。