第二百二十一話 翻弄
ルーチェ・ディエバイトはそろそろ大詰めです。
「よっし」
オレはアルトが倒れ、動かなくなった瞬間を見届け、拳を握りしめた。
まさか、由姫がここまで考えて戦ったのは意外だった。最初は力業でオレを倒そうとしたが、今なら柔軟な連続攻撃が出来るだろう。
オレは純粋に由姫の成長が嬉しかった。
『鋼鉄処女』だけなら簡単に砕けたかもしれない。でも、『鋼鉄騎士』や『狂乱騎士』など初めて見るようなことをして由姫は大いに困惑したはずだ。
この勝利は由姫を強くする。
「後は、残っているのが」
オレは残っているメンバーを確認する。残っているのは由姫、エリオット、リコの三人。
ルーチェ・ディエバイトは基本的に予選の平均タイムより早く終わる。だが、今回はかなり短い方だった。多分、エリオットやリコが倒したんだろうな。
由姫は木にもたれかかって少しの間休んでいる。今頃トトカルチョをしていたメンバーは罵詈雑言の嵐になっているだろう。
優勝候補のアルトはやられ、比較的人気の高かったガハナットも由姫にやられた。残ったのは最下位争いをしている二人と人気二位のエリオットだけ。
「多分、リコが狙うのは」
オレは小さく呟いた。
『な、な、な』
アルトが倒れた瞬間、オレ達は飛び上がっていた。まさか、隠していた技を使用したアルトを由姫が倒すとは思わなかったからだ。
解説の人も固まっている。
だが、喜んでいるオレ達の中、和樹だけの反応が少し違った。泣いている。どうしてだ?
「俺のトトカルチョ、ぐぼっ」
和樹のわき腹に七葉の肘がめり込む。まあ、こいつはそれくらいのことをしたわけだし、自業自得か。
『ななな、なーんと、トトカルチョ人気一位にして優勝候補と言われたアルト選手が白百合選手に負けたー! 慧海さん、今のは』
『まあ、アルトが判断を間違えたな。『鋼鉄処女』は許容攻撃力を超えない限り破壊されない絶対防御。『狂乱騎士』は魔術以外は通さない物理系の絶対防御。それの使いこなし方は見事だった。実際に、『狂乱騎士』を出してから途中まではアルトが有利だったからな』
それはオレにもわかる。周ならさらにわかっているだろうけど。
『アルトが判断を間違えたのは二つ。一つ目が白百合が白百合家だと判断したから』
『えっと、どういうことでしょうか?』
白百合家を知らない人から見れば誰だってそうだろう。多分、今頃テレビの前では同じことになっているはずだ。
『白百合家は魔術の才能が全くない。代わりに剣術の才能があるんだ。だから、アルトは白百合が魔術をほとんど使えないとしたのだろう。そして、失敗の二つ目が最後の瞬間だ』
慧海の言葉と共にハイライトとして最後の瞬間が映された。
『『鋼鉄処女』ではなく『狂乱騎士』を展開した。判断としては悪くない。だが、この時は『狂乱騎士』を展開すべきではなく、後ろに下がるべきだった。白百合のセコンドからのヒントを聞いていたらな』
『確か、前に進め、でしたね』
『ああ。拳というのはリーチが短い。短いからこそ前に進む勇気がいる。その勇気が時には勝負を決める。今回もな。あの言葉の前後で白百合の動きが変わったのに気づいたか?』
『なんとなくですが』
解説の人が頷く。
『白百合が攻撃的になった。そして、自分の力を最大限に使って一直線に進もうとした。『鋼鉄騎士』の隙間を駆け抜けているのと、『鋼鉄騎士』を蹴り飛ばすのは全く違うだろ?』
『はい。確かに攻撃的になりました。でも、それが勝負を決めるとは思えないのですが』
『普通はな。でも、白百合は八陣八叉流は『狂乱騎士』に通じないとわかったからこそ、不慣れな魔術を使って戦った。普通は出来ないぞ。前に踏み出す勇気が無ければ』
由姫にとって魔術は虎の子の技だっただろう。だから、それを効果的に使える戦法を取った。前に進むことで道を開くことを。
普通なら出来ない。アルトの槍捌きは見事だし、『狂乱騎士』では魔術以外は効かない。なのに、八陣八叉流主体の由姫は真っ正面から戦いを挑んだ。
『白百合選手とアルト選手の戦いが激し過ぎて他の選手があまり映っていませんが、CMに入ります』
テレビの画面がルーチェ・ディエバイトからファンシーな動物が出ているCMに変わる。オレは小さく息を吐いた。
「アルトを倒したのは凄まじいが、かなり厳しいな。これじゃ」
「えっ? 白百合さんは勝てないの?」
委員長の言葉にオレは頷いた。オレは正規部隊にいたからこそ、エリオットや目を付けられているリコの実力を知っている。
エリオットは砲撃が得意だが、近接戦闘もかなり強い。リコは近接戦闘では対戦相手のほとんどを翻弄する。
「残った二人、今の体力で勝てるような甘い相手じゃないからな」
『そうだね。精霊で例えるなら、エリオットのことは上の上級精霊。リコの方は中の上級精霊』
「強敵だね」
優月が感想を漏らすが、一番の問題としてその例えが理解出来るのはこの中ではオレくらいだろう。
エリオットやリコは第76移動隊のメンバーでは表せれない。
「まあ、桁違いに強いってことかな」
オレはとりあえず曖昧にボカすことにした。
体中が悲鳴を上げている。ダメージの蓄積がかなり辛い。今、膝をつけば確実に倒れる。
アルトを倒した由姫は満身創痍だった。満身創痍で木々にもたれかかっている。後少し、ほんの少しでもダメージを食らえば確実に倒れたのは逆だっただろう。
由姫は小さく深呼吸をする。
アルトを倒したことは周も愛佳も喜んでいるはずだと思えた。そして、多分だが、後悔しないように戦えというはずだ。
拳を握りしめる。
右手は動く。大丈夫だ。左手も動く。大丈夫だ。
由姫は力を込めて木々から背中を離した。
小さく息を吸い込み、魔力を体中に循環させる。
集気法と呼ばれるやり方だ。魔力を循環させるイメージによって体中に魔力が行き渡り疲労などが回復する。ただし、戦闘中では完全に気休めだ。だが、由姫にとって気休めで良かった。
まだ戦える。それがわかるから。
「さてと、これ以上休んでいたらお兄ちゃんが心配するだろうな。残り人数は」
由姫が残り人数を確認する。残っているのは三人。いや、今、二人になった。湧き上がる歓声。残ったのは多分、
「案外近くで戦っていたんですね」
やって来た気配に対して由姫は語りかける。気配は由姫の後方で止まっていた。
隙を伺っているわけじゃない。多分、由姫の出方を伺っているのだろう。
「最初に言っておきます。約束を後回しにしてすみません。そして、言います。あなたを倒す。リコさん」
名前を呼ばれたリコが加速する。由姫は振り返りながら気配を頼りに蹴りを放った。だが、蹴りは当たらない。リコがまだその地点に到達していないからだ。
リコが加速する。今度こそと思いつつ由姫は拳を放った。だが、一瞬にして減速したリコが悠々と拳を避ける。避けて一瞬で加速した。
由姫を狙う双剣。普通なら反応が出来ないくらいの隙と速度。だが、由姫は反応した。体が勝手に。
無意識に動いた右手が双剣を弾き、左の手のひらがリコに押し付けられる。
「狐砲!」
由姫は気合いと共に狐砲を放った。威圧感を伴う衝撃波がリコを吹き飛ばす。
「いったー。手加減してよー。君と戦うために君以外の参加者を倒したのに」
リコはふてくされたように言う。それを聞いた由姫は苦笑していた。
「本当ならリコさんを倒した後でアルトさんを倒したかったんですけどね」
「そうだね。でもね」
リコが加速する。緩急を織り交ぜた加速とは桁が違っていた。一瞬の加速と共に一瞬の減速を行ったと思えば最高速で迫る。
由姫は小さく呻いて拳を握りしめた。
迂闊に攻撃をすれば一瞬の減速で隙を狙われるだろう。さっきは体が反応してくれたから良かったものの、ずっとそうなるわけはない。偶然は続かない。
リコが由姫に近づく。由姫は蹴りを放った。その瞬間、リコの体が止まる。まるで、由姫の蹴りを予測していたかのように。
だが、それは由姫にもわかっていた。蹴りを放った足で地面を踏みしめ、前に進みながら右の拳を放つ。だが、そこにリコはいなかった。
リコは由姫の懐に潜り込み、そのまま双剣の柄を勢いよく由姫の鳩尾に叩き込んだ。
由姫の体がくの字に折れ曲がる。意識が途切れそうになる。視界が真っ白になりかける。このままじゃ、負ける。
「本当は万全の状態で戦いたかったな」
リコのその言葉が由姫の頭に響き渡った。
倒れたくない。
由姫の中で強烈な意志が生まれる。
「お休み」
体が前に倒れそうになる。
倒れたくない。
意識が次第にはっきりになる。それと同時に視界に大地が迫る。
戦いたい。リコさんと、真剣勝負で。そして、
「負けたくない!」
由姫は倒れそうになる体を踏み出した一歩で食い止めた。ちょうど前にはリコがいる。
リコは慌てて後ろに下がった。
「確実に入ったのに」
「確かに、私は万全じゃないし、リコさんに翻弄された」
由姫は身構える。腰を落とし、拳を握りしめる。
「でも、私の背中を押してくれる人がいる。私を見守ってくれる人がいる。私は、私自身のためにも、戦う。満身創痍でも、私は私を貫く」
「似てるね。君も亜沙も周ちゃんも。羨ましいくらいに眩しい。うん、だから、私も全力全開手加減無しで行くよ」
「来てください。私は、負けない!」
ルーチェ・ディエバイトの最後の戦いの幕が切って落とされた。
次は由姫VSリコです。