第二百二十話 白百合の異才
由姫は駆け出した。アルトは戸惑う。
『狂乱騎士』の弱点を知ったとしても、由姫の力では『狂乱騎士』を突破することは出来ない。
そう思っていた。だが、由姫の左の拳が『狂乱騎士』を突き破る。威力はかなり減衰していたが、アルトは後ろに下がった。
「そんな。まだ、白百合なのにそんな魔力があるのか?」
白百合家は基本的に魔力が極端に低い。その代わりに剣技に関しては異常なまでに高い才能を持つ。
歴代最強と言われる音姫が魔術を全く使えないのが例だ。
由姫はその言葉に笑みを浮かべた。
「私は白百合にとっての絞りカスだから。だって、剣技の才能がありませんから」
アルトはこの時、自分の迂闊さを呪った。由姫がどうして八陣八叉流を習ったのか調べたはずだった。剣技は使えず白百合家の中では魔力が極めて高いから。あくまで、魔術がほとんど使えない白百合の中で。
だから、由姫の魔力量を侮っていた。剣技の才能があるから魔力量が少ないとすれば? 剣技ではなく拳技に才能があり、剣技の才能がないとするなら?
剣技と拳技は違う。何より、白百合には白百合流という剣技がある。拳技ではない。
「完全な偶然も考えられるけど、そういう理由か」
里宮本家八陣八叉流では一生アルトは倒せない。だから、由姫はあえて里宮本家八陣八叉流と付けなかった。
あえて、白百合の絞りカスと言われた白百合由姫単体で名乗った。白百合家にとっては剣技が出来ない絞りカスでも、その絞りカスにあったものは拳技の才能と魔術の力。
「これは兄さんから教えてもらった力!」
由姫は地面を蹴る。アルトはそれに対して冷静に槍を振った。だが、その槍は由姫の左の拳によって払われた。
アルトが後ろに下がる。だが、下がったアルトの視界に、由姫の目の前に光を放つ球体が入った。魔力を凝縮させたもの。一部では攻撃魔術の基礎とも言われている砲撃魔術の準備。
アルトはすかさず『狂乱騎士』を『鋼鉄処女』に変更する。
だが、それは由姫の思惑通りだと気づいたのが『鋼鉄処女』を展開した後だった。
魔力を凝縮させたものを置き去りにしたまま、『鋼鉄処女』に重力球が押し付けられた。
『鋼鉄処女』を『狂乱騎士』に変える隙はない。
由姫の拳が重力球にぶつけられ、ゼロ距離からの重力砲が『鋼鉄処女』を砕く。その瞬間、アルトは『狂乱騎士』を纏っていた。
そして、自分の失態に気づく。
目の前に輝きを持つ魔力を凝縮させたものがあったからだ。避けられる距離じゃない。何より、今のアルトは『狂乱騎士』を纏っている。
アルトはとっさに『狂乱騎士』を纏うように防御魔術を展開した。『狂乱騎士』との同時展開はかなりの魔力を消費するが、腹に背は変えられない。
由姫は踏み出した。大地を踏みしめ音速を超えたかのような一撃が凝縮させた魔力を捉え、砲撃魔術が放たれた。
双月・月下と共に。
神速の速さ、砲撃魔術よりも速い速度で由姫のナックルは防御魔術を一瞬で砕いていた。そこに砲撃魔術が到来する。
避けることは出来ない。アルトはとっさに盾を構えるが、『狂乱騎士』を纏った体は砲撃魔術によって吹き飛ばされた。
由姫は小さく息を吐く。
すでにルーチェ・ディエバイトは残り四人。あれでアルトを倒せたとは思っていないが、ここで倒しておかないといけない。
「さすがだよ。本当にさすがだよ。僕は君のような戦士と初めてあった。周のようにあらゆるテクニックで抜こうとしてくるのでもなく、孝治のように力押しで抜けてくるわけじゃない。その場で連撃を構築し追い詰めてくる」
アルトは笑っていた。満身創痍の体でアルトは笑っていた。
「さあ、決めよう。僕も限界だ。『狂乱騎士』の最大技を使わさせてもらうよ」
由姫は拳を握りしめた。アルトの槍に半透明の膜が覆っているからだ。尋常じゃない量が。それと同時にアルトの周囲で魔力が凝縮される。
多分、これがアルトの全開だろう。
由姫は身構えた。そして、周から習ったもう一つの魔術を思い出す。
『近接戦闘はな、どれだけ魔力や気合いを込めた攻撃を出来るかによって勝負が決まる。もし、お前に魔力が残っているならこれを使え』
そう言われて身につけたとある魔術。いや、近接格闘用の魔術。八陣八叉流では難しい部分があるためなかなか使う機会はなかった。
だけど、今なら使える。
由姫は一歩を踏み出した。アルトも一歩を踏み出す。
突き出される槍。それに向かって由姫は前に踏み出した。
槍は振り回すことが出来る。もし、横に飛んでも振り回されてやられる可能性がある。『狂乱騎士』を纏った槍はかなり威力が高いから。
だから、由姫は前に踏み出した。迫り来る槍から由姫は微かに顔を逸らす。それをかすりながら避けても前から凝縮された魔力が迫っていた。
避けた槍も由姫を殴ろうと動いている。だから、由姫は左手で槍を受け止め、右手を突き出した。
現れるのは四枚の防御魔術。重力操作によってその四枚が四角錘の形を取った。
とある時に周に使われた受け流しの布陣。重力操作によって形を制御することで作り上げた防御魔術は迫って来ていた凝縮された魔力を受け流した。
必中に近い攻撃を止められたアルトは盾で由姫を殴りつけようとする。判断としては正しいだろう。だが、相手を間違えた。
由姫が右手で盾を受け止めたと思った瞬間、由姫の体が前に出た。槍と盾がぶつかり合い、由姫がちょうど間に入り込む。
そして、由姫の左手がアルトのお腹に当てられた。もう、避けられる距離じゃない。アルトは完全に自分の失敗を悟った瞬間、由姫の左手が爆発する。性格には魔力が爆発したのだ。
天空属性の魔術『エナジーバースト』。
その爆発の威力は極めて高い。純粋魔力の爆発なのだから。
アルトの体が吹き飛んだ。そして、由姫が小さく息を吐く。
「私を甘く見た。それがアルトさんの敗因です」
ルーチェ・ディエバイトはまだ続きます。